第16話

「スライム、ゴブリン、マタンゴ、キラーバットにゴーレム・・・・」




 朝から何をしているのかと言えば、昨日「幻霧」から出る前にデュオさんに書いてもらったメモの確認だ。デュオさんは私が渡したペンを持っていたらしいが、お尻の下に紙があったのには気づかなかったみたいだ。


 昨日はモンスターのことを書き残すなんてどうかと思ったけど、デュオさんの夢のための努力のなせるものだと思うと、私まで感慨深い。




「魔装騎士か・・」




 魔装騎士はいわゆるエリートだ。普通は騎士がどんなに早くとも4~5年は従軍してなれるものであり、試験でいきなり選ばれるなど一人もいないことがほとんどだと言う。けど、こんなにモンスターを倒せるデュオさんなら夢物語ではないんじゃないだろうか。




「でも、やっぱりデュオさんは魔装騎士になったら帰っちゃうんですよね・・」




 デュオさんは昨日もシークラントに来てもいいと言っていたけど、やっぱり一昨日のように、「幻霧」の中では、というより、デュオさんの話を聞いて私までテンションが上がっていたのだ。落ち着いて考えてみると引きこもりの私にそんな行動が起こせるだろうかというところに戻る。一応、私にはお父様たちのような近衛兵がいないから、周りの目を盗む必要はないという抜け道のようなものは思いついたが・・




「偉い人たちの周りって、いろんな人たちがいるものね」




 いつ見ても大変そうだと思う。いつもいつも周りに誰かいて、疲れないのだろうか。


 私は基本的に、書庫に行くときくらいしか外には出ない。しかも人があまり出歩かない時間を狙っていくようにしている。しかし、そういうときでも出歩くような人はいて、普通の貴族ならば護衛の衛兵や騎士が、位の高い者には魔装騎士の近衛兵から警護が付く。するつもりはないが、私が表立って何かしようとしても彼らが護衛に着くだろう。そういった特定の誰かの警護を除いても、見回りの兵士だってもちろんいる。というかそういう人たちが一番危ないような・・




「ん? 近衛兵?」




 騎士も魔装騎士も、大きく2つのグループに分けられ、都市内部を守る、もしくは警邏する守備隊と、都市外部に出て巡回、討伐を行う討伐隊がいる。そして、守備隊の中でも王都以外の都市部を守る隊と王都を守る隊が存在し、さらにその中でも王城を専門に守る騎士たちがおり、魔装騎士の中でもトップクラスの実力者は王族を守る王族近衛に抜擢される。もしも、もしもデュオさんが魔装騎士になって近衛兵になったら・・・




「・・・・・」




 警備のために、四六時中、いつも私の近くにデュオさんがいる。


 私はいつも人払いをしているから、ここには食事を運ぶメイド以外に誰も近づかない。つまり、誰にも邪魔されずに、ずっとお話しすることが・・・




「それに、デュオさん仲の良い女の子もいないって・・」




 思わずチカラまで使って確認してしまったが、嘘ではないようだった。つまり、仲の良い幼馴染だとか、昔から決まっている許嫁だとか、街で不良から助けた女の子だとかいう、定番の邪魔者もいないということで・・




「ってダメダメ! デュオさんには故郷を守るっていう夢があるんだから!!」




 なんてことを想像、いや、妄想しているんだ、私は・・・


 首をぶんぶんと振ってそんな妄想を振り払う。こんなチカラを持ってる上に、パッとしなくて、うじうじした小汚い引きこもりが、誠実で優しく、まっすぐ夢に向かうデュオさん相手に何を考えているのだ。大体、私のデュオさんに対する気持ちはそんなのじゃないはずだ。出会ってまだ3日だし、同じ生まれつきのチカラを持っている者だからこそ感じる親近感、なぜか私のチカラがかなり効きにくいという性質、こんな私を励ましてくれるような優しさ、それらがかみ合って私が生まれて初めて楽しくおしゃべりできる人だから、自分を傷つけない人だから、自分が傷つきたくないから一緒にいたいと思っているだけだ。無意識かどうかは分からないが、騎士試験も近いのに毎晩部屋に呼び寄せているような私は、いわば、デュオさんを一方的に利用しているようなもので、その上でそんな感情を向けるなんて、デュオさんに失礼だ。




「やめよう。もう考えない方がいい・・」




 顔が熱い。もうそっち方面については考えるのをやめよう。冷たい水で顔でも洗おう。




「・・・・あの魔法の練習、してみようかしら」




 絡み切った思考を切り替えるために、今回も別のことを考える。


 失礼な妄想をしてしまったが、厄介な能力を持っている者どうし、そして、楽しい楽しいお話しのお礼に、私もデュオさんの役に立ちたいと思うのだ。もし、デュオさんが魔装騎士になるのならば、王族の義務として習った魔法は役に立つはずだ。




「私も、頑張ろう」




 今まで人との関わりを断ってただ漠然と生きて、夢など持っていなかった私だが、なぜか頑張ろうという気持ちが湧いてくるのだった。










 深い森の中の岩場、赤い影が何かをグッチャグッチャと音を立てながら咀嚼していた。辺りには血の匂いが立ち込め、影の足元に血が滴っている。辺りに転がっている骨はどうやら人型のモノのようだ。一体や二体ではない。この赤い影は何体のソレをその手にかけたのか・・・




「おいしいかい、リーゼ」


「キュルルルル!!」




 赤い影、オークの肉をむさぼっていた僕の愛竜は満足そうに鳴いた。これで昨日のストレスは解消できただろうか。




「やっぱりオークの肉は硬いな・・」




 僕とリーゼロッテは今、「鬼人の森」の中で昼食をとっていた。


 昨日、「幻霧」で尻に敷いていた紙に、「もしよかったら、今日も倒したモンスターのことを教えてください」と言われて、モーレイ鉱山で倒したモンスターを書いた後、これまでのように宿で目を覚ました僕は、厩舎にいたリーゼロッテに乗ってここまで来たのだった。このあたりのアンデッドは一昨日にほとんど滅ぼしたのでもういない。弱いモンスターは竜を恐れるため寄ってこないから、この岩場は恰好の休憩ポイントなのだ。ちなみに、今食べているオークはここに来るまでに空から見つけて倒したものだ。オークは群れで行動するが、運よく6匹ほどの団体を見つけたのでリーゼロッテの昼食になってもらうことにした。ドラゴンの胃袋は容量はそんなに大きくないが空間魔法のかかった鞄のように食べた物を保存できるらしく、6匹すべて詰め込めば1週間は新しく獲物を狩る必要はないだろう。食い散らかした骨もあそこまでバラバラになっているのなら、アンデッド化することはない。


 オークの肉は硬いが、豚肉と味が似ているので人間の間でも一応流通している。リーゼロッテが食べているやつはリーゼロッテ本人、いや本竜が喉を噛み潰して仕留めたオークだ。さっきまでは同じように仕留めたやつを焼いて食べていた。僕が食べているのは、僕が剣で首を切ったやつだが、ちゃんと血抜きをした上でリーゼロッテに弱火で焼いてもらった。




「さて、そろそろ行こうか?」


「グォオウ!」




 リーゼロッテは咥えていた肉の塊を飲み込むと、返事をした。














 僕らの今日の目的は、討伐試験のための場所探しだ。今朝、リーゼロッテを迎えに行く前に、少しだけ王立図書館に寄って、試験会場である、「鬼人の森」と「モーレイ鉱山」について調べなおしたのだ。その結果、試験のためには適切な場所を拠点として確保しておく必要があると考えたのだ。




「しかし、朝の人はなんだったんだろうなぁ」


「キュル?」




 僕がポツリとつぶやいた独り言に、リーゼロッテは不思議そうな顔をしていた。


 鬼人の森とモーレイ鉱山・・・この二つのダンジョンは騎士試験のために頻繁に使われる。さらに、定期的に騎士たちが討伐に入るので、図書館で詳しい情報が載っている本を見つけるのは簡単だった。同じタイトルの本を10冊以上も置いてあったくらいで、本を手に入れるのは簡単だったのだが・・・・・




「いや、朝になんか変な人に会ってさ」


「キュルル?」


「ん? どんな感じの人かって? そうだなぁ・・・」




 僕は少し朝の内容を思い出す。本を見つけるところまではすぐにできたが、ひと悶着あったのはその後だ。僕が向かった王立図書館は王都では王城に次ぐ名所であり、このオーシュ中のあらゆる本が納められていると言われる。大きな建物の床から天井まで届く本棚があり、膨大な蔵書があるのだが、本一冊一冊に仕込まれた魔道具と館内の魔道具が連動することで簡単に欲しい本が手に入るようになっているのだ。僕はその機能を利用してダンジョンに関する本を見つけ、受付に貸し出しの手続きをしようとしたのだが・・




「なんだね、これは!! ポーションの材料のミスに調合法のミス、おまけに治癒魔法の理論も時代遅れじゃないか!! どうしてこんな害悪本を置いているのだね!?」


「いえ、そのように言われましても、この国中の本を納めるのがこの図書館の存在意義で・・・」


「なにかね? それじゃあ、君はこの馬鹿が書いたとしか思えない紙束のせいで間違った知識が広まってもいいというのかね? 正しく効率的な手法の代わりに時代遅れで非効率的な知識が広まる・・・・実に嘆かわしい!! 一体それでどれだけの命が無駄になると・・・・」


「いえ、ですから・・・」




 朝の静謐な図書館の中で、喧噪が響く。その発生源となっているのは青い長髪を後ろでまとめた、ヒョロリと背の高い青年だった。眼鏡をかけ、いかにも神経質そうな顔をしているが、僕よりも少し年上だろうか。今は口から泡を飛ばして受付の職員に食って掛かっているが、よくよく、よ~く見れば顔立ちが整っていて、まあ、インテリという感じだ。とりあえず、それは置いておくにしても、今の状況は困る。僕としては早く本を借りてリーゼロッテのところに行きたいのだが・・・・腹をくくるか。




「あの・・・・」


「んん? なんだね君は? 私は今この国の将来に関わる大事な話をしているんだ。 そこに水を差す気かね?」


「す、すみません・・・・でも、僕、早く本を借りたくて・・・・」




 僕が少し気おされながらもそう言うと、青年は大げさに肩をすくめた。




「・・・・・フン、まあ、私も何の理由もなく人を困らせようと思うほどひねくれてはいない。ここは引き下がろう。だが、そこの君!!その本はちゃんと焚書するんだぞ!!間違った知識が浸透してからじゃ手遅れなんだからな!!」




 理由もなく人を困らせるつもりはないと言っているが、今はどうなのだろうか。 青年にとっては大きな理由なのかもしれないが。受付の人を見ると、「ありがとうございます」というように僕を見ていた。




「・・・・・君、せっかく私が譲ったのだから、早く本を借りたまえ」


「え、あ、はい」




 大きな声を出すのは止めたようだが、なぜかその場から離れない青年は僕に向かってそう言った。


 そうして、僕は背後から青年の視線を感じつつ、貸出の手続きを済ませた。手続きが終わって、さあ、ここを出ようと思っていると・・・・




「君、昔からかなり痛い目にあって来たんじゃないか? よく鍛えられているようだが、いつもモンスター相手に特訓でもしていたのかな?」


「え?」




 青年が僕の体を上から下までじっと見てからそう言って来た。彼が言っていることは体質のこともあって正解なのだが・・・・・ちょっと不気味だ。


 僕がそう思っていると、青年は僕の抱えている本が何か気づいたようだ。




「ダンジョンの攻略ね・・・・時期的に騎士試験を受けるのかな? お国のために頑張るのは非常に結構だが・・・・無謀な真似をして私の手を無駄に煩わせるのは止めてくれよ? 私は命知らずに構っているほど暇じゃあないんだ」


「な・・・・!!」


「フン、それじゃあ、失礼するよ」




 そして、絶句する僕を置いて青年は去っていった。














「と、まあそんなことがあってね・・・」


「グルルルルルル!!」




 僕が朝の内容を思い出して語ると、相棒は「なんて無礼でムカつくヤツ!!」と言わんばかりに牙を向いて唸っていた。




「まあまあ、落ち着いて・・・・喋ってた内容から、多分医者なんだと思うけどさ。 僕がお世話になる可能性は0じゃないから」


「グゥゥゥゥゥ~」




 僕がそう言うと、リーゼロッテは不満そうに鳴くだけで元通りになった。僕としてもあの青年に思うところはあるが、どっちかというと変わった人だという印象の方が強い。っと、だいぶわき道にそれているな。




「とりあえず、それは置いといて、試験のことを気にしようか」


「キュルルル・・・」




 そうだ、あの青年のセリフではないが、今の僕には変わった名も知らぬ人に関わっている暇はない。ともかく試験のことだ。


 討伐試験では、特定のモンスターを一定数狩ることで合格できる。しかし、どのモンスターをどれだけ倒せばよいかというのは口外してはいけないそうなので記録がない。そこで、借りた本から、シークラントでモンスターが大量発生したときに来てくれた一般の騎士が苦戦していたモンスターとダンジョンに生息するモンスターを照らし合わせたのだが・・・




「モーレイ鉱山はどのモンスターでも対応可能、鬼人の森ならオークを何体かって感じかな・・」




 恐らく、モーレイ鉱山では討伐数、鬼人の森では討伐したモンスターの質を見るつもりなのだろう。


 単独で強いモンスターに気を付けるのは勿論、弱いとされるモンスターでも数がそろえば中級モンスターの脅威を上回ることもある。その両方への対応力を見ているのだと思う。まあ、これは騎士試験について聞いたときのジョージさんの受け売りだが。


 そう考えると、オークはちょうどいいモンスターだ。オークは下級モンスターに分類されるが、下級クラスの中では最高クラスだ。強い腕力を持ち、厚い脂肪と筋肉で覆われた体を持つオークは戦い慣れていない者では単体でもそれなりに苦戦する。しかも群れで行動するのだ。そのオークの群れに対処できたのならば、騎士として申し分ない水準に至っている、らしい。これも話してくれたのはジョージさんだ。だから、オークの群れを一つ潰せば騎士にはなれるはずだ、一般の騎士にだが。




「魔装騎士はもっと上が要求されるはず・・」




 普通の騎士でオーク数体ならば、魔装騎士はさらに上の水準が求められるはずだ。魔装騎士を目指すのならば・・・




「ここならオーク数体に上乗せして、オーガとトロール一体ずつ、モーレイ鉱山なら各モンスター10体ずつって感じかな」




 中級モンスターとされるオーガやトロールは非常に力が強くタフなモンスターだ。オークの強化版といってもいいモンスターだが、単独で行動し、知能は低い。オーガは筋肉の鎧に包まれたような筋骨隆々の体をしており、素早い。それに対しトロールは衝撃を吸収する脂肪を蓄えており、オーガ以上にタフだがノロマである。


 この「鬼人の森」は浅いところにはコボルトやゴブリンがうろつき、進んでいくとオークが現れる。発見されると魔装騎士か騎士の小隊が派遣されるレベルのオーガやトロールはなんとか森の奥の方に追いやることができているようだ。サイクロプスのような上級モンスターはもともと数が少ない上に、魔力の濃い森の最深部のほうにしかいないらしい。




「オーガロードまでいるっていうのが不安だけど・・」




 この「鬼人の森」には鬼族を統べる上級モンスターのオーガロードが確認されている。この森の王であるオーガロードは闘いに明け暮れたオーガが魔力によって変異したモンスターとされ、あくなき闘争本能と凄まじい膂力、驚異的な体力を持つが、ただのオーガと違って人間並みの知能を持ち、人語をしゃべることもできるという。


 何故ここまで詳しくわかっているかというと、この森の奥に魔装騎士が入ると強者を求めてたびたび接触してくるからだという。ただし、襲ってこない限り自分よりも格下とは戦わないようで今まで人的な被害はほとんどない。逆に言うと魔装騎士であろうとも己よりも格下であると思われたということでもあるが。まあ、まさかオーガロードをどうこうしろということはあり得ないだろう。ともかく、上にオーガロード、下にオークを置いたとすれば、間のオーガやトロールが魔装騎士試験のターゲットとして相応しいだろうと思える。サイクロプスは出会えるかどうかは運の要素が強そうだし。


 モーレイ鉱山の場合ならば、各モンスターを10匹討伐しようとすれば、まず間違いなくそれ以上の群れに遭遇するだろう。結果、そういった群れに対応できなければ囲まれて死ぬ。




「まあ、それだけならばギリギリなんとかできそうなんだけど・・」




 オーガやトロールとも戦ったことはある。ただし、そのときは町の自警団と一緒だったり、他にはアンデッドも狩りつくされ、雑魚しかいないような場所で、リーゼロッテも控えていたような状況だ。オーガもトロールも単独行動をするモンスターだが、僕の「体質」のせいで、この「鬼人の森」ではいつ他の中級モンスターが乱入してくるか分からない。リーゼロッテは試験に連れていけるが、時間制限がかかるため迅速に済ませる必要もある。




「だから・・・」




 というわけで、乱入してくるモンスターがいない、もしくは簡単に発見できる、戦うのに都合のいい場所を探さなければならないと言う結論に至ったのだ。




「・・・ここで考えていても始まらないか、よし、行こう!」


「グオオオゥ!!」




 僕はリーゼロッテにまたがると、空に舞い上がった。


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