記録:20-23-05-17-11-37

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 ……それではお名前を。

「申河洋汰です」

 では次に、年齢と所属を。丁寧に答える必要はありません。

「二十七歳。所属は……えっと、第八研究所『サクラ』」

 ありがとうございます。

 では、本題に入りましょう。四週間前、つまり約一ヶ月前ですが、その時のことは覚えていますか? まだ記憶はありますか?

「かろうじて。答えられる範囲でなら、尽力します」

 了解しました。申河様をここへお呼びしたのには、ちょっと事情がありまして。……まあ結局、その一ヶ月前の出来事についてですが。

「わかってます。いつか審問は受けるだろうと予想していましたから、別に驚きはありません」

 審問だなんてそんな。大層な事じゃありませんよ。わざわざ海を渡って、このヒューバート第一研究所まで来ていただいたのは本当にありがたいことなんです。ですから、こちらとしても、できるだけ丁重にしなければ。

「その割にはなんかこう、殺風景ですね。刑務所の面会室みたいだ。電話があればもっと雰囲気は出てたでしょう。でも設置していないところを見るに、ここはやっぱり刑務所じゃないことがわかります……いや、僕ら科学者からすれば、面会室よりも被研室と言った方が妥当かもしれません。その方がイメージ着きやすいでしょう?」

 まあ確かに、言ってしまえばここは被研者達とのカウンセラー室として日頃は利用していますから、無理はありません。

 ですが、あなたを被研体として収容する気は毛頭無いことを、一応ですが、お伝えしておきます。

「収容する気はなくとも、警戒はしている、と?」

 間違ってはいません。

 では、訊いていきますね。

 一ヶ月前、あなたはどこで何をしていましたか?

「一ヶ月前……ね。色々と波乱の毎日だった覚えはあります。僕は【預言者】の最終検査の被研者でしたから。そりゃあもう、大変でした。科学者の助手はこうも過酷なんだなあって、毎日嘆いていましたっけね」

 では、そこから詳しくお願いします。ええ、詳しく。できるだけでいいので。

「【預言者】の最終検査にて、そいつは世界が崩壊するとか言ってたっけ。その時の僕は全く真に受けていませんでした。預言自体は脳に直接声を送り込んでいるような状態です。そして頭の中を見られている状態。何を考えても何かを思っても、【預言者】は即座に感知して、それに対し応答する。たとえ預言を頭で否定しても、やはりその否定が知られてしまいますから、とても苦労しました。何せ、その検査では「何も考えないこと」を念頭に置かれていましたからね。

 僕がどうなるかってのも、これまた預言として聴かされたわけですが、全部聴く前に、僕の周囲に騒がしさを感じて、そこからは意識が全くない状態になっていました」

 なぜ、「意識がない状態だった」とわかるのですか?

「まあまあ、急かさないでくださいよ、どうせ話すんですし。

 意識を失い、僕が目覚めたのは数日後……ああ、詳しく言えば七日後のこと。目覚めたとは言っても、目を開けた訳じゃない。意識だけが目覚めたわけです。体は全くもって動かなかった。実際に動かそうとしたんですよ、でも動かなかった。体の隅々まで行き渡っている神経細胞のその全てに、自分の意識を通し、動かそうとしましたがね。無理でした」

 続けてください。

「タイピングが遅いように感じますが、まあ別個でボイスレコーダーでも動かしているのでしょうし、お言葉に甘えて続けさせていただきますよ。

 意識だけが目覚めた状態で、僕の視界は真っ暗でした。しかし、僕はその意識だけの暗室の中である声を聴きました。【預言者】のそれとは違い、より人間らしさを纏った声。生々しい肉声に近いけどどこか機械的な電子の声。少なくとも人間の声ではなかった。高音か低音かで言えば低音ですね、一般的に言えば男性の声。

 第一声? たしか、『君には少しの間協力してもらう』だったような。そう、そうだ、その後に『私はナレッジ。申河洋汰、君の体を借りる代わりに、君には力を与えよう』……だったかな。その言葉の後にようやく、僕は体の至る所を自由に動かせるようになったんです、勿論目も開きました。それが八日後のことです」

 あの、ちょっといいですか? ナレッジ、そうおっしゃいましたね?

「ええ。ナレッジ。知識ナレッジですよ。彼は自らを知識と名乗ったわけです。そしてその名の通り、何もかも知っていた。この世界、果ては世界の外にある様々な事物の情報を、知識として蓄えていました。『力を与えよう』と言われた直後に、僕の体は自由に動かせるようになったと言いましたが、その際に大量の「知識」が僕の頭の中に流れ込んできたわけです。それはもう、莫大な量……いや、莫大という言葉でもまだ少ない、というくらいには、量が多かった。ナレッジの消滅以来、僕の中にあった知識もかなり消え失せましたけどね。しかし、あれはとても良い体験でした。身の回りに見える全てのものの詳細がわかる。AR技術に、大量の百科事典を備えたような感覚です。見ているものについて詳しく知りたいと思った途端に、それについての情報がたくさん流れ込んでくるんです。ナレッジそのものが宇宙一の百科事典みたいなものですよ。意志を持ち、肉声に近い人間的な声で話をする、途方もない知識量を備えたデータベースです」

 消滅した、と言いましたか?

「言いましたよ?」

 それは何故?

「役割を終えたからでしょうね。

 ところで日本の警察のアンドロイドが捉えた映像は、もうご覧になったでしょう?」

 ええ、興味深く拝見させていただきました。そういえば、髪も切ったんですね。映像では、とても長い銀色の髪をしていましたが。

「検査続きで、髪を切るどころじゃなかったんです。髪の銀色化は、おそらくナレッジが僕の中に常駐していた間だけでしょうね。僕の地毛は茶色です」

 映像についてですが、なんですか、デウス・エクス・マキナって。この世の最高神を名乗っていましたが。

「それは僕にもわかりません。なにせ、研究所が爆破されてすぐに僕は意識を失ったのです。あれは爆発後一時間のことでしょう? 僕は意識を失っていますからね、わかりません」

 そうですか……それについては、後日こちらで調べさせてもらいます。

 ……ところで、【預言者】の研究についてですが、本当にこれは正式な研究の一環なのでしょうか?

「と、言いますと?」

 こちらで今調べてみました。サクラ第八研究所の主な研究内容を。こちらに登録されているデータベースと照合していますが、どうも不可解な点がおありのようです。

 確かに「預言マシンの開発」とはあります。しかし、肝心のマシンの開発はここに記載されている予定だと、あと二年はかかると、そうありますが。

「ああ、確かにそんな話もありましたね。そうですよ、開発計画の当初だと、【預言者】の正式な試験日時は、あなたの言う二年後ですとも。ただ、予想外に開発技術の向上が見られましたのでね。それに併せて、試験も繰り上げになりました。早めに完成したからと言って、試験開始まで二年近くも待つ必要はないでしょう?」

 ええ、確かに。研究のスピード向上は我々も目指すところですので、そこは問題ありません。というか、問題はそこではありません。研究段階が予定よりも繰り上げられたという旨を、どうしてこちらに報告しなかったのか、です。

「それを僕に言われても困ると言うものですねえ、僕はあくまでも助手なので。そもそも、そちら様方への報告義務があるという事を把握しておりませんでしたのでね」

 なるほど。あなたの上司はどなたですか?

「津山さんですね。津山昌紀です。あの爆破事故以来、会っていません。あの映像の中にもいなかった。奇跡的にあの事故による死者はいなかったそうですし、どこかに隠れているのでしょうかね。あの映像の中では、その上司こそがデウス・エクス・マキナだと、僕の口を借りてナレッジが語ったそうですが、肝心のその最高神について、先ほどの通り僕は何も聞いていないのでね」

 では、あなたも行方を知らないのですね。

「皆目見当もつきません。あの研究所に入ってまだ一年でしたが、最初から私はあの人の助手でしたし、それなりに慕っていたのですが……悲しいものです。悲しいなんてのも、変な感情ですかね、上司は文字通りの神様だった可能性もあるわけですし」

 ……話題を戻しましょう。ナレッジについてのお話に戻りましょう。

「お好きにどうぞ」

 ここまでのあなたのお話を総括すると、あなたの中にあなた自身の人格と、預言者ナレッジの人格が同居していた、ということになりますが、それで正しいでしょうか?

「人格というか…………いや、まあそんなところですね。仮にもあいつは姿を現さなかった。姿を持たない存在だったからかもしれませんが、僕の中では絶えずナレッジの声が居ましたからね。説明としては、その解釈で十分です。僕の中にはナレッジが居ました」

 人格と呼んでもよろしいのですか?

「ご親切にどうも。ですが、今のところはそう呼ぶしかなさそうです。プログラミングによる疑似の人格のようなものですよ。

 まあ、そもそも、ナレッジの姿についてどうこう聞きたがる人間は、私の中にナレッジが同居していたときの姿を一度も見ていないとわかります。私の姿を一度でも見たことがある人間ならば、そういう疑問は持たないでしょう。でも、あなたは動画を見ている。爆破された研究所で、僕が意識を失っていた間に起きた一部始終とやらを、あなたは知っている。知っているはずですよ、僕がどんな姿だったか」

 あの映像の中でのあなたは、大量の束ねられたコード達がついたヘルメットをかぶっていました。そして、そのコードは一つの白い物体につながれていた。

 白い物体は【預言者】ですね。そしてナレッジである。

「そうです。研究所では預言者と呼ばれ、研究所爆破後からはナレッジだと自ら名乗った。そうしてナレッジから、爆発は津山さんの仕業であり、津山さんがデウス・エクス・マキナだと、そこで告げられました。最高神についてはそれだけです。あとは何も聞いていない」

 確認ですが、ナレッジは人格と呼んでもいいくらいに人間的になっていたのでしょう?

 でしたら、やはりその最高神とやらが手を加えた結果なのではありませんか?

「想像はいくらでもできますよ。でも、僕もそう思ってます。確認のしようがありませんがね」

 ……そうですね。

 では、また明日、お話を聞くとしましょう。

「ん? 待ってください、審問はまだ続くのですか? わざわざ日を跨いでまで? まだほんの二時間しか経っていないのに」

 よく二時間経過したとわかりましたね。この部屋には時計の類が一切無いのですが。

「あの。僕は一時期ながら、さらにナレッジの万能な力を借りながらですが、世界の命運を握る一大決戦の総指揮を執ってきた人ですよ? 今はもう彼はいないとはいえ、僕に何も残さずに消え去ったとでも言うんでしょうか」

 ええ、重々承知しています。だからあなたを召還するに至ったのですよ。ここであなたは目一杯、研究材料になるのです。

「へえ。なんだか、出来の悪いSF映画みたいですね。いや、ベタな展開とも言えるか。最初にお約束してもらったことについて信用できなくなる。

 …………だとしたら、もうすぐ僕には助けがくるということですね」

 そこまで出来の良い展開では困りますね。

「そうですよね、悪役を務めてくださっている、あなた方第一研究所本部にとっては、耳障りな展開です。

 恐らく、この本部も今は人手不足なのでしょうね。だからあなたを尋問係に起用しているわけだ。ボイスレコーダーはあなたの耳で、タイピングはいわばただの飾り。まあ様式美とでも言いましょうか。いずれにしても、あなたが瞬き一つしないのは、僕の様子を一時たりとも逃さないため。いや、そもそも瞬きをする機能は無駄なものだとして省かれでもしたのでしょうか。あなたにはただの記録装置という存在価値しかないという前提でお話をさせてもらうなら、その可能性は大いにある。僕の言い分に対して、データベースと照合すると言いながら、あなたはその動作を何一つしていない。する必要がないんです、だってあなたの脳そのものがデータベース、あるいはそれと繋がっている仕組みなわけで。それでも自分を人間だとおっしゃるならば、その説明でもしてください。……そうですね、ARフィルタ搭載のコンタクトレンズでもしてるのでしょう。そう思いこんでるんだ。あと、あなたからはところどころ人間的な反論の仕方も見られました。僕の茶々にムキになって反論したりとか、さっきまでしていましたよね。まるで自分が本当にただの一人の人間であり、同時に価値ある研究員であると思いこんでるみたいに。あなたがもし本当にそう思っているなら、それは思い上がりと言うものです。

 ……時に気になったのですが、彼女はどうしていますか?」

 彼女とは?

「ああ、何も知らされていないのですか。ならばあなたの脳内データベースにて検索してください、平河弥雷という名前です。恐らく、第七研究所『チューダ』にでも移送されて僕と同じように尋問を受けているはずだ。彼女は僕が、ナレッジが複製した人間です。能力者関係の研究をしているでしょう、あそこは。見つかりにくければ、ミス・フューチャーという愛称で検索するのもいいかもしれません」

 彼女は第十二研究所『ヒナギク』にいます。

「ああ。あそこも確か、同じように能力者研究をしていた覚えがある。というか、最初に能力者研究をしていましたね。だいぶ前に「宝石の十二人」なんて名で、能力覚醒の研究をしていましたっけ。確か、一人死んだとか。僕がどうして知っているのかっていうと、やっぱりナレッジの知識を多少なりとも受け継いでいるからなんですよ。

 そして、恐らくもうすぐ助けが来ます。僕らはもう、あなた方に協力する気がなくて。世界の危機だってのに、あなた方研究者は何もしなかった。ナレッジとパンドラが中心となって世界中の数多の人間が行動してくれたから、世界はまだ続いているんです。勿論、そこにあなた方もいれば、もっと早く、もっと少ない犠牲にて、世界を救うことができたでしょうに。あなた方がやっているのは「救う」ことじゃない、「掬う」ことです。いろんな特殊な人間を弄んで人生を丸ごと掬っているんです。お玉とかスプーンとかでもいい。とにかく特殊な人間を掬ってそれを火にかけているようなものなんですよ。あの出来事があって僕はそんなことを考えましたが、今回のこの件にて、それは確信へと変わりました。

 あなた方は僕らの敵だ」

 …………。

「研究所から弥雷さんが抜け出してくれたみたいです。そしてようやく助けが来た。この出来事を記録してくれているあなたに、そしてこの記録を見るであろう多数の研究者の方々に向けて、僕は今話しています。

 僕たちは抵抗します。が、攻撃はしません。あくまで防衛に徹するつもりです。尤も、僕らに傷一つ付けることは適わないかと思います。そのつもりでいてください。僕たちはまたやってくるであろう驚異に向けて準備を進めるのみです。たぶん、僕はそのころには完全に全ての特殊能力とその記憶を消し、真っ当な人間として生きていることでしょう。まあ普通に研究は続けますけどね。これからも。勿論顔も変えます。容姿は全て変えます。もう僕には次なる驚異が見えているのです。でも僕は戦いません。元々臆病な性格をしていますし、ナレッジの助けもない。僕にはまともに戦える自信がありません。あくまで準備に徹します。準備ができたら、僕は消えて、いつも通りの研究者に戻ります。あとは弥雷さんに任せるだけです。驚異の再来はおよそ一年半後です。多分、それに立ち向かう人間もいることでしょう。混乱を招かぬようにと、大多数の人間から特殊能力を消しましたが、一握りの強い人間にだけは、能力を与えたままにしています。僕にはそれの消し方がわかりません。だから再来した驚異に打ち勝ったあとも、一定の人間は特殊能力を持ったままになるわけですが、彼らがもしも政府などの大きな存在に対して勝負をけしかけてきたならば、その時の対処はあなた方にお任せします。そのころには当然、研究だって進歩しているはずですし、真っ当な対策がとれているはずです。

 ではこれにて。ありがとう、弥雷。ちょうどいいときにきてくれて嬉しいよ」

「ちょうどいい? よかった! ところで、何を話していたの? その女の人は誰?」

「これから起こることについての話だよ。彼女にそれを聞かせていたところだ」

「ちゃんと聞いてくれてた?」

「多分、そのままを偉い人たちに伝えてくれると思うよ」

「それはよかった。じゃあ、行きましょう」

「そうだね、準備をたくさんしないといけない」

 あの。

「どうしました? まだ何か?」

 その子は見る限りだと、まだ九歳……日本でいうところの小学生ですよね?

「ええ、他の子よりも成長が早いんです。複製したときは七歳でした」

 そういうことではなく。あなたのような男性が、それほどの年頃の女性を連れているというのは、いささか、その、

「親子に見えるか、親戚同士、或いはいとこ同士に見えるか、ぐらいでしょう。あなたがそんなことを気にするとは。一定の倫理観を持ち合わせているあたり、嫌に変なところが人間的ですね」

 そうですかね。そういうものですかね。

「そういうものです」

 …………。

 では、健闘を祈ります。次なる驚異に向けて。

「手のひらを返しましたか。記録を抜き去った途端に、あなたはスクラップ行きでしょう。いや、そんな表現は古いか」

 いえ、たった今決定された事項です。

「ああ、リアルタイムでこの映像は見られていた、というわけですか。そこまで想像は及びませんでした。でもまあ、見送ってくれるのなら、こんなにも豪華な見送りはないというものです。でもまあ、ありがたく甘んじるとしましょうか」

 それではさようなら。

「ええ。さようなら」

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

《以上、中継及び記録を終了》

《記録は保存しますか?》

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。






































《記録完了しました》

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