ステルンベルギアのせい
「きみ。ちょっとここに座りなさい」
「座ってるじゃない。何よ?」
ダイニングへ入って来たパパが、ママの前に背筋を張って正座します。
でも、ママは椅子で足を組んだままなので。
まるでパパが叱られているように見えます。
「……あの子に、馬鹿なんて言ったら可哀そうだろう」
「そう? あの子、いちいち気にしないわよ」
「そんなことは無い。彼女には、君がたった一人のママなんだ。そんな特別な人から酷い事を言われたらどれほど悲しい思いをすると思っているんだい?」
「うるさいわね! それより、家事をなんでもかんでも押し付けて! 今日はお店を休みにして家事はやってくれる約束だったでしょ!?」
「それは……、悪かったと思ってる。急な仕事が入ったから、ごめん」
「こっちは予定がまるで狂ったのに、家事しながらあの子の面倒見てるのよ!? 幼稚園まで勝手に抜け出してきて、誰が荷物を取りに行ったと思ってるのよ!」
本当に。
立場が入れ替わってしまった二人でした。
「そうだね、ごめんね? 僕が頑張れば済んだのに、つい君を頼ってしまって……」
「なんであなたはそうなのよ!」
「ひっ!? ……あの、
「今のは、ただのあたしの癇癪よ! あなたが謝るところじゃないでしょ!?」
「ええっ!? そ、それを怒られても……」
もう、どう言ったらいいのかパパには分かりません。
それでもちゃんと言いたいことは伝わっているようだし。
これなら問題ないだろう。
そう考えたパパは、仕事に戻ろうとしました。
「じゃあ、配達に行ってくるね?」
「……それが終わったら、キッチンやっといて。今の私がやったら、お皿とか割っちゃいそうだから」
「ああ、いいよ。……今晩はクリームシチューでいいかな?」
パパが聞いても、ママからの返事がありません。
怒っているのだろうから無理もないかと、パパが肩を落としながら部屋を出ようとすると。
「…………トマトシチューがいい」
「……ははっ。分かった、腕によりをかけるよ」
振り向いたパパがにっこり微笑むと。
ママは、ぷいっと顔を逸らせるのでした。
~ 十月四日(木) 勉誕見パ赤省榊炒痛 ~
ステルンベルギアの花言葉 じれったい
昨晩どころか。
今朝も、そしてお昼も。
六食続けてチャーハンを作っては焦がしてしまうこいつは
……もう、食後だけでは無く定常的に胃が痛いのです。
軽い色に染めたゆるふわロング髪を。
今日は三つ編みからクロスアップに束ねて。
そこにこれでもかと黄色いステルンベルギアを並べて活けています。
さて、穂咲に。
俺はお腹をさすりながら嘆願書を提出しました。
「……チャーハン続きでちょっと飽きちゃったの? 明日はおうどんがいい?」
「いてて……。はい、決して穂咲の料理のせいでは無いのですが、ここの所、課題が山盛りで心労のために胃が弱っているようなのです」
「計画表は出したのに?」
「ヤツは十天王のなかでも最弱なのです。次の敵は、週末のオーキャン、どっちに行くかという悩みなのですが……」
鼻から嘆息した穂咲さん。
チャーハンとの戦いは半ばというところだったというのに。
渋々頷いて下さいました。
「じゃあ、明日はおうどんにするの。それより、そんなに大変?」
「ええ、ネコの手も借りたいのです」
「じゃあ借りるといいの」
「…………どうして連れて来ちゃったの?」
そう言いながら、穂咲が膝から机の上に出したのは。
校内にいる、野良家族のうちトラ縞の大人しい子。
たまに校舎内で見かける子なので、まあ問題が無いと言えば無いのですが。
「……彼女に決めさせるの?」
「失礼なの。彼なの」
「俺が悪かったから。わざわざ持ち上げて見せなくていいです」
ネコさんをぷらんぷらん持ち上げて。
ぷらんぷらんを見せつけなさんな。
「こいつをノートの真ん中に置いて、右に行くか左に行くかで決めればいいの」
「……まあ、この際それでいいか」
「では、リリースするの」
やれやれ、呆れたヤツなのです。
でも、正直どちらの学校に見学へ行ってもいいと思っていたので。
こんな決め方も一興でしょう。
俺が学校のパンフレットを手渡すと。
穂咲はネコさんの右と左にそれを置きました。
さて、にゃんめいの一瞬なのです。
……………………。
………………。
…………。
……。
「…………動かないの」
「大変じれったいのです」
あくびばかりで、まったく動こうとしないにゃんこ君。
穂咲と共に、彼のことをじっとにらんでいたら。
頭にげんこつが一つずつ落ちてきました。
「お前ら……、本当に高校生か? 小学校への推薦状を書いてやろうか?」
そうでした。
授業中でした。
「ごめんなさい、集中します」
「なの」
殊勝に頭を下げる俺たちを見て。
先生はため息と共にネコさんの首根っこを摘まみ上げて廊下へ放り出してしまったのですが。
……彼が左右どちらへ行く前にそんなことをされたら。
「上に持ち上げられた場合はどうなるのでしょう?」
「そんなの知らないの。……じゃあ、こいつがどっちに倒れるかで決めるの」
そして、叱られたばかりだというのに。
穂咲は頭からステルンベルギアを一本抜いて。
慎重にノートの継ぎ目の所に立てて。
両手をひょいと離すと…………。
……………………。
………………。
…………。
……。
「奇跡なの。ぴたっとまっすぐ立ってるの」
「う、う、ぅ、ぅ、ぅ…………、じれったいっ!」
「やかましいぞお前ら! 揃って二人で立っとれ!」
先生の怒号がクラスに響き渡ると。
その圧力に押されたかのように。
お花がぽてんと倒れました。
「「左っ!」」
「こら! いつまでも遊んでないでとっとと立たんか!」
俺は穂咲とハイタッチして。
オープンキャンパスに行くことに決めた専門学校のパンフレットを鞄に詰めたところで。
授業が残り一分ほどで終わるということに気付きました。
「……穂咲。にゃんこお花作戦です」
「…………了解なの」
二人で同時に席を立って。
俺が前で、穂咲が後ろ。
ゆーっくり、ゆーっくり歩きます。
「きっ……、きさまら……! じれったい!」
そして教卓前に到達したところでキンコンカン。
再びハイタッチなのでした。
……と、喜んでいたのに。
放課後、職員室に呼び出されました。
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