第3カ条
今日は水曜日。これまでなら週の中間で何か意欲が出なかったこの日が今は待ち遠しい。俺は放課後のチャイムが鳴る頃、学校の図書室をウキウキしながら出た。
そして、大きな声を出しながら走る野球部を尻目に、グラウンドの横を少し駆け足で抜ける。高校の正門とは真反対にある裏門をくぐると、そこにはピシッとした姿勢で立つ美山さんがいた。
「今日は美山さんのほうが早かったかあ。待たせてごめんね」
俺が謝ると、美山さんは少し微笑みながら首を横に振った。
「いやいや。この前は私が待たせちゃったし、今日こそは先に着こうと思って美術室早めに出てきちゃったの」
そう言いながら微笑む美山さんに少し見とれてしまった。普段は凛々しい顔をしているのに笑うと凄く可愛いんだよなあ。やばい、絶対に今表情が崩壊している。
俺は心の中で小さく『よしっ』と気合を入れて歩き始めた。美山さんもついてくる。
そう、俺は美山さんと付き合うようになってから一緒に帰るようになった。学校ではなかなか喋る機会がない分、この帰り道は美山さんに近づける最高の時間なんです、はい。
とはいっても、相変わらず美山さんは俺の少し後ろを歩く。隣で一緒に並んで歩くのが最近のカップルたちの潮流だと美山さんに教え込んだ俺の努力の甲斐もあり、その距離は半歩後ろまで縮まったが、それ以上近づくのは美山さんの美徳が許さないらしい。
ちょっと変わっている?いやいや、それでも美山さんと付き合っているんだよ。それでいいんだよ。直感的に可愛いと思えた女の子と付き合えているんだ。俺は幸せ者だ。
俺は意味不明のテンションになりながら心の中でガッツポーズを繰り出す。
「伊笠君、どうかしたの。」
さすがに様子がおかしかったようだ。美山さんが不思議そうな表情を浮かべながら尋ねてきた。
「いやいや、なんでもないよ」
俺は慌てて何事もないことをアピールする。それでも美山さんはキョトンとした表情をしているので、大きく話を変えるべく新たな話題を切り出す。
「美山さんの好きな音楽とかって何かあるかなあ?」
「音楽?…音楽かあ」
美山さんは少し悩んだ顔をした。
我ながら何を聞いているんだとも思うが、今はこれでいいのだ。美山さんの好きなものについて1つでも多く知りたい。
しばらく、『うーん』と唸るように悩んでいた美山さんの表情が急にパッと明るくなった。
「オ、オサキとかよく聞いてるかな」
美山さんはその後、小声で『知ってる?』って首を軽くかしげながら聞いてきた。…可愛い。じゃなくて、返事だ返事。
「オサキってもしかしてオサキユタカ?」
美山さんはコクコクと頷く。…可愛い。じゃなくて、俺は何度同じ過ちを繰り返すんだ。返事だ、返事。
…ていうかオサキって渋いな。女子高生が好き好んで聞く歌手ではないような気がするけど、美山さんならなんか妙に納得してしまう。
「オサキ格好いいよな。俺も好きだよ」
俺がそう言うと、美山さんの表情が一層光り輝いた。
「伊笠君もそう思う?あのかすれたような、でも甘い声が凄い格好いいと思うの」
オサキの良さについて話し出す美山さん。そして、最後に言った言葉が俺の心を貫いた。
「好きな人と好きなものが一緒って嬉しい」
その表情に、その台詞は反則ですよ美山さん。今、確実に俺の心が躍り出した。このまま、叫びながら駆け出したいくらい嬉しいぞ。
「じゃあ、伊笠君の好きなものって何?」
「俺か。そーだなあ。俺は野球見たりするの好きかな。実際にやるのは駄目だけどね」
俺の返事に美山さんの表情がほころんだ。
「私も野球好きだよ。テレビで見たり、たまに球場に行ったり」
女子高校生で野球好きって珍しいかも?っていうか球場にまで足を運ぶなんて結構、本格的に好きなんじゃ。でも、自分が好きなものを理解してもらえるって嬉しい。
「球場まで行くって凄いな。どこか好きなチームとかあるの?」
「好きなチームというか、好きな選手がいるの。タカタ選手なんだけど」
タカタ選手って堅実な守備と徹底したチームプレイが売りのいぶし銀の選手じゃないか。エースや4番とかじゃなくて、渋い選手が好きってやはり美山さんは並みの高校生じゃないぜ。
その日の帰り道はオサキと野球の話で盛り上がった。
この日、美山さんについて初めて知ったことが2つある。1つ目は、俺と美山さんは趣味が結構あっているということ。そして、2つ目は美山さんは可愛いものとかより渋くて格好いいものに魅かれること。
…俺もダンディな男を目指すしかない。そう思い、美山さんと別れた後、俺はサングラスを人生で初めて購入した。
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