第五十二話 竜司、F1に熱くなる。

「やあ、こんばんは。

 今日も始めて行こう」


 ###


 ひとしきり情報収集が終わった僕とガレア、華穏は店を出た。


「今日はありがとうね。

 華穏ちゃん」


「いえいえ、私も御馳走になっちゃって」


「駆流に関しては僕も何とかしてみるよ。

 また何か解ったら教えてね」


「はい、わかりました。

 私の方でも友達に色々聞いてみます」


「じゃあ、今日も駆流の家庭教師をしてくるよ」


「そちらもよろしくお願いします」


 華穏はぺこりと頭を下げる。


 別れた僕らは駆流の家に向かった。

 ひとまずは見た事は黙っておく事にした。


 十分後


 駆流の家に到着し、駆流の部屋に向かった。

 部屋の前だ。

 ガレアにも念押ししておかないと。


「ガレア、さっき駆流たちを見た事は黙っててよ」


【何で?】


「人間の心は竜と違って繊細なんだよ。

 とにかく黙っててよ」


【ふうん、まあわかった】


 僕は一度深呼吸をした。


 トントン


「駆流ー。

 いるー?」


「あっにーちゃん、今開けるよ」


 ガチャ


 駆流の意外な所を見たせいか部屋に鍵をかけてるのが少し気になった。


「にーちゃん入れよ」


「お邪魔します」


 いつものフェラーリマークのあるテーブルに座る。


「今日は昨日のおさらいから始めようか」


 僕はとりあえず余計な事を考えずに家庭教師の仕事をこなすことにした。

 駆流も淡々とこなす。


 ここで気付いちゃったんだよね。

 僕が隠し事が出来ない人間だって。

 僕は自分が思っている以上に顔に出る人間だったみたいなんだ。

 口火は駆流から切って来た。


「にーちゃん、今日どうしたんだよ?

 何か変だぜ」


「えぇっ!?

 そそそ……

 そんな事無いよっ!」


「目、逸らしてるじゃねえか。

 ちゃんと俺の目を見て言えよ」


 駆流はグイグイ来る。


「…………ん~~……

 わかった!

 わかったよ!

 言うよ……

 今日ここに来る時見ちゃったんだよ……」


「何をだよ」


「駆流が……

 その……

 三人に囲まれてさ……

 帰ってる所……」


 駆流は黙っている。


「あの茂部もぶ三兄弟と何があったの?」


「……何で名前知ってんだよ」


「あ……」


 僕は失敗に気付いた。


「どうせ華穏だろ?」


 僕は黙ってしまった。


「にーちゃん、何も言わないでくれ……

 これは俺のケジメだから……」


 駆流は凄く微妙な表情を見せた。

 眼はこっちを真っ直ぐ見ているがどことなく辛そうにも取れる顔だ。


「駆流」


 僕は思い切って踏み込むことにした。


「何だよ」


「そのケジメの部分を僕に教えてくれないか?」


 駆流は黙ってしまった。

 僕はここぞとばかりに押してみた。


「駆流聞いて欲しい。

 何も言うなと言うのは無理だ。

 見ちゃったから。

 それでも何も言うなって言うならせめて理由を説明して僕を安心させてほしい」


「ぐっ……」


 場を沈黙が包む。

 空気が重い。

 ようやく駆流が重い口を開いた。


「……中学入りたての頃だよ……

 茂部もぶの一番下の奴が俺にケンカ売って来たんだ……」


 僕は黙って聞いていた。


「逃げ出すなんて男じゃねえから受けたよ……

 そしたらそいつめっちゃくちゃ弱くてよ。

 俺のパンチ食らって吹っ飛んだんだ。

 そしたら打ち所が悪かったらしくてよ……」


 なるほど。

 段々見えてきた。

 漫画のチンピラなんかがよく使う手だ。


「何日か経って……

 次は茂部もぶの兄弟全員で現れて弟の耳が聞こえなくなったって……」


 やはりそういう事か。

 僕は合点がいった。


「……最初は三人で殴る蹴るぐらいだったんだけど、俺の家が金持ちって知ってから金をせびるようになったんだよ」


「さっきも金を抜かれてたよね」


「ああ、でもしょうがねぇんだ。

 俺が悪いんだから……」


「麗子さんには相談したの?」


「そんな事できるかよ。

 これは俺の問題だ。

 俺がケジメを取らないといけない……」


「あのね駆流」


 駆流は色々な意味で不器用なんだなと思った。

 そしてあまり世間を知らないようだ。

 一歳しか違わない、しかも引き籠もりの僕が言うのもアレだが。


「そのケンカがあったのっていつ?」


「四月だよ」


「仮にそのケンカで茂部もぶの弟の鼓膜が破れたとしよう。

 確かに鼓膜が破れたら耳は聞こえなくなるよね」


「うん」


「今何月だと思っているの?

 そんなのもう治っているよ」


「え……?」


「駆流、茂部もぶに何て言われたの?」


「弟は一生右耳が聞こえないって……」


「多分そう言ったら駆流が動揺していいように出来ると思ったんじゃないかな?

 要するに嘘だね」


 僕は半ば決めつけて結論付けた。

 駆流はプルプル震えだした。


「あいつら!

 許せねぇ!」


 駆流は立ち上がり外に出ようとした。


「ちょ……

 ちょっと待ってよ駆流。

 そのまま真正面から行ってもしらを切るだけだ」


「じゃあ、どうすんだよ!」


 駆流は相当怒っている。


「僕に数日くれ。

 数日の間に茂部もぶ弟の右耳が聞こえるという証拠を掴む。

 その数日間はなるべくいつも通りに茂部三兄弟と接してくれ」


「また金せびってきたらどうすんだよ」


「その場合はいくらとられたかメモに控えておいてくれ。

 それか持っていかないか」


「わかったよ。

 数日だな」


「あと、茂部もぶが良く行きそうなところを教えてほしい」


「下校して俺から金を取ったらゲーセンにたむろしているよ」


 ゲーセンの名前をスマホに保存した。


「さあ、気を取り直して勉強しよう!

 茂部もぶの奴らに勉強でも勝つんだ」


「うげぇっ!」


 悲鳴を上げながらも渋々教科書とノート、筆記用具を取り出す駆流。

 今日は麗子さんが帰ってくるまで勉強した。


 正直駆流の覚えの速さには驚いていた。

 今までF1意外に脳を使ってなかったんじゃないかってぐらい覚えていく。

 明日にでもその事を誉めてやろうとか考えていた。


「そろそろ母さんが帰ってくる頃だな」


「じゃあ、そろそろ終わろうか」


「にーちゃん、母さんが帰ってくるまで降りてF1のビデオ見ようぜ」


「いいよ」


 僕と駆流、ガレアとマッハは下のF1が置いてあるリビングに降りた。

 いつ見ても広い。


「にーちゃん何してんだ?

 AV室はこっちだぜ」


 僕とガレアは連れられるままに扉の中に入る。

 すると、バカでかい液晶TVが僕らを出迎えた。


「お……

 大きいねこのTV……

 何インチ……?」


「確か父さんが百インチとか言ってたなあ」


 デカいはずだ。

 これでアステバン見たらさぞや迫力あるだろうなあ。

 そんな事考えていたらガレアが


【デッカイ画面だなあ。

 これでアステバン見たら迫力ありそうだ】


 僕とガレアの絆の深さからか、僕の思考レベルがガレアと同じからか全く同じものを見て同じ反応したのが少し恥ずかしくなってしまった。


「にーちゃん、何してんだ。

 こっち来て座れよ」


 百インチのTV前にあるローソファに招かれた。


「これこれ……

 へへへ」


 大画面に映像が映し出される。

 海外のグランプリの映像だろうか。


「これは1990年アメリカのアリゾナ州フェニックスで開催されたF1の開幕戦なんだ」


「へぇ」


「このレース凄いんだぜ。

 ジョン・アレジが初めて世に名前が知られた一戦でよ」


 駆流の饒舌は止まらない。


「アイルタン・セナとのデットヒートがすっげーテンション上がるんだよなぁ。

 クーッ」


 駆流が拳を握る。

 そういえば同じ口癖のサッカー解説者もいたなあ。


 レーススタート。

 解説は早口の英語なのでよく解らない。


「この紺と白の車がジョン。

 赤と白がセナだぜ」


 レース序盤。

 四番手だったジョンの車がトップに躍り出る。


「あっ!

 ジョンが一位になった」


「このフェニックスGPは市街地のサーキットだから路面があんまり良くなくてよ。

 ほら見てな」


 一台がタイヤの積まれている所に接触した。


「これベルギーって選手なんだけど、これでピット行き。

 レースには復帰するけど結局リタイアで終わってる」


【これって何か同じ所ずっとグルグル回ってねーか?】


 ガレアが茶々を入れる。


「そりゃガレア。

 サーキット場なんだから同じ所に決まってるだろ。

 そう言えば駆流、これって何周するの?」


「周回数はサーキットによって違うんだよ。

 フェニックスは確か七十二周だったかな?」


【ブッ。

 何?

 こいつら同じ所を七十二周も回るの?

 馬鹿みてー】


 ガレアが吹きながらそう言う。


「何だと?

 もういっぺん言ってみろ!」


 駆流が反応して立ち上がる。

 ここで天の助け。

 レースが面白くなってきた。


 トップを走り続けるジョンにセナが追いついてきた。


「駆流!

 そんな事よりレース!

 セナがジョンに追いついてきたよ!」


「おっ!?

 そうか!

 ここから凄いんだぜ!

 にーちゃん!」


 駆流のこう言ういい意味での単純な所は好きだ。


 僕も熱い展開は嫌いじゃないためテンションがにわかに上がって来た。

 レースも中盤。

 ついにジョンの真後ろまでセナが追いついた。


「真後ろに来た!」


 僕も思わず声を上げる。


 右コーナー。

 ついにインからセナがジョンを抜く。


 しかし次の左コーナー。

 空いたインからジョンが抜き返す。


「何か凄いぞ!

 この二台!」


 僕はもう声が止まらない。


「だろ?

 にーちゃん」


 この右コーナー左コーナーでの抜き返しの攻防戦が続きレースは終了。


 優勝はセナ。

 二位はジョンと言う結果に終わった。

 何か叫び過ぎて魂が抜けたようになってしまった。


「これが……

 F1……

 ガレア凄くない?」


【な……

 何か最後の方……

 あれスゲェな……】


「ヘヘヘ、どうだにーちゃん」


 駆流は白い歯を見せてニカッと笑う。


「ああ、凄いよF1て。

 でも駆流の部屋のポスターにはジョンのが無かったみたいだけど何か理由があるの?」


 駆流は少し気まずそうな顔をしながら


「あぁ……

 別にあってもいいんだけどな……

 ジョンは人間的にあまり好きじゃないんだよ……」


「ん?

 この人、性格あんまり良くないの?」


「すぐにキレるんだよ。

 ついたあだ名が“大きな子供”って……」


「あ……

 なるほど」


 なるほどとは言いつつも駆流も結構キレやすくないかな?

 とか考えていた。

 僕は結局近親憎悪と言う事で結論付けた。


「貴方たち―ぃ。

 ご飯にしましょーぅ」


 AV室の外から声が聞こえる。

 僕らは部屋を後にした。

 大リビングを抜け、キッチンと併設されている中リビングへ。


「母さん、帰ってたのか。

 言ってくれよ」


「ちゃんとただいまって言ったわよ。

 そしたらAV室からおっきな声とか聞こえるから邪魔しちゃ悪いかなって」


 食卓に並べられたのは意外に普通の和食だった。

 焼き魚、野菜の煮物、お浸し、味噌汁、ごはんと言った所だ。


「さあ、すめらぎさんの分もありますよ。

 召し上がれ」


 すると麗子さんはキッチンへ消えていった。


「せいっ!」


 キッチンの奥からヘンな声が聞こえた。


「よいしょよいしょ……」


 麗子さんが大きな器を持って現れた。

 器の上には色々ごちゃ混ぜの料理?

 が山盛り載せてある。


 麗子さんは一歩づつ歩みそれを床に置く。

 麗子さん意外に力がある。

 しかし山盛りだ。

 床においてもガレアの胸辺りまではある。


「さあこれで二人分よ。

 ハートウィルちゃんとえーとこの竜は……」


 そういえばガレアの紹介してなかった。


「あ、ガレアです」


「ガレアちゃんね。

 さあっ!

 二人で食べちゃいなっ!」


 麗子さんは時々こう言うキャラに合わない台詞を言う。


 そのまま夕飯を頂いた。

 何かホッとする味だった。


 ###


「さあ、今日はここまで」


「パパッ!

 僕もF1に乗りたい!」


 たつの目が輝く。


「じゃあ、野球はいいのかい?」


「う……」


 たつは黙ってしまった。


「いいんだよそれで。

 たつにはもっと色々な事を知ってもらいたい。

 あれもしたいこれもしたいって考えてその中からこれって言うのを選べば」


「うん!」


「じゃあ今日はもうお休み……」


           バタン

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