第百二話 さらば竜界

「やあこんばんは。

 今日も始めていこうか」


「パパ……

 どうなっちゃうの……?」


 たつが最初から泣きそうだ。

 そろそろ教えてあげよう。


たつ……

 落ち着いて……

 考えてごらん……

 これは僕が体験した昔話だって。

 僕はこうして話している……

 と言う事は?」


「……無事だったって事……?」


 おずおずと聞くたつ


「そうだよ」


 僕はにっこり笑顔で告げる。

 するとたつはぱぁっと明るくなる。


「よかったぁぁぁぁぁ……」


「フフ……

 じゃあ今日も始めていこうか」



 ###

 ###



 身体から急激に力が抜けていく。


 もたれかかっていた身体が足元から崩れ去る。

 暮葉くれはは僕の動きに合わせて体勢を座りに変更してくれた。


 僕は暮葉くれはの柔らかい両太腿に頭全体を預け、身体はガレアの背中に預ける形になった。


 酷く寒い。

 体内から凄い勢いで何かが無くなっていくのが解る。


 視界の淵も黒く黒く。

 端から侵食していく様。


 はやく……

 何とかしないと……


イン……

 ジェ……

 クト……」


 僕は塵の様な声で魔力注入インジェクト発動。

 残存魔力を全て止血と修復に充てる。


 やがて出血は止まった。

 各部の修復も進んでいる様だ。


 ぼやけて端が黒かった視界も元に戻りつつある。

 痛みは完全に引いた。


 感覚も少し戻り、後頭部で暮葉くれはの太腿の柔らかさを感じる事が出来た。


 もう少しこの柔らかさを堪能していたかったが上を見ると、泣きそうな顔をしている暮葉くれはが見える。


 そろそろ起きないと。


 ベチャッ


 起き上がろうとガレアの背中に手を置くと粘性のある液体が付くのが解る。

 手を見ると……



 赤。



 右手が真っ赤になっている。


 僕の血か。

 どれだけ僕は出血したんだ。


 驚いてる暇も無く暮葉くれはが後ろから叫び声を上げる。


「竜司っ!

 血が……

 血が……

 いっぱいっ!

 大丈夫なのっ!?」


 気流の音がうるさくて何を言ってるのか良く聞こえない。


【竜司っ!

 大丈夫なのかよっ?

 …………ってうわっ……

 お前顔が真っ青だぞっ!】


 ガレアが首をグルンと後ろに回し、僕の顔を見て驚いている。

 頭がぼうっとする。


 動悸も速い。

 まるで心臓が命を繋ぎ止める為、必死になってる様だ。


 後ろではもう泣きそうな暮葉くれは

 他の事には割と無頓着なのに血にはこんなに怯えた顔になるんだ。


 そうだった……

 僕は今戦ってるんだ……


 誰と……?

 橙の王だ……


 どこに行った……?


 起き上がった僕は少し虚ろな目で辺りをキョロキョロする。


―――竜司っ!

   寝てなくて大丈夫なのっ!?


―――ありがとう暮葉くれは……

   でも傷は塞がってるし大丈夫だよ……


―――ホントに大丈夫っ……?

   すっごい汗もかいてるし……


 そう言いながら心配そうに僕の額を拭う暮葉くれは


―――物凄く冷たいわ……


 多分身体の冷たさや、動悸の速さなどの症状は大量の出血によるものだろう。

 いくら魔力注入インジェクトでも血は再生されないみたいだ。


 確か漫画で見た事がある。

 三十%以上の出血で死の危険が漂うとの事。


 僕はまだ生きてはいる。

 だから三十%には達していないが、恐らく二十%から二十五%って所だろう。


 僕には時間がない。

 凛子さんじゃないから失血によってどうなるかはわからない。


 だけど大量の失血。

 それがヤバい状態だというのは解る。


 早く。

 早く決着をつけないと。


 僕はもう一度前後左右と辺りを見渡した。

 橙の王はどこにも居ない。


「……全方位オールレンジ


 緑のワイヤーフレーム展開。


 あれ?

 さっきと違う。


 見た目ですぐ解ったのは範囲。


 さっきよりも凡そ半分ぐらい範囲しか展開しない。

 これも失血が原因か。


 しかし贅沢も言ってられない。


 これで行くしかない。

 僕はゆっくり立ち上がる。


「あぁっ……」


 フラッ


 僕はよろめいた。

 血が無くなるとこんなにも怠くなるものなのか。


「竜司っ!」


 背中を掴み、後ろから支えてくれる暮葉くれは


―――おいおい……

   竜司、ペラペラじゃんか……

   大丈夫なのかよ。


 ガレアが首を後ろに回し、覗き込むように僕の顔を見つめる。

 ……ってペラペラって何?


―――大丈夫だよ…………


―――そう言ってる顔が大丈夫そうじゃねぇんだけどな。

   ……なあ竜司……?

   もう切り上げて帰っても良いんじゃねぇか?

   マザーならお前を元気にする事も出来るだろうしよ。


 僕の身を案じてくれている。

 たまに見せるガレアの優しさだ。


 でもこの戦いは止める訳には行かない。

 なぜなら今、僕らが生きているのは破滅の世界線の上なのだから。


―――それはっ……!

   出来ないっ……!

   絶対にっ!

   橙の王にっ……!

   勝たないといけないんだっ……

   でないとっ……

   破滅の世界線が変わらないっ!!


 僕は残る力を精一杯眼と念話テレパシーに込めガレアに訴える。


 それを聞いたガレアは少し黙っている。

 直に口を開けた。


―――ふう……

   わかったよ。

   じゃあアイツは絶対にぶちのめすっ!

   それで良いんだなっ!

   お前が言った破滅の世界線ってのが何の事か知らねぇけど。

   まー今の竜司の状態じゃ説明すんのもしんどそうだしよ。

   ハナシは全部終わってから聞く事にしてやるぜ。


―――あぁ……


 僕は身体を襲う巨大な倦怠感で返事もままならなかった。

 だけど内心は物凄くガレアの気持ちが嬉しかった。


 ガレアと知り合って良かった。


 ガレアとここまで旅をしてこれて本当に良かった。

 僕は素直にそう思った。


―――じゃあ竜司っ!

   行くかっ!

   全部終わらせるぞっ!


 僕はガレアから伸びる手綱を両手にぐるぐる巻きつけ完全に固定した。


 この戦いが終わるまで何としてもガレアの背中から落ちるものかという僕の決意の表れだ。


「あぁ……

 魔力注入インジェクトッ!」


 ドクン


 ガレアがギアを上げる。

 周りの風景が物凄いスピードで後ろに流れる。


―――暮葉くれは……

   正直結構今キツいから後ろで支えてくれると有難い……

   あとまた合図したらブーストをお願い……


―――わかったわ……

   竜司……

   無理しちゃ駄目よ……

   絶対死んじゃダメ……


―――あぁわかった……


 風を感じながらしばらく飛ぶ。

 すると全方位オールレンジのフレーム内に反応があった。


 居た。

 橙の王だ。


 さっきと様子が違う。

 何がって点の色だ。


 さっきまで真っ赤だったのが何か色が落ちたというか。

 赤い事は赤いんだが何か色落ちしたような感じになっている。


―――ガレア……

   あっちだ。


―――わかった。


 ビュン


 僕が指示した方向にガレアが飛ぶ。


 ボフンッ


 小さめの雲の中に入る。


 バフンッ


 すぐに出る。

 視界に橙の王が見える。

 その姿を見て僕は絶句した。


【ハァッ……

 ハァッ……

 来やがったか……

 やりやがったなぁぁぁぁぁぁっっ!!

 てんめぇぇぇぇっ!!】


 翼の片方が大きく円形でくり貫かれている。

 いや、くり貫かれている箇所はそこだけではない。


 右肩部。

 左太腿部。


 右脇腹。

 よく見たら左上腕部も丸く抉られているのが解る。


 くり貫かれている端から赤い血が流れている。

 まさに満身創痍。


 かなりの出血量だ。

 僕はぼうっとする頭のまま橙の王を見つめた。


【ハァッ……

 ハァッ……

 さすがにさっきのソウルはヤバかったぜぇぇ……

 まさか俺の魔力壁シールドを破るなんてな……

 立て直すのに手間取っちまった……

 ハァッハァッ……

 フンッ!】


 橙の王が力を込める。

 身体全体が光り輝く。


 攻撃時の様な眩いものでは無い。

 充分視認出来る光量だ。


 次第に物凄い光景が僕の目に飛び込んだ。

 傷が見る見るうちに塞がっていく。


 ギュッ!

 ギュギュギュッ!


 強く肉同士が擦れる音がする。

 翼の円形の抉れは無くなり、元に戻った。


 とか思っていたら他の部分も全て傷が塞がり元通り。


「なっ……」


 僕は全て元通りに戻った状況に絶句した。

 僕らの攻撃は無駄に終わったのか。


 とか思っていたら……


【ハァッ……

 ハァッ……

 ハァッ】


 身体の傷は治っているのだが息切れは治まってない。


【ハァッ……

 ハァッ……

 まさかここまで魔力を使う事になるなんてな……

 なぁすめらぎィ……?】


 橙の王が問いかけてくる。


「な……

 何ですか?」


【……ハァッ……

 もう俺が使える魔力は底が見えている。

 あと撃てて一撃だろう。

 俺は最後の一発に全てを込める。

 お前も全部出せ……

 ハァッ】


 全部出せと言うのがザックリした言い方だがおそらく次の一撃に全てを込めろって事を言いたいんだろう。


 僕はゆっくりと頷く。


 ボフッ


 橙の王の姿が一瞬の眩い光と共に消えた。

 僕は辺りを見渡す。


 すると右側の遠くの方で橙の王が居る。

 おそらく最後の一撃を放つために間合いを広げたんだ。


―――ガレア……

   僕らも準備しよう……


―――わかった。


 ヒュン


 ヒュッとガレアは羽ばたき、橙の王と直線状に。


 遠くの方でキラッと瞬き。

 橙の王の発射準備だ。


 ガレアも準備に入る。

 翼を目一杯広げ魔力を溜め始める。


 二分後


 まだ撃たない。


 ゴゴゴゴゴゴ


 地鳴りの様な音が聞こえる。

 それは二人の蓄積魔力の大きさを物語っていた。


 三分後


 まだ撃たない。


 あれ?


 僕は不意に上を見上げる。


 ゴシゴシ


 目を擦る。

 そしてもう一度凝視。



 ガレアの羽が四枚に増えてる。



―――ねぇっ!?

   ガレアッ!


 失血による怠さも気にせず念話テレパシーで大声でガレアに訴える。


―――あぁっ!?

   邪魔すんなっ!

   気が散るっ!


 ガレアが真剣だ。

 こんなガレア見た事無い。


 橙の王はと言うとどんどん光量が増えていく。

 かなり離れてるはずなのにその光にガレアの四枚羽が溶け込んでしまう様だ。


 四分後


 ついに雌雄を決する時が来た。


 僕らの所まで瞬いていた光が急速に橙の王に集まっていく。

 とりあえずガレアの羽については置いておこう。


―――よし……

   来るか……

   暮葉くれは……

   ガレアにブーストをお願い……


―――わかったわ……


すめらぎィィィィィィィィッッッ!】


 遥か遠くから橙の王の叫び。


 何て声だ。

 こんなに離れていても聞こえる。


 文字通り死力を振り絞ったのだろう。

 僕もそれに応えないと……



「ガレアァァァッァァァァァァァァァッッ!

 シュゥゥゥゥゥゥトォォォォォォォッッッ!」



 キュオッ!


 ガレアの口から本当の全開魔力閃光フルアステショット射出。

 僕の視界は全て一瞬で白色光。


 もう何がどうだかわからない。


 それだけ今回の魔力閃光アステショットが大きいと言う事だろう。

 これだけ視界を遮ってしまうと状況の判断もままならない。


 とか考えていたら…………


 バッッッッッシュゥゥゥゥゥゥゥ!


 大きな衝突音が鼓膜に突き刺さる。

 鼓膜から入って脳を揺らす様だ。


 フラッ


 僕は大きな衝突音と腹の底から大声を出した事によりふらつく。

 頭がグワングワンと割れそうだ。


 後ろに倒れ込む。

 側の暮葉くれはに支えてもらう。


 キュキュキュキュキュキュキュキュ!!


 魔力が衝突するとこんな音が出るのか。

 何かゴムとゴムを擦り合せる様なそんな不快な音が鼓膜を震わせる。


 ギュォォォォォッッ!


 まだ撃ち続けるガレア。


 状況が解らない。

 僕の視界は白色光に包まれたままだ。



 ガクンッッ



 あれ?


 急激に足から力が抜けた。

 踏ん張りが効かない。


 ドシャッ


 ガレアの背中に倒れ込んだ。

 それと同時にグルグル巻きにしていた手綱も力無く解ける。


 そのままずり落ちそうになる。


「竜司ッ!?」


 咄嗟に僕の服を掴む暮葉くれは


 ズル


 僕は上着を空に残し落下。

 この時、僕はもう意識が無かったんだ。



 ###

 ###



 う…………

 ん……


 両眼がゆっくりと開く。


 見えるのは見知らぬ天井。

 そして僕はベッドで目覚めた。


 そして脇には銀髪ロングヘアーの女性が立っていた。

 その女性は笑顔で静かに話しかける。


「おはよう。

 と、言ってももう夕方だけどね」


「貴方は……?」


「なあに?

 寝ぼけてるの?

 フフフ。

 アタシよ。

 暮葉くれはよ」


 暮葉くれは!?

 それにしてはえらく大人びた……


 暮葉くれはと名乗るその女性を見つめた。


 スラっとした均整の取れた体型。

 腰まである銀の髪。


 髪が窓から入る夕日の光でキラキラ光っている。

 目はぱっちりと大きく深い紫色を携えていた。


 少し大人びてはいるが確かに暮葉くれはだ。

 と言うかここはどこだ?


 僕は聞いてみる事にした。


「あの……

 ここはどこ?」


「ん……?

 貴方の家じゃない。

 ……竜司、あなた何かおかしいわね……」


 大人の暮葉くれはが僕の顔をじっと覗き込む。

 僕は赤面してしまう。


「うーん……

 普通の竜司ね……

 プッ。

 でもどうしたの?

 そんなに真っ赤になっちゃって。

 まるで出会った時みたいじゃない」


 え?


 今の口ぶりだと僕と暮葉くれはは出会って大分経つことになる。

 僕は或る事を聞いてみる事にした。


暮葉くれは……

 今日って何年の何月何日……?」


「え?

 2032年の8月15日だけど……」


 絶句した。

 僕の居た時代から十四年経っている。


 その事で僕は確信した。


 これは夢だと。

 時々見ていた予知夢だと。


 それにしても今回の夢はいつもと違うなあ。


 夢の住人と話す事も出来る様だし自由に身体も動く。

 僕はベッドから起きる事にした。


「私も準備するわ。

 あと一時間したら始まるものね」


「始まるって何が……?」


「何言ってんの竜司。

 お祭りに決まってるじゃない。

 昨日まであんなに楽しみにしてたのに」


 暮葉くれはは奥の個室に入りながらそんな事を言っている。

 おそらく自室なのだろう。


 ……と言う事は僕は今、暮葉くれはと暮らしている?


「祭り……」


 そう呟いた瞬間。

 個室から暮葉くれはの驚嘆が聞こえる。


「あーーーーーっ!!!」


 同時にバタバタ個室から暮葉くれはが飛び出してくる。


 僕は目を覆う。

 何でかってその格好が見てられなかったからだ。


 スカートを膝まで降ろし上はボタンは一番下しか止めてない。

 水色のレースのパンツとフリルのついた水色のブラジャーが丸見えだ。


「ねぇねぇっ!?

 貴方もしかして十四歳の竜司じゃないっ!?」


「え……?」


 僕はまだ自分の状況を完全に把握している訳では無かったから否定も肯定も出来なかった。


「え……

 じゃなくてどーなのよっ!?

 そーなんでしょっ!?

 ねーねーっ!」


 暮葉くれははあられもない恰好のままで僕の胸座むなぐらを掴みガックンガックン揺らす。


 僕の身体を引き戻す度に目端に水色のブラジャーが眩しく映る。

 今の状況では確定とは言え無いが、僕は確信する。


 間違いない。

 この女性ひと暮葉くれはだ。


「ちょ……

 ちょっと待ってよっ!

 暮葉くれは……

 さん……

 その前に服をちゃんと着て…………

 下さい」


 僕は一応年上であろう暮葉くれはに敬意を表した。


「えっ!?」


 暮葉くれはが下を見る。


「こんなの毎日見てるじゃない」


 暮葉くれはがあっけらかんと言う。


「毎日……

 ですか……」


 僕は顔が熱くなるのを感じた。

 あ、鉄の匂いがする。


「昨日も一緒にお風呂に……

 あら?

 どうしたの?

 鼻血なんか出して……

 あ…………

 そう言う事か……

 十四歳の竜司だったら目に毒だったわね……

 ごめんね。

 エヘヘ」


 そう言いながらいそいそと手早く服を整える。


「……ふう……

 それで貴方は十四歳の時の竜司でいいのね……?」


「はい……

 多分」


「キャーーーっ!

 懐かしいわーっ!

 ねぇっねぇっ!

 今どの辺りっ!?」


 また暮葉くれはが騒ぎ出した。


「えっ……?

 確か竜界だと……」


「へーへーっ!

 懐かしいなあ……

 もう十年以上も前の話だもんね」


「十年って。

 竜からしたら十年なんて一瞬じゃないんですか?」


「あ……

 そっか……

 十五年前じゃ知らないか……

 ごめんね詳しくは話せないの」


「どうしてですか?」


「一昨日竜司が言ってたの……」


 この暮葉くれはが言うには十五年後の僕が今日僕が十五年前に立ち帰ると言っていたらしい。


 それで暮葉くれはは色々口止めされているとの事。


 理由は未来の情報を持ってしまうと欠片フラグメントが発生する可能性があるんだって。


 出来るだけ僕の記憶と同じにしたいって口を酸っぱく言われてたんだって。


「……というわけなの。

 ごめんね。

 さっ!

 竜司も早く準備してっ!

 祭りが始まっちゃうわ」


「祭りって……?」


「詳しくは言えないけど名前だけなら良いって言ってたから教えてあげる。

 龍篭祭りゅうろうさいって祭りよ。

 これ竜司が名付けたんだから。

 フフフ、これも許可されてるのっ。

 さー準備してっ!

 そろそろ出ないと間に合わないわ」


 僕は言われるままに準備した。

 着替え完了。


 財布らしきものとスマホを持った。


 財布はやけに分厚い。

 やっぱり竜河岸だから金持ちになるのかな?


「さぁっ行きましょっ!」


 暮葉くれはが元気に僕の手を引く。


 玄関を開ける。


 サァッと夕暮れの光で視界がいっぱいになる。

 そして僕の意識が遠くなる。


 もう暮葉くれはの手の温もりは感じない。

 姿も見えない。



 ###

 ###



「……司ッ!?」


 遠くで声が聞こえる。

 僕はまた闇の中に居た。


「……司っ!?

 ねぇっ!?」


 何か僕を一生懸命呼んでいる。


 僕はどうしてたんだっけ?

 遠くの声は泣いているようにも取れる。


 あぁ僕はまた心配かけちゃったんだな……


 起きないと。

 僕はゆっくり眼を開ける。


「竜司……

 うぅうぅう……

 うわぁぁぁぁぁん!」


 眼を開けた僕を見て大粒の涙を零しながら暮葉くれはが抱きついてきた。

 ふわっと髪の良い匂いが香る。


 僕は地上に居た。

 だだっ広い荒野に寝かされていた様だ。


「うわっと」


 突然の事に驚く。


「うっ……

 うっ……

 うっ……」


 暮葉くれははまだ泣いている。


「僕は大丈夫だから……」


 優しく暮葉くれはの頭を撫でた。


【竜司、大丈夫か?】


 隣にガレアもいる。

 こういう状況ならいつもは結婚だ何だと騒ぎ出すのに普段と変わらない。


 暮葉くれはが竜だからだろうか。


 あっそうだっ!?

 橙の王はどうなった!?


「ガレアっ!?

 戦いはどうなったのっ!?

 ……あぁあ……」


 僕は大声を出してふらつく。


 そう言えば僕は大量に失血したんだった。

 物凄く身体も怠い。


「竜司っ!?

 大丈夫っ!?

 死なないで……

 死なないでぇぇぇぇっ!

 うわぁぁぁぁぁんっ!」


 僕の様子を見てまた暮葉くれはは泣き出した。

 僕の肩口をまた大粒の涙が濡らす。


 僕は優しく暮葉くれはを引き剥がし、華奢な両肩を持ってこう答える。


暮葉くれは……

 僕は大丈夫……

 大丈夫だよ……

 !!?」


 僕は泣き顔の暮葉くれはの顔を見た途端。

 ぼっと赤面して顔を逸らしてしまう。


「うっ……

 うぅ……

 あれ?

 どうしたの?

 竜司?」


 ようやく泣き止んだ暮葉くれはが指で瞳を拭いながら言ってくる。

 僕は先程見た夢の事を思い出して赤面していた。


「いや……

 何でもない……」


 僕は目を逸らしたまま返答する。

 あ、まずいこの流れは……


「ねーねーっ!

 何なのよーっ!

 教えなさいよーっ!」


 暮葉くれはは僕の襟首を掴みガックンガックン揺らす。


「ちょ……

 ちょっと待って……

 マジで…………

 死ぬ」


「あぁっ!?

 ごめんなさいっ!

 竜司……

 死なないでーっ!

 うわぁぁぁん!」


 凄い勢いで投げ飛ばされた僕は地面に倒れ込む。


 また暮葉くれはが泣き出した。

 このままではループだ。


 僕は何とか起き上がる。

 身体は怠いまま。


 しかし言ってあげないと堂々巡りだ。


暮葉くれは……

 落ち着いて……

 今の事は必ず……

 教えるから……

 それよりも……

 ガレア……

 戦いはどうなった……?

 それと正直座ってるのも結構きついから……

 もたれてさせてもらっていい……?」


【何だよ。

 しょうがねえなぁ。

 良いぞ。

 んでケンカはなあ……】


 ガレアが言うには全ての力を込めて魔力閃光アステショットを撃った。

 うんそこは覚えている。


 それで僕が落ちた事に気づいたんだって。


 それは暮葉くれはが騒ぎ出したからだってさ。

 それで撃ち合いを止めて僕を拾いに急降下。


 僕は何とか激突を免れたんだ。


 でも危なかったって。

 僕の襟首を掴んだのは地上スレスレの所だったんだ。


 助けたのは良いが目を覚まさないからとりあえず適当な所を見つけて僕を寝かせて今に至ると……。


「ふうん……

 じゃあガレアもどうなったかは解らないんだね」


【まあそうだな】


 でも僕は確信していた。

 僕らは橙の王に勝ったと。


 その根拠は予知夢の違いだ。

 あの予知夢は今居る世界線の行く末を見せるのだろう。


 ザシャッ


 歩く時に起きる砂利の足音が耳に入る。


 僕は音の方を向く。

 そこには裸の橙の王が立っていた。


【ハァッ……

 ハァッ……

 すめらぎィィッ……!】


「はっ!

 ハイィィィッ……!

 あぁっ……」


 ドスの利いた声にビビりまた大声を上げる。

 そしてふらつく僕。


 見ると橙の王は人型に戻っていた。

 恰幅の良い浅黒い肌が見えている。


 そして頭からは血が垂れている。

 血が眉の間を通り鼻の側にたれている。


 脇腹は抉れそこからも流血。


 所々魔力焦げとでもいうのだろうか黒く変色している。

 正直立っているのが不思議なぐらいに見える。


【アァァッァーーーッ!

 もう俺っちの敗けだァッ!

 敗けッ!】


 その大きな尻を地面にドスンと置く橙の王。

 座り込み両手で身体を支え、天に向かってそう話す。


「え……?」


【だから俺っちの敗けで良いっつってんだよっ!

 何度も言わせんなっ!

 この野郎っ!】


 満身創痍でも橙の王の眼は鋭い。


「すっ……

 すいません……

 あの橙の王……?」


【ん?】


「あの……

 服着てくれませんか……?

 今のままだと目のやり場が……」


 橙の王は文字通り全身真っ裸である。

 局部も丸見えだ。


【ん?

 そうか?

 んじゃあちょっと待ってな……

 フンっ!】


 橙の王がゆっくりと立ち上がり力を込める。

 身体が白色光に包まれる。


 これは……

 記憶が呼び起こされる。


 ギュギュギュギュギュッ!


 肉と肉の擦れる音が聞こえる。

 抉れてた脇腹が元通りになる。


 浅黒くなっていた肌も見る見るうちに正常に戻っていく。

 頭の血もすうっと消えていき元通りの橙の王になった。


 うん、ますます目のやり場に困る。


【ふう……

 さてお次は……】


 橙の王は亜空間を出し中に手を入れる。


 出てきたのは服一式。

 手早く着替え、会った時の橙の王に戻った。


【おいすめらぎ……

 まあ座れや……

 今回のビーフの話……

 聞かせてくれや……

 さっき聞いた後からでいい】


 僕は刹那エフェメラルで焦った事。

 この人には慢心がある事。


 竜になった時本当に怖かった事。

 大量の失血をして今もその状態の事。


 そして、これだ。

 ガレアの羽が四枚になった事を掻い摘んで話した。


【ほー。

 羽が四枚に?】


 そう言いながら奥のガレアを見つめる橙の王。


【何だ?】


【おめー。

 羽が四枚あるってマジか?】


【ん?

 二枚だぞ】


 キョトン顔のガレアが羽をピコピコ揺らしている。

 確かに二枚だ。


 じゃあ僕が見たあれは何だったんだ?


すめらぎィ。

 オメーウソついてんじゃねぇだろうなっ!?】


「いえ……

 そんなはずは……」


 僕も良く解らず戸惑う。


【ブハハハ。

 何だオメーその反応は。

 こーして見ると只のチキンなニュージャックなんだけどな】


「僕の力なんて大した事無いですよ……

 ほとんどガレアが戦ったんですし……」


作戦ミッション考えたりとか即席で技編み出したりとかはオメーだろ?

 へへっ全くイルな奴だぜ】


「ふふっ。

 貴方も相当イルですよ」


【だろ?

 ブハハハハハッ】


 僕と橙の王は笑いあった。

 これが俗に言うあれか。


 夕焼けでライバル同士がケンカをして「お前なかなかやるな」「ふっお前もな」現象か。


 ……長い。


【フー……

 やっぱ激しいビーフの後のこのチルな気分はたまんねーな】


「ええ、本当にチルな気分です」


 僕はヒップホップ用語を理解した訳じゃ無い。


 けど、それを言う橙の王の晴れやかな笑顔を見てポジティブな意味合いだと思い同意した。


すめらぎ

 確かオメー、下の名前は竜司りゅうじだよな?】


「あ、はいそうです」


【よし!

 オメーも今日から俺のポッセだ!

 新しいポッセに名前を贈ろう。

 オメーはDraakドラークだ!】


「は……?

 はぁ……」


 この返答。

 僕は正解だと思う。


【俺はな……

 ビーフしてポッセになったやつに名前を贈んだよ。

 Draakドラーク

 良いだろ?

 オランダ語で竜って意味だ。

 ナーミン?】


 何故オランダ語?

 純粋にそう思った。


 後日談だが英語でドラゴンではつまらないって事だそうだ。


「や……

 YahMenヤーメン……」


【ブハハ。

 Draakドラークも解って来たじゃねぇか】


 もう僕の事をDraakドラークと呼んでいる。


【バルさーんっ!】


 橙の王の取り巻きの竜が多数降りてきた。


【おー。

 我がポッセ達よ】


【バルさんっ!

 ビーフはどうなったんすかっ!?】


【あー俺っちの敗けだっ!

 それで……

 コイツを我がポッセとするっ!

 名はDraakドラークッ!

 おめーら仲良くしろよっ!】


【うぃーーっすっ!

 バルさんっ!

 わかりやしたぁーっ!】


 取り巻きの竜達が全員ペコッと会釈する。

 いやに素直だな。


 一人ぐらい異論を唱える奴が居るのかな?


 とか思ってたんだけど。

 すると僕の周りに取り巻きの竜が寄ってきた。


 ペタペタ僕に触って来る。


Draakドラークッ!

 おめーすげーじゃねぇかっ!

 あのバルさんに勝っちまうなんてっ!】


「いえ……

 僕の力なんて……

 僕よりガレアを誉めてあげて下さい……」


 と、次の竜がペタペタ。


Draakドラークっ!

 ケリつけたのはどんな技だったんだよっ!】


 向こうは軽くかも知れないが竜だから人間にはキツイ。

 僕の体はガックンガックン揺れる。


「ちょ……

 すいま……

 やめ……

 はぁあぁ……」


 パタン


 僕は倒れてしまった。


【あーーっ!

 Draakドラークっ!?】


 上で竜の大声が聞こえる。

 脳がグワングワン揺れる。


 その揺れのまま意識が遠く遠く遠く……

 そしてまた僕は気を失った。



 ###

 ###



 僕はゆっくり眼を覚ます。


 幾分か体の怠さも消えている。

 僕はゆっくり上身を起こした。


「ここは……

 どこ?」


 僕は辺りを見回す。


 周りは大きい鍾乳石がいくつも連なって壁を作り、部屋を形作っている。

 見た事ある風景。


 おそらくここはマザーの居城だろう。


 周りに誰も居ない。

 僕はさっきまで寝ていた鍾乳石の台から降りる。


 ここで僕は異変に気付く。


 それは僕の身体の状態。

 何か変なんだ。


 気持ち両脚と上半身胸辺りまでの怠さは緩和されている。


 だがそれ以外の箇所。


 両腕、肩部の感覚は無い。

 そう、無いんだ。


 両腕に至ってはピクリとも動かない。

 だけど脚は動く。


 僕はゆっくり歩いて部屋の外へ出る。


 ここも見た事がある。

 僕は広めの通路に出た。


 確かここは……

 僕は左を向く。


 あった。

 階段だ。


 僕はゆっくり階段を上り上階へ。

 それで……


 左だ。

 左側に歩き出す僕。


 入口がある。

 確かここが……


【おや……?

 来ましたね……】


 マザーがゆっくりこっちを向く。


 あれ?

 ガレアと橙の王が何かやってるぞ。


 ガレアが持ってるのは……


 マイク!?


【ヘイヘイヘイ♪

 ヨー♪】


 ガレアは何を言ってるんだ?


 ヘイ?

 ヨー?


【ドゥンドゥンドゥドゥン♪

 ドゥンドゥドゥン♪

 ボッバッ!

 ボッボッボバッ!

 OHーYeah♪

 言ってやりなっ♪

 オーメーのッ♪

 シンセサイザ♪

 かき鳴らしなっ♪

 ガレアー♪】


 お得意のボイスパーカッションの後ラップを唄う。

 そして何故かガレアの名前を出す橙の王。


 ガレアの方を見ると何か縦に揺れている。

 リズムを取っている様だ。


 まさか!?


【ヘイッ♪

 ヨーッ♪

 俺はアステバン好きさっ♪

 共演者ッ♪

 アステバンクリーチャー♪

 そんな奴らをぶった切るのさっ♪

 斬ッ!

 斬ッ!

 斬ッ!

 アステバンッ♪

 アステバンッ♪

 寝ても覚めてもアステバンッ♪

 そんなアステバン好きな俺の名はガレアーッ♪

 ドーーーン♪】


 戦う前に見た橙の王が取ったポーズを決めるガレア。

 そしてそれに寄り添う様に同じポーズを取る橙の王。


【かっこいいわよー

 ガレアー

 パチパチ】


 見ていた暮葉くれはが拍手している。


【HAHAHAッ!

 上手く行ったぜッ!】


 パァン!


 ハイタッチの高らかな音が部屋に響く。

 驚いたのは自然にハイタッチに応じたガレアだ。


【ガレアー。

 オメーなかなかいい叙情詩リリック打つじゃねぇか。

 ブハハハ】


【そっか?

 ムフー】


 褒められてガレアもご満悦そうだ。

 一連の流れに唖然となっていると暮葉くれはが僕に気付いた。


「あっ竜司ッ!

 起きて大丈夫なのっ!?」


「うん……

 何か身体がヘンだけど……

 何とかね……」


 僕は暮葉くれはを連れてマザーの元へ。


【竜司……

 ご苦労様です……

 これで三つの欠片フラグメントは集め終わりました……】


【おー我がポッセッ!

 大丈夫かよ!?】


「はい……

 何とか」


 橙の王も話に加わる。


【これで……

 破滅の世界線から移動出来ました……】


【オイオイマザー。

 何の話だ?

 俺っちにも教えろよ】


【ん?

 竜司起きたのか?

 何の話してんだ?】


「あ、ガレア。

 うん。

 今からマザーが世界線について説明してくれるから聞いときなよ。

 聞きたかったでしょ?」


【さっき竜司が言ってたやつか】


「そうそう。

 じゃあマザーお願いします」


【わかりました……

 世界線とは無限に存在する線……

 我々はその世界線の上で日々生きています……

 そして私は或る程度の世界線の結果を確認する事が出来ます……

 そして先程まで我々が居た所は破滅の世界線……】


 僕はチラッとガレアを見た。

 いつものキョトン顔。


 駄目だこりゃ。


【線があんの?】


 キョトン顔のまま僕を見るガレア。


「そうだよ。

 世界線って言うのはあらかじめ色々な未来が決まってて、それが記されている線って言うのかな?

 例えば明日ガレアが肉を食べるとする……」


【肉っ!?

 フンフン】


「その肉を食べるのが世界線の収束点だとしたら

 例えどんな事があってもガレアは肉を食べると言える」


【おーっ!

 おー……?

 シュウソクテン?】


 ちょっと理解したと思ったのにまたキョトン顔に戻った。

 ここでマザーがフォローを入れる。


【収束点とは特異点により世界線が切り替わるポイントの事……

 収束点の結果によって呼称が様々変わると私は考えます……

 先程まで居た破滅の世界線……

 これは人と竜が大量に死亡する忌まわしき世界線……】


【ん?

 いっぱい死ぬって事か?

 マザー】


 ガレアがマザーに問いかける。


【ええ……

 ここに居る我々……

 私も……

 アルビノも……

 ハンニバルも……

 ガレアも……

 そして竜司も……

 みんな死亡します……】


【ゲッ!?

 みんな死ぬのかっ!?】


【マジかよ……

 Fuckファック


【そして……

 今回の戦闘……

 遥かに格上のハンニバルに戦いを挑んだ理由と言うのが……

 別世界線に移るために“ハンニバルに勝つ”と言う事象が必要だったからです……】


【ほー。

 さっきマザーが言ってたのはそれかー】


【ふうん。

 だからあんなに必死だったのか竜司】


「うん……

 ってガレア意味解ったの?」


【何となくだけどな。

 戦う前に俺たちがいる所がゆくゆくはみんな死んじゃうってトコだったって話だろ?】


「うん……」


【んでそっから別のトコに行くには、橙の王にケンカで勝たないといけなかったって話だろ?】


 間違ってはいないけどガレアが言うと何か軽い。


「まあ……

 そういう事……」


【んでどうなんだ?】


 ガレアがまたキョトン顔に戻っている。


「どうって?」


【今だよ今。

 その破滅のってトコから移動できたのか?】


「あっそうだ。

 マザーに聞きたい事があったんです……

 僕、この戦いでヘンな夢を見たんです……」


 あっ。

 そう言えば僕が赤面した理由を暮葉くれはに説明しないといけないんだった。


 僕はチラッと暮葉くれはを見た。

 顔が熱くなるのが解る。


 僕は目を逸らしたまま暮葉くれはを呼ぶ。


暮葉くれは……

 ちょっとこっち来て……」


「何々?

 竜司」


「あのね……

 今からさっき僕の顔が赤くなった理由を話すから……」


「あっ!

 そうだったわっ!

 ワクワクっ!」


 暮葉くれはの眼がキラキラし出す。

 早く教えてくれと言わんばかりだ。


【さぁ……

 竜司よ……

 話しなさい……

 あの微笑ましい夢の内容をっ……】


 全くマザーは心が読めるんだから言わなくても良いだろうに……


 待てよ……

 今マザーは微笑ましいって言った……


 って事はもう知ってるんじゃ?

 僕はそう思い、顔をマザーに向けた。


【ムフゥ……

 ムフフフフ……】


 マザーの顔が何とも言えない顔になっている。

 俗にいういやらしい顔。


 眼が緩い弓張型になり口端は上に上がっている。

 頬も赤い。


 やっぱりこのひとは全部知ってるんだ。


 確か初めて会った時二時間ドラマを見てたっけ。

 全くこのメロドラマ好きは。


【キョッ!

 だっ!

 誰がメロドラマ好きですかっ……!

 ハッ……

 コホン……

 さあ竜司……

 暮葉くれはに説明して御上げなさい……

 ワクワクして待ってますよ……】


 暮葉くれはを名指しにした段階で確定だ。


 マザーは知っている。

 僕は観念して暮葉くれはの方を向く。


 綺麗な紫の眼を見る。

 顔が熱くなってるのが解る。


「あれ?

 また竜司の顔が赤くなってる。

 どうして?」


「あのね……

 さっきガレアと橙の王が最後に撃ち合った時……

 僕落ちたじゃん……?」


「うん。

 あの時はびっくりしたわ」


「僕は落下の途中で気を失ってたんだよ……

 それでね……

 その時に見た夢が……」


「うんうん。

 夢が?」


 まだまだキラついている暮葉くれはの瞳。


「僕が……

 ベッドに寝てて……

 それで側に今より大人っぽくなってる暮葉くれはが立ってて……

 その……

 親密そうにしてた……」


「ん?

 その寝てたって所はどこなの?」


「多分……

 何十年か後の……

 僕と……

 暮葉くれはの家……」


「え?

 私、竜司と一緒に暮らしてるのっ?」


「多分……

 そうだと……」


 駄目だ。

 恥ずかしさが頂点。



「んーと……

 それって私と竜司が結婚するって事?」



「ケケケッ!

 結婚っ!?

 ……ああぁあぁ……」


 パタン


 僕は突然の核心をついた言葉による大声と恥ずかしさ。

 あと現在血が足りないためにその場に倒れてしまった。


「キャーーーーッ!

 竜司ッ!

 大丈夫っ!?」


【フフフ……

 ムフゥ……

 竜司の体調の事もありますしこの辺で止めておきましょう……

 さて竜司……

 貴方が予知夢と言っているその現象……

 おそらく現在の世界線の先が見れるものだと思われます……

 ここに来るまでに見た予知夢はどれも凄惨なものでは無かったですか……?】


 確かに言ってる通りだ。

 どれも竜狩りだの革命だのと物騒な単語ばかり並んでいた気がする。


【貴方が落下中に見た夢が違ったものだったならば現在の世界線は変わったのでしょう……

 ありがとう竜司】


 少し寝てようやく少し頭が冴えてきた。

 僕は起き上がろうとする。


 依然として両腕の反応は無い。


 少し動きづらい。

 何とか起き上がる僕。


「あと……

 マ……」


【ハイ……

 今の身体の状態についてですね……

 いくら私でも血液を創り出す事は不可能です……】


 血液型とかが解らないって事かな?


【ハイ……

 概ねそういう事です……

 全知全能オールパーパスを使えば遠く離れた情報を掴む事も出来ますが……

 人間の血液を生成出来る竜もおりませんし……】


 成程ね。

 でも状態としては歩けるぐらいには戻っている。


 それは何故だろう?


【ハイ……

 それはですね……

 私より本人に説明してもらいましょう……

 ドラペン……

 ドラペン……】


 マザーがそう呼ぶとぴゅうっと何かが部屋に入って来た。


【はーい。

 何でヤンスか?

 マザー】


 入って来たのは一人の竜だった。

 全身はクリーム色って言うのかな?


 少し黄色がかかった白竜だ。

 それにしてもこの竜。



 ちっさい。



 物凄く小さい。

 前に見たミニガレアと同じぐらい小さい。


【ではドラペン……

 竜司にかけた能力について説明してあげて下さい……】


【ヘイッ!

 おうおうおうっ!

 オメーとりあえず歩けるぐらいにまでは回復したようでヤンスなぁっ!?】


「あ……

 はいお陰様で……

 それで僕に何をしたんですか……?」


【まーそう慌てるでないでヤンスよッ!

 オイラの能力は比重レシオって言うでヤンス】


比重レシオ?」


【ヘイそうでヤンス。

 オイラは対象の比重を操る事が出来るでヤンス。

 体内の血流の比重を足と胸辺りまでと残りを頭だけに振り分けたでヤンス。

 もーこんなデカい生き物の比重を操るなんて苦労したでヤンスよぉっ!】


 なるほど。


 今血が通って無いから肩と両腕に感覚が無いのか。


 ドラペンは何か短い両腕と羽をピコピコパタパタさせながら、一生懸命説明してくれている。


 何か……

 何か物凄く可愛い。


「プッ」


 余りの可愛らしさに僕は噴き出してしまった。


【ん?

 何でヤンスか?】


「いや……

 別に……

 ククク……」


【ドラペン……

 貴方が可愛らしいと思って笑っています……】


 マザー、余計な事を。

 それを聞いたドラペンが怒り出した。


【ムキーーーッ!

 オイラを舐めてるでヤンスかーーッ!

 何で名前も知らない初対面のヤツに小さいとか、ちんまいとか、ちみっこいとか言われないといけないでヤンスかーっ!】


 そんな事は言ってない。

 にしても僕の胸辺りでピコピコパタパタしてるドラペンはやはり可愛い。


「ドラペンごめんね……

 僕の名前は皇竜司すめらぎりゅうじ

 それであっちが僕の竜のガレア。

 そしてあっちが暮……

 アルビノだよ」


「よろしくねドラペン。

 ふふっ

 可愛いわね」


 ドラペンは怒るかなと思ったら静かだ。

 よく見ると小さな頬が赤い。


 こいつ少し萌えてやがるな。


【オイラはドラペンッ!

 本名はラペルニクル・ドラペルダンラペ・ラペ・ラペルージャ三世でヤンス。

 立派でヤンス】


 本名は長くて良く解らん。

 とりあえずラペっていっぱい入っているのが解った。


【さて竜司……

 そろそろ人間界に戻る時間です……

 早く人間界に戻って輸血をしないと両腕が腐ってしまいます……】


「あ、はいわかりました」


【おっ?

 Draakドラーク

 人間界に戻るのかよっ。

 俺っちはもう少し竜界に居て後から追いかけるからよっ】


「人間界に何か用事でもあるんですか?」


【ニューシングルの収録だよ。

 Draakドラークもリリースしたら買ってくれよっ。

 あとピンチの時は俺っちを呼んでくれても構わねぇぜっ。

 なんせ俺たちはもうポッセ……

 だろ?】


「ええ。

 ポッセ……

 頼りにしてます」


【ブハハハ。

 じゃあ元気でやれよ】


「はい」


【では帰るにあたっていくつか注意点と贈り物を授けましょう……

 まず注意点……

 戻る場所です……

 確かこちらに来た時は竜排会と戦闘中でしたね……】


 そういえばそうだった。


「はい」


【戻る場所はこちらに来た一~二秒後……

 それには理由がありますが今は割愛します……】


 と言う事は戻るとすぐに戦闘になる可能性があるって事か。


 相手は五千人。

 いくらブーストした流星群ドラコニッドスと言っても全滅したとは思えない。


【ハイ……

 そういう事です……

 ですので心構えをしておいて下さい……

 そして贈り物ですが……

 二つあります……

 一つは……

 ちょっと側まで来てください竜司……】


 僕は言われるままに側に寄った。


 ゆっくりとマザーの手が動き僕の頭を掴む。

 何かが流れ込んでくる。


 頭の中にイメージが浮かぶ。

 これは……


 何て形容して良いか解らない。

 とにかくイメージが僕の中に流れ込んできたんだ。


「これは……」


【今送ったのは……

 言わば精神端末サイコ・ターミナルのレシピです……

 これで端末ターミナルを創れば遠く離れた私とも交信が可能です……】


 それは凄い。


【ただ注意が必要です……

 まだ竜司は精神端末サイコ・ターミナルを扱えるレベルには達していません……

 足りないレベル部分は魔力のその分使って補う形になります……

 ですので多用は厳禁です……】


「わかりました。

 ありがとうございます」


【あともう一つの贈り物はドラペンです……

 ドラペンの能力は竜の中でも特殊なもの……

 きっと赤の王との決戦の時に役に立つ筈です……】


 あぁっマザー、そのワードは出しちゃダメだっ。

 僕は恐る恐るガレアを見た。


 何か暮葉くれはと話していて聞いてなかった。

 良かった。


【ちょっとっ!

 ちょっと待つでヤンスッ!

 そんな話オイラは聞いてないでヤンスよッ!】


【ですので今言いました……

 ではガレア、アルビノ……

 こちらへ……】


「はーい」


【何だ?

 向こうに戻るのか?】


「そうだよガレア。

 向こうに戻ったらすぐにケンカが始まるからそのつもりでね」


【おう。

 わかった】


 マザーが胸辺りに両手を寄せる。


【ハイ】


 ポン


 マザーの柏手が聞こえたと思ったら、僕は爆炎が上がっている前に居た。



 ###

 ###



「ハイ。

 今日はここまで」


「パパー。

 龍篭祭りゅうろうさいってどんな祭りー?」


「それはまだ内緒。

 この話が終わる頃に、今年の龍篭祭りゅうろうさいが始まるから一緒に行こう」


「えっ!?

 僕も行って良いのっ!?

 わーいっやったーっ」


「フフフ……

 じゃあ今日もおやすみ……」

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