第6話 どうしても恋がしたい

 恋の相手になる。

  呪いを解くために協力するから、とずるい条件をもちかけたためだろうが、カルケルは普通ならば眉をひそめて断りそうな提案を受け入れてくれた。

 契約は成った。

 それならば、リュンヌは約束通り誠実を尽くすだけだと、すぐさま物置に駆け込んだ。


 一階の奥にあるこの物置には、魔法の道具がしまわれている。

 といっても、危険物は無い。祖母が、誰か(主にリュンヌだが)が、うっかり触っても害は無いと判断したものだけが、ここにある。


「あった……!」

「……なんだ、それは? ……外套?」

「ふふふ、ただの外套じゃないの。……これ、魔法の効果を弱体化させる外套なの!」

「……それは……なにか、意味があるのか?」

「たとえば、これを着ていれば、魔法で攻撃されても威力が半減するの。そのかわり、体の不調を整えたりだとか、身を守るだとか……そういった善の魔法も、効果が半減するけど……」


 だから、実用化はしていないのだと付け加え、リュンヌはカルケルに外套を差し出した。


「だから、貴方の呪いも、少しは抑える事が出来ると思って」

「…………」

「着てみて!」

「…………あ、あぁ……」


 恐る恐る受け取り、カルケルは外套に袖を通した。


「……それで……あとは、どうやって効果を確かめればいいのかしら……」


 着せたまでは、いい。

 だが、この外套は魔法の外套だと、証明しなければならない。


 驚かせるか? 

 あるいは、くすぐって笑わせるか?


 うんうんとリュンヌは頭を悩ませる。

 すると、カルケルは「君……」と呼びかけてきた。


「なに?」

「……効果を実証するならば、簡単な方法がある」

「え? どんなの!?」

「…………君さえ嫌でなければ……だが、……手を」

「手?」

「…………手を、繋いで欲しい」


 おずおずと、躊躇いがちに差し出された男の手。

 リュンヌはその手と、カルケルの顔を忙しなく見比べた。


「……すまない。やはり、嫌だろう。馬鹿な事を言って悪かった。――忘れてくれ」

「そんな事でいいの? 全然嫌じゃないわ」


 あまりにも簡単すぎて、拍子抜けしたくらいだとリュンヌは笑った。

 たかが手を繋ぐだけなのに、カルケルがあまりにも深刻な顔で言うから驚いただけ。

 躊躇う必要も無いと、リュンヌはカルケルの手を握る。


「……どう?」

 

 顔を覗き込めば――カルケルは頬を紅潮させ、目を丸くしていた。

 

「あれ? もしかして、照れてる?」

「っ」


 ついうっかり声に出してまうと、カルケルが慌てたように顔をそらし――灰が、パサパサと降ってきた。


「…………あー」

 

 リュンヌは、残念だと声を上げた。


「ごめんなさい……これじゃ、駄目だったみたい……」


 しかし、カルケルは首を振る。


「い、いや……効果は抜群だ」

「え? でも、灰が……」

「――君が、埋まっていない」


 感極まったように、カルケルが言った。


「こうして、手を繋いだのに……こんなに近くにいるのに……、君が、灰に埋まっていない……、奇跡だ……!」


 リュンヌにとっては失敗でも、カルケルにとっては目に涙を浮かべるほどの大金星だったらしい。

 自分で空けていた距離も忘れてリュンヌの手をしっかり握り、むせび泣いている。


(この人……呪いのせいで、よっぽど大変な人生を送ってきたのね……)


 不憫さを感じ、リュンヌは同情してしまった。

 しかし、そうか……自分はもしかしたら灰に埋まっていたかもしれないのか……と思わず虚空を見つめた。


(ちょっとでも抑えることが出来て、よかった……!)


 頼みのランたんはおやつ休憩の真っ最中。呼んでも来ないだろう。

 そうなると、自力で何とかしなければいけないが――。


(――”また”灰に埋まるとか……怖い)


 無意識に胸中に湧き出た言葉。

 そのはずなのに、どこか引っかかりを感じた。


(あれ? また? ……またって、何……?)


 生じた違和感を抱えたまま、リュンヌはカルケルを見上げる。

 うるんだ彼の目は、顔を合わせた当初と違い、僅かだが輝きが宿っている。

 目が合うと、彼は気恥ずかしそうにはにかんだ。

こういう顔もするんだなとリュンヌが見惚れると、彼は握ったままの手を持ち上げて――。

 

「この奇跡に感謝する。可愛らしい魔女殿」


 かしこまったお礼のあと、リュンヌの手の甲に唇を落とした。


「……!!」


 本で何度も見た、アレだ。

 まさか、生で見られる日が来るとは……――と、驚愕に目を丸くしたリュンヌは、動揺を抑えるように深呼吸する。

 しかし、衝撃と動揺と感動が一変に起こったせいで、平静を取り戻すのは難しかった。

 普段は眠たげな半目をキラキラと輝かせ、興奮から頬を赤く染めたリュンヌは「きゃー」と小さな歓声を上げた。


「すっごい……! 本物の王子様みたい!」

「……一応、俺は本物の王子なのだが……」


 複雑そうなカルケルに、リュンヌは首を横に振る。


「違うの! 本の! 本に出てくる、王子様みたいなの! はぁ~っ、感動……!」

「……本……? ……まぁ、君が喜んでくれたのならば、いい」


 控えめに微笑むカルケルは、やっぱり王子様だった。

 リュンヌはコクコクと、首が千切れそうな勢いで何度も頷いた。

 きっとこれなら、恋が出来ると期待に胸をふくらませる。


 自分は彼の呪いを解くために尽力する。

 そして彼は、自分と恋愛するために尽力する。


 互いが互いの目的のために力を尽くせば、きっと上手く行くと。


(私はきっと、この王子様に恋をする事ができるわ)


 王子様っぽくないようでいて、要所要所ではきっちり王子様要素を抑えている。

 びっくり箱みたいで、面白い。

 そんな彼に、恋をするのが楽しみだった。


 ――リュンヌの足元で、ガラスの靴がキン……と音を立てた。

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