第41話
屍竜とは、最凶最悪のアンデッドモンスターに数えられる極めて凶悪なモンスターだ。過去に出現した際には、人里へと飛来し、たった1体だけで街を一つ滅ぼした記録もある。オーガロードと同じく上級モンスターに収まらないモンスターであり、魔装騎士であっても複数人で挑まなければたやすく返り討ちにあうだろう。
本来野生の竜というのは、死に際に竜の巣に戻り、同族に己の死骸を処分してもらう。だが、まれに何らかの理由で同族の元にたどり着けなかった竜が現れてしまう。強力なモンスターにやられるか、そうしたモンスターが多発するエリアならば死骸からとれた骨を武器にしたり取り込むモノがいるので結果的に問題ないが、比較的弱いモンスターしかいない場所に死骸がある場合では、竜の死骸にちょっかいをかけるモンスターもおらず、長期間にわたって放置されてしまうのだ。そうして放置された死骸に周辺の魔力が集まることで、その魔力をエネルギー源としてゆっくりとアンデッドモンスター化が進む。とはいっても、弱いモンスターしかいない場所は人間が良く入り込むので、そのような場合でも屍竜は滅多に現れない。
・・・・そう、定期的に強いモンスターが駆除されるような場所で、はるか遠くから傷つき逃げて来た竜が息絶え、その死骸が偶然起きた土砂崩れで地中深くに埋まるようなことでもなければ。
「し、屍竜!!?」
「ギィィィィィィィアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
思わず耳を塞ぎたくなるような、身の毛もよだつ咆哮が響く。
それは本当に突然だった。僕とリーゼロッテが穴の縁につくと同時にいきなり地面が揺れだすと、目の前に黒く染まった骨の竜が現れたのだ。姿かたちは飛竜形態のリーゼロッテに似ているが、大きさはまるで違う。その全長は20メートルを超えているだろう。横幅はあの大きな骨の翼を含めればどれほどだろうか?
「ギァァァァァァァアアアアアアアアア!!!!」
「くっ!?」
だが、驚愕する僕をあざ笑うように、屍竜は僕らを攻撃する対象に決めたようだ。目玉もないのになぜか不気味な赤い光を宿す眼窩が僕らをはっきりと見ているのが分かった。そして、鬼人の森のオーガロードは僕らを殺すつもりなんかまったくなかったというのも理解した。あの鬼人から感じるのは闘気だけだったが、この屍竜からはどす黒い殺意と敵意をひしひしと感じる。そんな化け物を前にして僕は・・・・
「・・・・逃げられないか」
まず最初に考えたのは逃走だった。
魔装騎士でさえ返り討ちにあう怪物を、魔装騎士どころか騎士にもなってない僕にどうこうできる可能性は限りなくゼロに近い。経験上、この屍竜が目覚めたのは恐らく僕の体質が原因だろう。僕にはコイツを呼び起こしてしまった責任をとる義務があるのかもしれない。しかし、その義務と、シークラント領への責任を天秤にかければ、迷うことなく僕は次期領主としての責任を選ぶ。だが、運命の神とやらがいるのならば、そいつは僕の考えていることを選ばせるつもりはないようだ。
「やるしか、ないのか・・・・!!」
まず第一に、オーガロードの時とは違い、今回は逃げるための猶予がない。この近距離で逃げる準備のできていない地竜状態のリーゼにまたがって上から脱出するのをコイツが待ってくれるとは思えない。仮に上に逃げられたとしても、屍竜はその外見に反して飛行も可能で、間違いなく追ってくるだろう。そして、僕らが入ってきた入り口も、ここからでは遠すぎるのだ。こんな怪物に背を向けて逃げる勇気はない。というか、坑道まで逃げることができた場合でも、コイツが近くで暴れたら落盤が起きそうだ。
「戦うしか、ない」
とはいっても、魔装騎士でさえ苦戦は必至な相手である。僕にできるのは時間稼ぎが精々だろう。
このモーレイ鉱山は今、騎士試験の会場となっているし、魔装騎士も複数巡回している。これだけの大物ならば、魔装を纏っていればすぐに異常に気付くはずだ。だから、彼らが到着するまで、被害を最小限に抑えるのだ。
「リーゼ、君は魔装騎士を呼びに行って・・・・」
ここは地図に未記載の場所だ。魔力の乱れで気づいてはくれるだろうが、道案内をする者がいた方が早く来てくれるだろう。そして、僕はモンスター、特にアンデッドには狙われやすい。だから、信頼できる相棒にその役目を任せようと思った時だ。
「ゴオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!」
屍竜が、咆哮を上げた。
「うわっ!?」
「・・・・・・・・・・!!!!!????????」
僕は反射的に魔力を高めて抵抗する。
生まれてからこれまでに聞いたことのないような、体の芯を凍りつかせるような叫びだった。
「くぅ・・・!! リーゼ、早く!!・・・・・リーゼ?」
「キュ・・・キュル・・・・・!?!!??!?!?」
反応のない相棒を見ると、様子がおかしい。体を震わせたままその場を動かず、普段は感情豊かな目も虚ろで僕の言うことが聞こえていないようだ。
「なんだ!? 何が起こって・・・・」
「ギァァァァアアアアアアアア!!!」
「くっ!!」
僕の疑問の声は屍竜の声にかき消された。
屍竜に向き直ると、ヤツはその首をもたげ、凶悪な顔が一気に近づいてくるところだった。頭蓋骨に肉は一片もついていないが、鋭い牙は健在だ。あれに噛まれたら僕なんか一発でおしまいである。
「この!! こっちだ!!」
「グオオオオオオオオオ!!!」
僕の後ろにはリーゼロッテがいるが、ヤツの目はまっすぐに僕を見つめているから、狙いは恐らく僕だろう。リーゼロッテを巻き込まないように僕はヤツの背後を目指して走り出すと、もくろみ通り、ヤツは首を曲げて僕を追ってきた。僕は手に魔力を集中させつつ魔法を使う。
「ステップ!!」
僕は魔力を注ぎ、全力で地を蹴ると、屍竜の翼の下に駆け込んだ。背後でガチンと顎が閉じる音が聞こえる。どうやらギリギリ回避に成功したみたいだ。
「ブランク・ショット!!」
そこで、僕は溜めた魔力を解放する。衝撃波の榴弾は屍竜のあばら骨にぶち当たり、バン!! と弾けたが・・・・・
「ゴオォオオォォ!!」
「やっぱり効かないか・・・・」
咆哮を上げる屍竜は欠片も堪えた様子がない。その太い骨に全身から感じる魔力・・・基本的に骨だけのアンデッドは打撃に弱いが、この屍竜はそんじょそこらのスケルトンとは次元が違いすぎる。これではこちらから攻撃するのは魔力の無駄か。
「グオオオオオオ!!」
「っ!! っと・・・」
翼の下にいる僕に向かって、お次はその尻尾を使う気になったらしい。黒い大木のような尾が地面を削りながら迫ってくるが、これもバックステップで避けた。
「硬いうえに、馬鹿力・・・・・でも、これなら」
目覚めたばかりのせいか、コイツはスピードはそれほどでもない。これなら、僕が引き付けて、このまま避け続け、時間稼ぎに徹すればいい。後はなんとか隙を見つけて、シルフィさんからもらった宝珠でリーゼロッテを回復させれば・・・・僕は一縷の希望を見つけ、思わず笑みを浮かべた。
「ガァァァァァアアアアアア!!!」
ソレは、屍竜は忌々しく思っていた。せっかくあの窮屈な場所から解放されたというのに、体がうまく動かない。なぜかヒュウヒュウと風が体の中を通り抜けていくし、まるで自分の体が変わってしまったかのようだった。あの「声」の主を殺してやりたいのに、これでは逃げられてばかりだ。しかも・・・・
「グオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
さっきからピョンピョン飛び回っている獲物から、とてつもなく不愉快な空気を感じる。これから自分が助かると思っているような、眩しい何かだ。
人間の言葉で言うのならば、それは希望というものだが、この屍竜には知る由もない。言ったところで、理解できる脳も記憶できる中身もない。ともかく、屍竜は苛立っていた。早くあのうっとおしい獲物を八つ裂きにしてやりたい。なぜかさっきから動かないトカゲなど、どうでもいい。
そう思って、「声」の主に向き直ろうとした時だ。
「カケラ・・・ケラ・・・・カ・ラァァ!!」
「グォアアア!?」
あのよく動くヤツと動かないトカゲ、両方を見てからざわめいていたナニカが暴れだした。ナニカは逃げそうな獲物よりも逃げられないトカゲを狙おうとしていて・・・・・
「・・・・・カケ・・フタ・ゥゥゥゥウ!!」
「ギィィィアアアアア!?」
暴れていたナニカが、屍竜の体の中からせりあがってくるのを感じると同時に、屍竜のおぼろげな意思は闇に消えていった。
「っ!!!????・・・・・・オ、オ、オ・・・カケ・・・」
「!? 今度は何だ!?」
捕らぬ狸の皮算用とばかりに甘いことを考えていたからだろうか。屍竜の動きが突然変わった。いきなりビクンと震えると、その全身から真っ黒な魔力が噴き上がる。
「あれは・・・闇属性の魔力!?」
魔法には基本属性として、火、水、風、土、雷の5つの属性があり、派生に僕の音や熱、光、影、空間のようなさまざまな属性がある。これらの魔法の属性は人にもモンスターにも扱うモノがいる。だが、闇属性は別で、強力なアンデッドモンスターのみが持つ属性だ。見た目だけなら影属性に似ているらしいが、そちらは空間魔法に近い属性とされ、影魔法の仕組みも普通の魔法と変わらない。しかし、闇属性の魔力はその成り立ちから異なり、一説には、憎しみや嫉妬などの猛烈な負の精神コードによって書き換えられた魔力そのものであるとされ、光を吸収する性質を持つ。また、高エネルギー体でもあり、同程度の魔力量であっても、闇属性が秘める力は他の属性をはるかに上回る。
「オオオオオオオオオ!!!」
「な!? リーゼを!?」
屍竜の体の震えが止まると、今度は僕ではなく、未だ動けないリーゼロッテの方を見た。
もう一度首を振ると、黒い魔力を頭に集中させ、リーゼロッテに牙を向けた。
「クライ・インパクトォォォォォ!!!」
考えるよりも体が先に動いた。
僕はリーゼロッテに迫る頭を目がけてもう一度渾身の魔法を放つ。
「・・・・!!?」
「!!?・・・ギュゥゥウ!!?」
「リーゼ!!?」
僕の魔法が当たり、牙の生えそろった顎は閉じたが、ヤツの勢いは微塵も止まらなかった。ヤツはそのままリーゼロッテに頭突きをかまし、直撃を受けたリーゼロッテの体が吹っ飛んでいった。
「リーゼ!? リーゼ!?」
「・・・・・キュウ」
リーゼロッテは口から血の泡を吹いていた。あの屍竜の巨体から生み出されるエネルギーに、闇属性魔力が合わさったからか、さっきの一撃はとんでもない威力だったようだ。リーゼの首についている青い魔鋼が光を放って傷を癒しているが、ここまでの傷となると焼石に水だろう。
僕はステップで吹っ飛んだリーゼロッテの元に駆け寄ると、必死に相棒に呼びかけるが、その瞳は虚ろなままだ。僕はポーチから宝珠を取り出そうとしたが・・・
「ギァァァァアアアアアアアア!!!!」
「っ、もう来たのか!?」
巨体故に一歩一歩の間隔が広いためか、屍竜はあっという間に距離を詰めてきた。さっきまでは四つん這いだったのに、見れば、いつの間にか後ろ足で立ち上がっており、二度も首での攻撃を邪魔されたせいか、今度はその鋭い爪を振り上げる。その爪にも不気味な魔力がまとわりついているが、今度こそ僕は避けられない!!
僕は急いで盾を構え、体と盾に魔力を注いだ。
「反・・・・っ
「ゴオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!」
反甲で跳ね返そうかと思ったが、途中で思いとどまり、衝撃を弱める魔技、「
「があっ!?」
メキリと嫌な音を立てて、黒い爪が盾に触れた瞬間、頭の中を、いや魂ごと揺さぶられたようにフラフラして、視界に白い靄のようなものが見えた。
僕の予想通り、反甲では跳ね返せないくらいの衝撃が襲い、柔甲で弱めたにも関わらず、僕は背後のリーゼロッテごと吹っ飛ばされた。それでも気力を振り絞り、触れ合うほど近くにいるリーゼロッテと僕自身にかかる衝撃を緩和する。
「クソっ・・・・リーゼ・・・・」
「・・・・・キュ・・・・キュ・」
ズザザザ、と硬い地面を削りながら止まった僕は、リーゼを見るが、まだ立ち直ってはいないようだ。強力な音魔法は大型のモンスターにすら麻痺を与えることもあるが・・・・ちくしょう、あの咆哮、精神にも何か
「ゴォォォォオオオオオオ!!!」
「っ!? またかっ!!」
現状を確認する暇すらない。僕らを吹っ飛ばした屍竜は、再び雄たけびを上げながら突っ込んでくる。 首、爪がダメだったからって、今度はあの巨体で体当たりする気なのか!? さっきみたいに防いでも、あれだけの勢いでは緩和するにも限度がある。いくら衝撃に強くとも、僕もタダでは済まないだろうし、これ以上はリーゼロッテが本当に死んでしまう!!
「っ~~!! くっ!! 南無三!!」
母さんが時たま言っていた、気合を入れるためのセリフを叫ぶと、僕はこちらに向かってくる屍竜目がけて走り出す。
「ゴォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「おおおおおおおおお!!!」
僕の自殺のような行動などなんとも思っていないのか、それとも獲物が近づいてくるのを喜んでいるのか、屍竜は咆哮を上げるが、僕は止まらない。逆に、その咆哮をかき消すように僕も叫ぶ。そして、いよいよ僕と屍竜はぶつかる直前まで近づき・・・・・ぶつかる寸前に立ち止まると、盾を屍竜に対して真正面ではなく斜めに構えた。
受け止めるのがダメなら、受け流すしかない。
「
流甲はその名のとおり、盾で衝撃をそらし、受け流す魔技だ。この魔技は、一度衝撃を受け止めるタイプの魔技である反甲や柔甲よりも難易度が高いが、その分より大きな力にも通用する。柔甲で真正面からやり合ってもダメなら、これに賭けるほかない。
「ゴオオオオ!?」
「がはっぁぁぁぁああああああああ!!!?」
賭けの結果は、引き分け。
昔、シークラントでジョージさんにやられたように、自分の勢いを別の方向にそらされた屍竜は本来の進行方向よりも斜めにずれて進み、そのまま岩壁に突っ込んだ。しかし、僕もまた、衝撃を完全に流せず、明後日の方向に石ころのように吹っ飛ばされた。
「ぐ、ううぅぅぅううううう!!!」
痛い。体中が痛い。体の中を走り回る衝撃をなんとかなだめてはいるが、それでも耐えきれずに声が出てしまう。骨は折れてはいないようだが、何本かは確実にひびが入っているだろう・・・・というか、盾を持っていた指がすごく痛い。やはりあの化け物の突進を受け流そうというのは土台無理な話で、幸運にもこうして命があるのだから、賭けは僕の勝ちとしてもよかったかもしれない。
「っ、そうだっ!! リーゼは!?」
ふらつく視界で見る限り、屍竜は岩壁にめりこんだままだが、リーゼロッテは本当に大丈夫だったのか!?
「・・・キュ」
「リーゼ・・・・大丈夫そうだな」
少なくともさっきの攻撃の影響を受けてはいないようだ。だが、深刻なダメージを負っているのは変わらないし、早く治療しなくては。僕はポーチを開けようと・・・
「ゴオオオァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
「な!? もう抜けたのか!?」
その瞬間、またあのおぞましい叫びを上げながら、屍竜が岩を砕いて後ろ足で立ち上がる。
早すぎる!! 僕の流甲は相手の勢いを利用する技で、相手の力が強いほど威力も上がる。だからこそ扱いが難しいのだが、あの屍竜は自身の剛力で硬い魔鉱山の岩壁にダイブしたのだ。倒せるとは思っていなかったが、もう少しは時間を稼げると思ったのに・・・・
「ゴォォオゥゥウウ・・・・・」
「や、やめろ・・・・やめろ!!」
僕の叫びもむなしく、岩壁から抜け出した屍竜は大きく震えて瓦礫を払い落とすと、ゆっくりとリーゼロッテに向き直り、ズシンと音を立てながら近づいて行った。・・・・ちくしょう、痛みで中々ポーチが開けられない。僕自身も相当な距離を飛ばされたみたいで、リーゼロッテと屍竜からはかなり離れてしまっている。くそっ、急げ、急ぐんだ!!
僕は激痛の走る指でなんとかポーチを開けて、中の宝珠を掴む。だが・・・・・・
「ゴルルルルルルゥゥゥゥ・・・・・」
「リーゼ!! 起きるんだ!!起きて逃げろ!!・・・・くそっ、やめろぉ!!」
相変わらず、リーゼが動く気配はない。屍竜は獲物をもう仕留めたつもりでいるのか、余裕を見せつけるかのようにリーゼロッテの元に歩み寄ると、その爪を大きく振り上る。
・・・・・駄目だ。今からじゃ、例え宝珠を使っても間に合わない!! 屍竜のどす黒く染まった爪が不気味な魔力を纏って勢いよく振り下ろされようと・・・・・
「やめろぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」
魔法も使ってないのに、体中が痛いのに、びっくりするくらい大きな声が出た。ドクンドクンという自分の心臓の音がやけにクリアに聞こえる。体の奥が熱い。まるで魂が燃えているみたいだ。いや、手の中も熱い。握っている宝珠が、手の中で火の魔法に変わったかのようだ。そんな、誰も聞いたことのないくらいの叫びが山にこだまし・・・・・
「ゴァァァアアアアア!!?」
「・・・キュル!?・・・・キュ・・・」
屍竜の爪が止まっていた。リーゼロッテに触れる寸前に、確かにあの爪が止まっている。
「ミド・ヒール!! ミド・フォルテ!! ミド・ブースト!! ミド・エレメンタル!!」
さっきのように、今度も反射で体が動いた。
なんで、屍竜が動きを止めたのか? 僕の叫びに驚いたのか? それとも、ただの気まぐれか? だが、そんなことはどうでもいい。
僕はポーチの中に入っていたシルフィさんからの贈り物を手当たり次第に使っていく。
体の傷を癒し、膂力を強め、速力を上げ、魔法の力を高め、僕は文字通り全力で我が相棒の、家族の元に向かう!!
「ハァァァァイ・ステェェェェッッップゥゥゥゥ!!!!!!」
使うのは、ステップの強化魔法、ハイ・ステップ。効果はまさにステップの強化版といったところだが、今の僕なら一味も二味も違う。癒えた体を動かし、強めた力で大地を踏みつけ、加速する体の手綱を握り、高めた魔法で疾風の如く駆け抜ける!!
「リィィィィィゼェェェェェ!!!!!」
「ゴォォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
僕がリーゼの元に着いたのと、屍竜が爪をもう一度振り上げたのは同時だった。その爪は、先ほどよりもはるかに速く、僕らに向かって振り下ろされる。
「ハイ・ステップ!! クライ・インパクトォォォォォォォ!!!!」
いちいち防いでいては、状況は変わらない。ここは、リーゼロッテを安全な場所に移さねばならない。そのためには、ここで僕とリーゼロッテはこの攻撃を回避しなくてはならない!!
僕は背中をリーゼロッテに押し付けると、もう一度ハイ・ステップを使い、そのすぐあとに中級魔法をぶっ放した。
「ゴォォアアアア!!?」
「うぐぅぅぅぅぅ!!?」
「・・キュルル・・・・」
次の瞬間、ハイ・ステップの効果と、魔法の反動で僕らは派手に吹き飛んだ。吹っ飛ぶのはもう3回目だが、自分から吹っ飛んだのはこれが初めてだ。衝撃と地面との摩擦で少し痛いが、屍竜の攻撃よりもはるかにマシだ。屍竜の爪は地面を盛大に削ったようだが、僕らにはかすりもしなかった。ざまあみろ!!
「アッハハハハハハハハハハ・・・・・・はっ!?」
と、ここでハイになっていた僕は我に返った。いつの間にか、体の熱が消えていて、やけにクリアに聞こえていた心臓の音も聞こえない。それに、なんだか体の奥が静かというか、冷たい感じがするような・・
「というか、何考えてたんだ、僕・・・・」
結果的に正解だったみたいだけど、自分から魔法の反動を喰らっていくとかまともじゃないぞ。
「って、そうだ、ヤツは!?」
とんでもない手段で吹っ飛んで距離を稼いだが、ヤツはまるでダメージなんて受けていないのだ。こうやってうかうかしてたら当然追撃は来るはずで・・・
「あれ? なんだ? 止まってる?」
振り返って見てみると、屍竜はこちらを見つめたまま動いていなかった。なんでこれまでみたいに動かないんだ? まあいい、それならそれで、この場をどうにか・・・・・
「・・ケラ・・・ォォォォォォォォ」
「え? いや、まさか・・・・」
ここを切り抜ける手を考えようとしたが、そんなモノは吹き飛んだ。なぜなら、屍竜は僕らに振り上げた前足を地面につけ、さっきのように四つん這いになると、首を持ち上げ、僕にとって非常に見覚えのある姿勢をとったからだ。これまでに見たことのない、一見すると隙だらけのような姿。だが、そう、僕はあれが何を意味するのか知っている。僕は7年間、どんな強敵を相手にしても、あの構えを見せた相棒がいたから乗り越えてこれたのだから。
「ブレス!?」
僕の嫌な予感が正解だというように、ガバリと開いた屍竜の口の中に真っ黒な闇が収束していった。
「リーゼ!! 起きて、起きてくれ!!」
「キュ・・・キュ・・・・」
あのブレスがどのくらいの威力なのかは分からないが、間違いなく僕もリーゼも消し飛ぶくらいのエネルギーはあるだろう。早くリーゼを回復させて逃げなければ!!
僕はシルフィさんからもらった回復の宝珠と、状態異常解除の宝珠を使った。リーゼロッテの体の傷がふさがり、痙攣も止まったが・・
「リーゼ!!?」
「キュ・・・」
リーゼロッテの目は虚ろなままだ。いや、さっきまでよりかはマシになったか? だが、元々シルフィさんが込めた魔法は水属性による肉体の治癒と毒などの浄化をする魔法だ。精神系の
逃げてしまえ。
心の中で、そんな声が聞こえた。お前は貴族なんだ。お前には責任がある。その責任を捨てて死ぬことは許されない。お前だって、最初は逃げることを考えただろう?
「っクソ!! ちくしょう!!」
声に出してそんな考えを振り払おうとするが、ソレは次から次に湧いてきて止まらない。
リーゼロッテを見捨てろ、囮にしろ。あの屍竜はリーゼロッテを狙ってる。ブレスの溜めの最中に、逃げる僕を追うことはできない。さあ、早く。
「クソッ!! クソォォォォォオオ!!」
家族と責任、お前はどちらを選ぶ? よく考えろ。一体どちらが重いんだ? どちらを選べば・・・・・お前は生き残ることができるんだ? どうすれば、お前は死なないで済むんだ?
「クソォォォォオオオオオオオオオオ!!!・・・・ソレース・ベル!!」
「キュ・・・」
にっちもさっちもいかない状況で、僕が選んだのは、滅多に使わない・・・というか、使う機会なんてないと思っていたある魔法だ。手を触れた相手の心を落ち着かせ、リラックスさせる音を出すというだけの魔法。もちろん、状態異常バッドステータスにどこまで効くのかなんて試したことはない。
正直、ブレスを放つ直前の屍竜の前でこんなことをするなど無意味としか思えない。
「ちくしょう、僕はっ!!」
けれど僕には、さっきも今も、リーゼロッテを、家族を置いて逃げるという選択はできなかった。
天秤は、家族の方に傾いたのだ。
貴族としてはあまりにも甘すぎる。未熟すぎるこの身を責める声はいまだにするが、今はそんなものに気をかける暇なんてない。
「クソ、クソ、クソッ!! 何か、何かないか!?」
流石に、もう魔力が乏しい。さっきのようなトンデモ回避はできそうにないし、できても射程外まで逃れられるとは考えにくい。
だが、それでも僕はみっともなくなんとかできないかあがく。 片手でポーチを漁って何かないのかと探る。
「ォォォォォォォ・・・・」
もう屍竜の口には魔力が溜まりきり、顔も見えないほどだ。もうブレスが放たれるまで数秒もない・・・原因はわからないが、さっきは叫んだら止まったのだ。もう一回やってみるか? いや、そんなことをしている暇はあるのか? 成功するか怪しい神頼みみたいな真似をするなら、もっと他に何か探した方が・・・・・・と、思考がこんがらがりつつあった僕の手が丸い何かを掴んだ。
「これは・・・これなら!! でも、リーゼが・・・」
僕の手にあるソレを使えば、あのブレスは避けられるかもしれない。その後は続かないかもしれないが、塵と化すよりマシだろう。問題はリーゼロッテの大きさだ。今の大きさではリーゼロッテが収まるか分からない、もっと相棒が小さければよかったのに。
心底そう思ったが、今はやるしかない!!
「キュ・・?」
リーゼロッテが身じろぎしたが、僕は意識を手の中のモノと、正面の屍竜に集中した。こうなったら、これに賭ける!!
「
僕が手の中のモノ、トニルさんのトラップを使うと、僕らの足元が急速に沈んでいった。それと同時に真夏の昼間のようにぼんやりとした陽炎みたいなモノが漂い・・・・
「ゴォォォォォォァァアアアアアアアアアアア!!!」
間髪入れず、僕らの頭上を黒い破壊の嵐が通り過ぎていった。
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