ヨメナのせい


「いいかい、穂咲。この箱と、中のブローチは、ママの大切なものだから。触らないこと」


 真っ赤な顔で泣きはらした女の子が、パパによだれを拭いてもらいながら、うんと頷いています。


 そんな様子を見て。

 今まで散々だだをこねられたママが怒り始めました。


「なんであんた、パパの言うことはちゃんと聞くのよ!」


 女の子には、どうしてママが怒っているのか分かりません。

 でも、怒った声が怖いので。

 パパの太い足にしがみついて隠れると。


 ママはほっぺたを膨らませて。

 お店の方へ行ってしまいました。


 ねえパパ。

 なんでママは怒っているの?


 女の子の、悲しそうな視線が語る言葉を察したパパは。

 頭を掻きながらしゃがんだのですが。


 女の子は、パパが手にした箱を両手で掴んで。

 取り返そうとするのでした。


「ママの心配よりこっちが大切なのかい? また、ママが悲しくなるからこっちは諦めなさい」


 優しく、のんびりとパパに言われると。

 しょうがないから言う事を聞いてあげようかという気分にさせられます。


 女の子は悲しいですけど。

 今だけは安心させてあげようかしらと素直に頷いたのでした。


 するとパパは、優しい笑顔をもっと幸せにさせながら。

 小さな約束をしてくれたのです。


「きみが大人になったら、ピンクの宝石箱を買ってあげる。それまで我慢なさい」


 ……パパはなんにも分かってない。

 そうじゃないの。

 さくさくがいいの。


 女の子が再び宝石箱へ触れようとするのを。

 パパは慌てて遮ります。

 そして、秘密のお話をしてくれたのでした。

 

「そうだ穂咲。実は、このブローチはね……」




 ~ 十月二日(火) 勉誕計見パ赤省榊✞ ~


   ヨメナの花言葉 女性の愛情



「しかしお前、藍川と違う班になってどうする気だ?」

「ほんとよ。どうして一緒じゃないの?」

「それはこいつに聞いて下さい」


 勝手に穂咲が作ってしまった班。

 俺、渡さん、六本木君、佐々木君、椎名さん、神尾さんの第一班。

 別にこれでいいかと、そのまま受け入れてしまった俺たちなのですが。


 となりの机で盛り上がっている、穂咲班長の第二班。

 穂咲、宇佐美さん、日向さん、岸谷君、柿崎君、矢部君。


 ……真面目な人が岸谷君一人なので。

 不憫に思えなくもありません。


 放課後の教室で。

 班行動の計画書を作ろうかという話になったはずなのに。

 それぞれが行きたいところを好き勝手に言うばかりで。

 まったくまとまる気配がありません。


 ……まあ、そんな様子を呆れて眺める俺たちも。

 作業が進んでいないのですけどね。


「東京に行ったら見たいもの、他にもいっぱいあるっしょ! ねえ、レイナ!」

「……あたしは、もう十分言ったよ。穂咲だけ、行きたいところを言っていない」


 そう言われて、うむむと腕を組んだのは。

 春休みに東京を散々満喫し尽くした藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は頭のてっぺんでお団子にして。

 そこにノギクの一種、ヨメナを三本揺らしているのですが。


 その姿。

 生まれてからずっと同じところで暮らしている俺の心に。

 不思議と湧き上がるノスタルジアなのです。


「むむ……。あ、そうだ。あれをゆっくり見てみたいの」

「なんだい。言いな」

「浅草に行きたいの。雷おこしを店頭で作ってたの。あれを見て、職人技をこっそり掠め取るの。前に行った時はラーメン屋さんに急いでてちゃんと見てないの」


 なんだか理由がものすごいのですが。

 穂咲らしい意見に、一同呆れながらも相好を崩します。


「まあ、浅草寺には行ってみたかったので僕も賛成ですね」

「浅草って、びっくりするような天丼があるんだろ?」

「ああ! テレビで見た! あと、めちゃめちゃ頑固な親父のお好み焼き屋に行ってみてえ!」


 にわかに盛り上がるお隣の席ですが。

 こちらの班は淡々と、班長の六本木君が意見をまとめようとしています。


「じゃあ、道久の行きたいところはひとまず浅草に決まったから……」

「どういうことです? 行きませんよ浅草なんて」

「照れるな照れるな」

「意味が分かりません。俺が行きたいのは、4DXシアターというものなのです」


 俺が勘違いを正そうと躍起になると。

 お隣りから嫌味な笑い声が聞こえてきました。


「ふっふっふ。道久君の班より楽しいとこに行くの」

「バカ言っちゃいけません。こっちの方が楽しい思い出いっぱい作ります」


 売り言葉に買い言葉。

 ちょっぴりイライラです。


 班分けが決まってからというもの。

 自分でも分かるほど落ち着きが無くて。


 そんな自分に嫌気がさして。

 なんだかもやもやしっぱなしなのです。


「じゃあ、佐々木は行きたいとこあるか?」

「ミリタリーショップとかないかな?」

「佐々木君、そんな趣味もあったのですね」


 でも、それならわざわざ東京でなくとも。

 そう思っていたのですが。


「いいね! 俺も行きてえ!」

「お? 話せるねえ六本木」


 盛り上がる男子二人を見て。

 女子三人が苦笑いしていますけど。


 俺が代弁しましょうか?


「……これだから男子って。いつまでも子供みたいなのです」

「道久はそっちで編み物でもしてろ。佐々木、良さそうなミリタリーショップ探してみようぜ!」


 それは失礼な。

 俺はやはり、ちょっと短気になっているのでしょうか。

 つい反論などしてしまったのです。


「ミリタリーショップなら一件知っていますけど? 上野界隈なので、他の皆さんは別行動ってことでご案内しましょうか?」

「はあ? ほんとか?」

「ええ。店長さんと知り合いなのです」

「…………ゆうさんとこ行くの?」


 お隣りから、心配そうに穂咲が問いかけてきますけど。

 聞かないで下さいよこっちの計画。


「大丈夫ですよ、俺は店内には入りませんから」

「どういう事だ? 知り合いじゃねえの?」

「ええ、榊原ゆうさんと言いまして、悪ふざけが好きな方なので俺の顔を見たらきっとめちゃくちゃなことされると思うのです」

「ふーん。……じゃあ、安くするよう頼んどいてくれよ」

「人の話、聞いてました?」


 いやな課題を押し付けないでください。

 連絡など取りたくないのです。


 つい紹介してしまいましたけど。

 俺を対万引き犯用のバイトとして雇う気満々の意地悪お姉さん。

 ゆうさんに関わるとろくなことが無い。


「結局、どんな知り合いなんだよ?」


 六本木君の質問に、なんと説明したものか考えていたら。

 穂咲が勝手に答えてしまったのですが……。


「道久君の事を手に入れたいって言ってる大人の女性なの。電車に乗ろうとした道久君を、強引に引き留めたこともあるの」


 いやいや。

 君、そんな端折った説明したら。


「「「「「東京ラブロマンスっ!?」」」」」


 ほらごらん。

 言い方ひとつでこの通り。


「とっ、年上の女性と!?」

「東京で何があったんだ!?」

「お前! 穂咲ちゃんというものがありながら……!」


 こうして俺は。

 男子一同から締め上げられることになりま……?


「ちょっと秋山! どういう事よそれ!」

「あんた、東京で何があったの!?」

「そうよ秋山ちゃん! 納得いくまで説明しろ!」

「てめえ、穂咲というものがありながら……っ!」


 ……ねえ、女子一同。


 女子だからって、グーでぶったら痛いのですよ?



 こうして俺は。

 男子一同に羽交い絞めにされて強引に立たされ。

 女子一同から暴力を振るわれるという不条理な課題を押し付けられたのでした。



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