第9話 #超能力?
2次審査から一週間と三日。園の家にある封筒が届いた。サニーミュージックからの封筒である。
「…ばばばばん、ばばばばん、トゥー、トゥートゥトゥ…。」
園は何故か結婚行進曲を口ずさみながら、封筒を掲げベットの上に仁王立ちしている。頭に洗濯用のつっかえ棒が今にも当たりそうだ。
LINEで今日の昼前に芽李子が2次審査を通過したことを興奮気味に報告してきた。園にも遂に封筒が届いたのだ。
思い切って園が封筒を破くと、勢いよく何枚かの紙がはらはらとベットの上に落ちる。園はしゃがんでその内容を確かめた。マットレスがギッと音を立てる。
数枚の紙に分かれ、三次審査はダンス審査であること。三次審査が3日間に渡るため、ホテルに宿泊してもらうことになる事などが書いてあった。
園は早速、芽李子に報告する。既読がついた瞬間、芽李子から電話がかかってくる。
「おめでとー!三次審査も一緒に受けられるねー?」
「うん。ホントよかったよー。来ないから、落ちたのかと思ったもんだって。」
はははと芽李子が笑う。芽李子は園が落ちているなんて思ってもいなかった。あのグループの中で一番に注目されていたのは園なのだ。髭面のプロデューサーらしき人やその周りの人が園の時はメモを取っていたのを見ていた。
「そんなわけないよー!
「ありがと、
芽李子とは一週間と三日の間にあだ名で呼び合うほど仲良くなっていた。もちろん、あだ名で呼び合うことを提案したのは芽李子である。芽李子が言い始め無ければ、未だに"和久井さん"と呼んだままだっただろう。ぼっちは距離の詰め方が下手なのである。
「確かに、もう夕方だもんね?心配になるよー。1週間後の三次審査頑張ろね?」
「うん、頑張ろ。三次審査も一緒に通過しよう。」
その後、長話をして1時間後。電話を切る。バスッ。園がベットに倒れこむと、視界に何枚もの衣服が入る。
つっかえ棒に吊り下げられた部屋干しした洗濯ものとハンガーポールに収まりきらず、洗濯物ではないジャケットなどが混在しているのだ。
「断捨離しないと…服が多いよ。服が。」
何枚かは芽李子に連れられて行った下北沢の古着屋で買った服だ。芽李子は1年間苦労してきたせいか買い物上手で、下北沢も慣れたものといった感じで着いて行くのが大変だった。
今の服には中学生頃から着ている服も多い。その頃から
最近、ファッションに気を使い始め服や靴を買い始めたが、今でも中学生、高校生の頃の服が残っている。これは今の自分も同じなようだ。
思いたった園はおもむろに衣装箪笥の裏に隠してあったダンボールを引っ張り出し床に広げる。
着ないなぁと常々思ってそのままにしていた服達をダンボールの中に畳んで入れていく。
衣装箪笥を整理していると奥からクリーニングに出してそのままと思しきビニールに包まれた服がちらりと顔を覗かせる。
「ん?」
それは高校の時の制服だった。"自分"は制服を上京する際に持ってきたりはしなかったので今の自分との男女差で出てきた部分なのだろうか?
「へー、セーラー服。久しぶりに見たなー。懐いわ。」
さすがにセーラー服を捨てるわけにもいかず、また衣装箪笥の奥にしまい込んだ。
「そんな事より、整理。」
それから、園は黙々と服を詰め込んでいった。ある程度片付いて満足して一息ついた。フゥ。
ガムテープでダンボールを閉じる。服をかけるハンガーポールには余裕が出来た。
そのダンボールに肘をのせながら、園はテレビをつける。このダンボールを下のゴミ捨て場に持っていくにしろ何にしろ面倒くさいのだ。休憩してからにしたかった。
「……ゲストの方をお呼びしましょう!今日のゲストはこの方です、どうぞー!!」
なんとなく園はテレビを見ていた。しかし、右上の時間の表示を見て思い出した。今は夕食時だと。
「…はぁ、作らなきゃなー。」
冷蔵庫に何が入ってたっけ…と考えると、卵ぐらいしか思い浮かばない。考えても何があるか思い出せない園は手を伸ばし冷蔵庫を開けてみる。あ、ベーコンがある。これだけあれば、ちょっと贅沢な
*
茹で上がったパスタをフライパンの中に注ぐ。フライパンを揺らしながら、園は料理に関して1週間前に試してみたことを思い出していた。
園は今の自分になった当初から化粧やスキンケア等の昔の自分では経験したことのないことの記憶が、園が興味を持ったその用品を手にした瞬間、この体に記憶されたそれに関する経験記憶が閃くような体験を何度かしてきた。
料理という点で女性の方が経験値が高めであることは往々にしてあることである。
だから、料理という両方の自分が経験したことのあることで昔の自分とは違う経験記憶が掘り起こされ料理が上手くなるか試そうと思ったのが1週間前である。
ただ、パスタ・ポヴェレッロに関しては料理の上手い下手は全く関係ない。ただパスタを茹でて卵と一緒に炒めるぐらいなものだからだ。パスタ・ポヴェレッロではその経験値差はわからない。
1週間前に、パスタ・ポヴェレッロではなく、だし巻き卵や唐揚げといった自分が作ったことのないポピュラーな料理で試した結果ははずれ。唐揚げを手にしてみても何の記憶も脳裏に閃くものはなかった。
要するに何か手に持てばそれに関する記憶が脳裏に浮かぶ、サイコメトリーのようなことができるかと思ったのだが、そんな事はなかったのだ。
自分のことながら、思い出しただけで笑ってしまう。真面目くさってだし巻き卵や唐揚げを片手に一生懸命これはどうやって作ったのかを考えて、今の自分の記憶を掘り起こそう掘り起こそうとしていたのだ。基本"自分"と同じような経験をしていたのなら、唐揚げを作ってみるといった経験も同じようにしてこなかったのだろう。
結局、わかったのは性差による環境によってできる経験の差は
自分は自分。環境の差を有効利用してお手軽に自分のスキルアップをしてしまおうなんて事はできないのだ。性差があっても自分は自分。それがわかったのは上出来だった。
だから、結局料理スキルが向上したわけではない園はパスタ・ポヴェレッロにベーコンをいれる。順番を間違えてしまったかもしれないが、園が作るパスタは完成間近だった。園は適当に匂いで判断する。このパスタを手にして、調理法について考えて見ても思い出されるのは自分の記憶だけ、当たり前のことである。
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