ガウラのせい


 女の子がビービーと泣いているのを。

 ママが抱きあげて、台所のシンクに座らせました。


「びっくりするほど器用な子ね。なんで転んだだけで、膝の裏がこんなに擦りむけるの?」

「うっく……、うっく……」

「ほら、足を伸ばして。洗うから」


 女の子は言われるがままに足を伸ばすと。

 ママが砂利の付いた傷口を洗い流しながら、歌を歌ってくれました。


 足はちょっぴり痛いけど。

 女の子は嬉しくなって。

 一緒に歌います。


 そしてママは、膝裏にお薬を塗った後。

 絆創膏を貼ってくれました。


 でも、女の子は膝の裏を覗き込んで。

 ママを見上げて、首をふるふると振ります。


「え? あんた、このウサギのやつ好きじゃなかったっけ?」


 そして、ママの指に巻いてあった絆創膏を指差して。

 そっちがいいとせがむのです。


「これはダメよ。ママのお仕事用。結構高いんだから」


 ママの指には、黒くてツヤツヤの絆創膏が巻いてあって。

 女の子は、自分の絆創膏の方が可愛いとは思いましたが。

 ママと同じのが良いと、再びふるふると首を振ります。


「ダメって言ってるでしょ? あんたにこの美しさが分かるわけ無いじゃない」


 ふるふる。


「ガーゼも薄くて機能的。ツヤ黒。大人向け。シックオブザイヤー」


 ふるふる。


「……ちょっと、さっきまで笑ってたじゃない。泣くこたねーでしょ」




 ~ 十月八日(月祝) 勉誕パ赤省榊審 ~


   ガウラの花言葉 負けずぎらい



 お休みの日。

 ちょっと遅めの朝、腹ペコな俺を待っていたのは。

 山盛りのチャーハンでした。


「審査委員長。あたしはいつも、ご飯作ってあげてるの」

「はい、考慮しました」

「こないだは、雨の中お迎えに上がったの」

「はい、嬉しかったので評価が甘くなりました」

「ということでもう一度聞くの。判定は?」

「今日も、おばさんの圧勝です」


 俺のゆるぎない判定に。

 がくうと膝から崩れ落ちたのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はちょっと手抜き目に頭のてっぺんでお団子にして。

 そこにガウラをぼわっと数十本活けているのですが。


 わっさわっさと。

 邪魔なのです。


 そんな穂咲が。

 判定を覆すために食い下がります。


「ひどい審査委員長なの。もうご飯作ってあげないの」

「脅されても判定は覆りません」

「ゴリラゲーウの中、傘持ってってあげたのに」

「情に訴えても判定は……、ゴリラ?」


 まあ、豪雨のあらぶった感じが。

 なんだかゴリラっぽくはありますけど。


「もうひと勝負なの! あたし達の食べる分が、この審査委員長という皮を被った狼に全部食べられちゃったから!」

「君が何度も再判定を求めるからこうなったのでしょうに」


 酷い言い草なのです。


 そして、この負けず嫌いさんの挑戦に。

 チャンピオンは余裕綽々で応えます。


「べつにいいけど、次のお題は?」

「フリースタイルなの」


 ふむと頷いたおばさんは。

 卵をいくつか割って、白身をボールでかき混ぜます。


 ケーキでも焼くのでしょうか。

 おばさんのケーキ、久しぶりなので楽しみです。


 そんな様子を眺めていた穂咲も、ニヤリと嫌味な笑顔を浮かべると。

 おばさん同様、白身をかき混ぜ始めましたけど。


「……そんな静かに混ぜてどうする気です?」

「ふっふっふ。秘密兵器を使うの。ママより先にスイーツを出しちゃうの」

「あら、ほっちゃんもスイーツ? ……ねえ、あんた何やってるの?」


 おばさんが眉根を寄せて穂咲を見つめたまま固まってしまいましたけど。

 不安になるのでやめてください。


「出来たの! さあ、これでお腹いっぱいになって、ママの審査が出来なくなると良いの!」


 得意げに皿を出しながら。

 偉そうなことを言う穂咲ですが。


「これ、いつもの目玉焼き? スイーツでは無いのです」

「さあどうでしょうなの。早く食べてみるの」


 あまりに怪しいのでよく観察すると。

 白身はいつも通りなのですが、黄身が明らかにおかしいのです。


 俺はいやいやながらも慎重に箸で黄身をすくって口に運ぶと。

 想定していたよりも濃厚な甘さに、舌がびっくりしてしまいました。


「うえっ!? ……これ、プリンなのです!」

「驚くのはまだ早いの」


 偉そうに両手を腰にあてた穂咲さんのプレッシャーに負けて。

 もっと驚くと言う白身を仕方なく口へ運びます。


 おばさん、食べづらいから。

 白身をかき混ぜながら俺の顔をそんな顔で覗き込まないでください。


「なむさん…………? こちらは普通に白身の味ですが? ……いや、甘ぁ! これ、なんで甘いの!?」

「ガムシロ五個入れたからなの」


 うええっ!

 口の中にこれでもかと広がる甘みを水で胃の中に流し込みながら。

 俺は先日の赤い目玉焼きの正体を確信したのです。


「均等に混ぜてから焼いたのですか?」

「そうなの。これで勝ったも同然なの」

「おばさんのを食べる前から君の負けです」

「なんでなの!?」


 テーブルに、バーンと両手を叩きつけて抗議する穂咲に箸を渡しながら。

 俺はため息と共に教えてあげました。


「プリンは市販のを成型しただけみたいですし。この白身だって……、食べてみなさいよ」

「きっとおいしいに決まって……? 甘いだけでおいしくもなんともないの」


 味付けも何にもなしでは当然です。


「うむむ…………。そうか、分かったの! 塩をかければ美味しく食べれるの!」

「それを一緒に混ぜたらよかったのでは?」


 がーん! ではなく。

 アイデアに溺れて本質を忘れすぎですって。



 でも、穂咲があんまりにもしょんぼりしているので。

 おばさんがケーキを焼いている間に、ダンボールを切って『アイデア賞』という札を作って首にかけてあげたら。


 その札で頭を叩かれました。


「さあ穂咲、料理対決はこの辺にして勉強しましょう。今ので公式が二個ほど落っこちちゃいましたから」

「むー! あたしの課題がチャーハンに続いて目玉焼きまで増えたの! 絶対、おいしい目玉焼き型スイーツをつくるの!」

「…………え?」


 チャーハンが何食も続いたというのに。

 今度は妙な実験が始まってしまいました。


 こんな栄養バランスで。

 明日からの試験、乗り切れるでしょうか?



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