ソード・オブ・サクリファイス

雄大な自然

悠城想人の捧ぐもの

第1話 蛇目町

「ひゃっほー!早い早い!」

「——真人まひと、暴れないで」

そう言って腕の中ではしゃぐ弟を危うく取り落としかけて、悠城想人ゆうきそうとは、平静なまま静かに腕を組みなおして少年の身体を抱きかかえた。

へーい、と気のない返事をして、想人そうとより四歳下の愛居真人まないまひとは、想人の腕の中でおとなしくなる。

その視界の下で、地面と山が高速でスクロールしては消えていく。

秒速10キロ。ゆうにマッハ30を超える超音速で空を飛ぶ想人にしてみれば、真人を間違えて落としてしまえば大けがどころの騒ぎではない。

血のつながらない弟分の少年は、ちょっと普通の人間とは違うだけで、所詮はただの人間でしかないのだ。

「これ、もうちょっとスピード出ないの?」

「無茶言わないでほしい。これ以上速度を出せば隠形が崩れて軍用の警戒網に引っかかる可能性がある」

高速飛翔体と化した想人の周囲を、青白く光る闘気の幕が覆っている。

音速の壁を越えた本来の空気抵抗、そしてそこから生じる摩擦熱をその防護壁が防ぎ、空気の壁を引き裂いているのだ。

その防護壁から手足一つでも飛び出てしまえば、真人の身体など一瞬でちぎれ飛んでしまうだろう。

そして防護壁は、彼らの姿や音速を超えた際に生じる音、そして衝撃波を隠す役割を果たしていた。

そうでなければ、上空一千メートルを飛ぶ飛翔体など、軍隊からすれば脅威以外の何物でもない。

もっとも、愛居真人という13歳の少年がそれを恐れることはなかった。

慣れているのだ。

「前にもさー、こうやって飛んだことあったよな」

「ずいぶん昔のように感じますが、子供の頃にね」


だが、昔話をしている余裕などなかった。一分足らずで600キロを移動した兄弟の足元に、山間の小さな町が見える。

高度を落としながら、想人そうとはその町に向けて降下していく。

「ここが、蛇目町?」

「そのようですが……」

抱きかかえられたまま、真人まひとは空中で携帯端末を操り、自分たちの現在地を確認する。

「しかし、こりゃずいぶんとまあ」

「……面白いことになっていますね」

小さな町だ。

だが、それでも少なくない住人のための総合ショッピングセンターがあり、そこを中心に線路と電車、バスの交通網がある。ショッピングセンターを中心に開発が進み、周囲には5~6階建てのマンションの建造が進んでいる。

その町が今、白く埋め尽くされていた。

蛇だ。

家屋に巻き付くほどの巨大な白蛇、小さくも道路を埋め尽くすように蠢く無数の白蛇。そんな蛇の群れが、町全体を覆い尽そうとしていた。

蛇の群れはさらに周辺に広がり、町の外にも溢れだそうとしていたが、そこでそれらの動きは止まっている。

見えない壁があるのだ。

その壁は町全体を囲うように広がり、その壁に蛇たちは何度もぶつかり、その度にはじき返される。そんな光景が町の外周でいくつも見られた。

そんな町の外周部の一角に、多く人間が集う区画があった。

空から見て、多数のビニールシートが広げられた集団キャンプ。

町を囲う見えざる壁。防護障壁を展開する術者たちの拠点である。

そこに向けて兄弟は静かに降下していった。



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