第五十七話 ガレア、銭湯の儀式を知る。

「やあこんばんは。

 今日も始めて行こうか」


 ###


 僕らは逃げるようにマクレナレヨから出て行った。


「もうガレアってばもう少し行儀よく食べれないの?」


【竜に人間の作法を持ってこられてもなあ】


「そんな事だとカンナに嫌われるよ」


【へっへーん。

 今はカンナいねーもんよー】


 全く妙な知恵をつけて。

 素直にそう思ったよ。

 そんな事を考えていた時、僕はふらついてガレアに寄りかかってしまった。


【おっと】


「ごめんガレア……」


 二時間寝ただけでは疲労が回復しないようだ。

 僕は近くのベンチに座りスマホで検索。

 検索ワードはこうだ。


 疲労回復 効果


「……よし、銭湯だ。

 スーパー銭湯に行こう」


 ちょうど四日市駅の近くにあるらしい。

 行先を定めた僕は駅前のスーパー銭湯を目指し歩き出した。

 もうどこでどう歩いたかなんて覚えていない。

 気がついたら大きな銭湯の前に居た。


 四滝温泉 満殿の湯


 早速入る。

 券売機で買うタイプらしい。

 すると券売機にデカデカと注意が書かれている。


(注意!

 竜をお連れのお客様は必ずカウンターまでお越しください!)


 デカデカと書いてあったため中学生の券だけ購入し、カウンターへ向かった。


(いらっしゃいませ……

 お客様竜をお連れですね。

 その場合注意点がございます……)


 何か長々説明していたが要するに竜を暴れさせるな。

 ちゃんと監視しないと警察呼ぶぞって事らしい。

 僕は了承した。


【何か知らんが、ここってどこなんだ?】


「ガレアいい……?

 ここは銭湯と言って物凄く広い風呂だよ……

 普通の人も入ってるからくれぐれも暴れたりしないで行儀よくしてね……」


【何だ風呂か……

 わかったよ】


「くれぐれもだよ」


【わーたって】


 そんなやり取りをしながら僕とガレアは男湯に入る。

 脱衣所で服を脱ぎロッカーに入れる。


「ガレアは良いよね。

 服脱がなくていいから」


【布かぶってる人間がおかしいんだよ】


 微塵の迷いも無くそう言うガレア。

 僕は人間の方がおかしいのかと錯覚してしまった。

 とりあえず服を脱いでタオルを腰に巻き浴場に入る。


【おっ?

 何かすげぇな】


「うんそうだねガレア」


 大小色々な風呂がある。

 僕はまず中濃度炭酸風呂に入る事にした。

 もちろんガレアも一緒だ。

 入るやいなやガレアが


【何だこの湯。

 シュワシュワするぞ】


「これでいいんだよ。

 このシュワシュワが疲労を取ってくれる……

 多分」


 僕は風呂博士ではない。


「あぁぁぁぁ……」


【の~~ん……】


「ガレアまた声出てる」


 実の所、僕はガレアと風呂に入るのが気に入ってしまっていた。

 ゴツいガレアに似つかわしくない声を出すからだ。


「ん?

 ガレアちょっと見てごらん。

 外に風呂がある。

 行ってみようよ」


【別にいいけど】


 外に出た。

 何か外にも何種類か風呂がある。


【何かコレ、ボコボコなってるぞ】


「ああ、これはジャグジーっていうやつだね。

 これに入ろうか」


 ボコボコボコ


 ちょうど腰と背中に気泡が当たる位置に座った。

 ガレアは何故か気泡の噴射口に向かい合って座っている。


「ガレア、逆だよ逆」


【何が?】


「体の向きだよ」


【ん?

 向こうじゃこうだったんだよ】


「え?

 竜界に風呂ってあるの?」


【こっちでもあるだろ。

 オンセンっていうんだっけ?

 向こうじゃカリドゥって言うんだよ】


「へぇ、じゃあ向こうじゃ普通に風呂に入るの?」


【人間みたいに体洗ったりはしねーよ。

 こっちのオンセンとはちょっと違うなあ】


「ふーん、僕が行っても入れるの?」


【そりゃ入れるけど……

 物凄く熱いぞ。

 あと広くて深いから死ぬんじゃね?】


「……広いってどのくらい?」


【こっちで言う湖ぐらい?】


「……それ……

 全部お湯なの?」


【そう】


 ガレアがあっけらかんと答える。

 この話で思い出したが僕はまだ身体を洗ってなかった。


「あ、ガレア身体洗うよ。

 おいで」


 僕らは一旦湯舟から上がり身体を洗いに行った。

 駆流の家でのようにガレアはまたうひょひょだのうひゃひゃだの言っていた。

 僕らは身体を洗い終えるともう一度湯舟に漬かり、風呂から出た。

 身体を拭こうかと思っていたらもうガレアの身体は乾いていた。


「相変わらず便利だねその身体」


【そうか?】


「あ、そうそう銭湯に来たらやらないといけない儀式があるんだよ」


【儀式?】


 服を着た僕とガレアは男湯から出る。

 休憩所に向かい、自販機の前に立つ僕。


「これこれ」


 牛乳


 自販機にはそう書いてあった。


「ガレアもやってごらん気持ち良いから。

 えっとコーヒー牛乳二つと……」


 自販機でコーヒー牛乳を購入。

 栓を開けてガレアに渡す。


「ガレアいい?

 僕と同じポーズで飲むんだよ。

 まず腰に手を当てて……」


 誰が流行らせたのか。

 銭湯の定番儀式。

 僕は腰に手をやりコーヒー牛乳を一気飲みした。


「プハー……

 最高」


【へえ、何か良さそうだな。

 ポーズはこれでいいのか?】


「いいよ。

 そこから一気に飲むんだ」


 コーヒー牛乳を一気飲みするガレア。


【プハー!

 何だこれ!

 すっげー気持ち良い】


 風呂で火照った体に流し込まれる冷たい牛乳の心地よさにガレアもご満悦だ。


「あ、そろそろ時間だ。

 行くよガレア」


 僕らはスーパー銭湯を後にして駆流の家へ向かった。


 駆流の家


 シバタさんの案内で駆流の部屋の前に行く。


 トントン


「駆流ー?

 いるー?」


「あっ竜兄りゅうにぃ

 今開けるよ」


 ドアが開くと満面の笑顔の駆流がお出迎えだ。

 あのボイレコの一件から駆流の接し方が一変した。

 僕は駆流の案内で部屋の中へ。

 いつもの勉強机の前に座る。


「駆流、今日はどうだった?

 茂部がチョッカイかけてきたりとか無かった?」


「それがよ竜兄りゅうにぃ、今日は全く会わなかったんだよ。

 ウチの学校が広いってのもあるのかも知れないけど、普段ならあいつらから来るのに今日はぱったり」


「それは良かったなあ」


 おそらく、駆流に全てバレてしまったからもう金をせびれないって考えたんだろう。

 いくらかわからないが三日後のレースに出るだけで大金が入るらしいし。


「まあ、来てもボコボコにするだけだけどな」


 駆流が僕に拳を向ける。


「そういや竜兄りゅうにぃ、今日ってかいつもここに来るまで何してんの?」


「昨日まではガレアと一緒に練習だよ。

 今日は初めてガレアに乗って本気で走ってもらった……」


「ちょ……

 竜兄りゅうにぃ、大丈夫かよ」


 僕の顔が青ざめたのを見て駆流が心配する。


「あぁ大丈夫だよ……

 でも凄いね……

 時速九百キロの世界って……」


 これを聞いた駆流がガレアを見上げてこう言う。


「だろ?

 でもあれが魅力なんだよ。

 別に父さんがやってるからF1レーサーになりたいんじゃないんだぜ。

 でも時速九百キロって結構速いじゃんガレア」


「結構速いって……

 マッハはそれ以上って事?」


 こう聞くと駆流は自慢げに


「あったりめぇよ!」


 時速九百キロ越えって事はもう音速の領域だ。

 僕は驚いてガレアを見る。


【前に言っただろ?

 マクベスは逃げ足だけは速いって。

 こいつ本気で逃げたら多分竜界一なんじゃ無いかな?

 俺が本気で飛んだ時ととトントンってトコ】


「凄いじゃん!?

 マッハ!」


 僕は純粋にマッハを誉める。


【いやぁ、それほどでも……】


 マッハが照れている。


【でもそのかわり、他はてんで駄目だけどな。

 ケタケタ】


【ぐっ……

 いいじゃんガレア……】


「でも速さを知ってるって事は……

 駆流、マッハに乗った事あるの?」


「あるよ。

 あの頃からだったなぁ。

 F1目指すようになったの」


「って事は体調とか……」


【わー!

 竜司さん!

 お話したい事があります!】


「わわっ!?」


 マッハが僕の袖を強引に掴み部屋の隅へ引っ張っていく。

 臆病でも竜だ。

 それなりに力は強い。


「何?

 どうしたの?

 マッハ?」


【あの……

 僕の背中に乗って走った話はあまりしないで頂きたいんです……】


「何で?」


【確かに人間が僕の本気の走りに耐えるにはかなりの習練が必要です……

 だから昔乗った時は僕が魔力で膜を張って駆流をガードしてたんです……】


「まあ、そうだろうね」


 僕は午前中の自分を思い出した。


「でもそれで何で話しちゃいけないの?」


【その……

 ガードしている事は駆流は知らないんです……

 駆流の性格から考えると……

 あぁぁぁ】


「あー、何となく怒りそう」


【あぁぁぁあぁ……】


 マッハがカタカタ震え出した。


「おい!

 マッハ!」


【ひゃっ!?

 ……な、何?

 駆流……?】


「あのな……

 聞こえてんだよ」


 駆流が頭を掻きながら言う。

 そう言えば忘れていた。

 竜語は理解できる人間の脳に直接響くものってグースが言っていたっけ。


 駆流が僕らのいる所までズカズカやってくる。

 僕は立場上駆流とマッハの間に入る。


「か……

 駆流?

 落ち着いて……

 ね?」


「わかってるよ竜兄りゅうにぃ、別に怒ってねーよ」


 駆流が僕をどかしマッハの前に立つ。

 するとおもむろに頭を下げた。


【へ……?】


「マッハ!

 ありがとうな!

 あの時はお前が守ってくれてたんだな」


【う……

 うん……】


「俺の竜がお前で良かったと思うよ」


【ホントに……?】


「あぁ、ホントだ」


【ホントにホント……?】


「ホントにホントだ」


【ホントにホントにホン……】


「しつけぇっ!」


 駆流がマッハを殴る。

 せっかく仲良くなりかけてたのになあ。


【痛いっ!

 やめてよう、わかったよう】


「全く」


 そこで僕が凛子さんのように柏手を打つ。


「さぁさぁ。

 少し脱線しちゃったけど、僕がここに居る意味は勉強だよ」


「うげっ!

 わかったよ竜兄りゅうにぃ


 その日は勉強を終え、早々に床に着いた。

 おそらくガレア搭乗の疲れがまだ抜け切れてなかったんだろう。


 次の日から三日間レースに向けて猛練習した。

 午前中はレースの練習、四日市に帰って銭湯。

 そして駆流の家。

 その繰り返しで気がついたら四日過ぎていた。


 当日の朝


「駆流、いよいよ今日だね。

 僕は負けないよ」


「いいぜ竜兄りゅうにぃ

 俺も受けて立つぜ」


「じゃあ、駆流。

 学校が終わったら電話してくれ。

 一緒に鈴鹿サーキットに行こう」


「わかった」


 ピンポーン


「あ、華穏が来た。

 じゃあ行ってくるよ竜兄りゅうにぃ


 僕も一緒に出て行った。


「駆流、すめらぎさん。

 おはようございます」


「あ、華穏ちゃん。

 今日放課後鈴鹿サーキットでレースするんだけど来ない?」


「何で竜兄りゅうにぃ言うんだよ」


「まあまあ華やかな方が良いじゃないか。

 ほらレースクイーンとかもいるだろ?」


 この僕の発言を聞いて華穏が自分の胸をハッと隠す。

 顔も少し赤い。


「すっ……!?

 すめらぎさんッッ!?

 わっ…………!

 私水着とか着ませんからっっ!!」


 僕も慌てて否定する。


「違う違う!

 女の子が応援してくれた方が華やかだろって事だよ」


「なんだ……

 良かった……」


「何勘違いしてんだ。

 お前の貧乳なんざ見たかねーっての」


 ガン


 駆流が言い終わるか言い終わらないかの内に華穏のカバンが勢いよく駆流の後頭部を直撃する。


「いってぇぇ!

 何すんだ華穏!」


「ホラホラ、学校遅刻しちゃうよ」


「あっいっけね。

 じゃあ竜兄りゅうにぃ行ってきまーす」


「行ってらっしゃい」


 僕とガレアは駆流たちを見送った。


 ###


「はい、今日はここまで」


「パパー。

 僕もスーパー銭湯行きたいー」


「あれ?

 まだ行った事無かったっけ?

 じゃあ明日ママが帰ってきたら連れてってもらいなさい」


「やったぁ」


「じゃあ、今日はもうお休み……」


              バタン

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