第124話 足りないとできない
ZIPPER Tokyoでのライブ告知投稿は、SNSで2,000件ほどシェアされたところで失速。普段の投稿は100件もシェアされれば良い方なので、健闘した方ではある。
だが、これではまったく足りない。3,000人というZIPPER Tokyoのキャパにも足りないし、以前のtaku氏ことひかるちゃんの写真がバズった時よりシェア数が少ない。思ったよりもマリッカの活動休止と紐づけた批判投降が盛り上がらなかったのだ。
投降に対する反応は賛否両論といった感じで、マリッカの活動休止を利用した
「ふむ。思ったより燃えなかったな。それじゃあそろそろ火種を追加しようか」
緊急会議の会場となった渋谷の個室居酒屋で、土田さんはニタリと笑った。
「うわぁ、めっちゃ悪い顔してる」
「ほんま楽しそうやねぇ」
「何だかワクワクしますね!」
「俺たちこれから炎上するんだけど……」
想定通りに事が進めば、きっと俺たちは経験したことの無いような悪意に晒されることになる。本来なら怖くて仕方のない場面のはず。でも、ツッコミの言葉とは裏腹に俺も玲と同じ気持ちだった。
「さて、と。文面はこんな感じかな」
土田さんのアカウントは、開設から2時間ほど経ってもフォロワーの数がほとんど増えていなかった。まだ何も投稿していないので仕方ないかもしれないが、なにより本人のアカウントだと信じられていないのだと思う。
土田 雅哉という名前を知っている人なら、土田さんがシルバー・ストーン・レコードの所属であることを知っているはず。だから「フリーランス」と書かれたこのアカウントは、よくある有名人の成りすましだと思われているのだろう。
「cream eyesは本日より土田 雅哉をプロデューサーに迎えることを正式に決定しました。今まで以上に精力的に活動していきますので、応援よろしくお願いします!」
土田さんのスマートホン画面に表示された文章は、いたって普通であった。
「普通ですね」
「これで良いんすか? インパクトが足りないような……」
「良いんだよ。必要以上に周囲を煽る必要なんてない。それは悪手さ。僕たちはただ純粋に活動報告をしただけ。それが一部の人間の反感を買って、結果炎上してしまった。そう思われた方が後々都合が良いからね」
「でも、これで本当に皆が話題にしてくれるんでしょうか……」
「心配いらないさ。僕のアンチは熱心だからね」
土田さんは余裕たっぷりに笑っていた。自分のことを傷つけようとする人たちを、こうも大らかに受け入れるとは。元々の度量が大きいのか、それとも慣れてしまったのか。後者だとしたら、それまでにどれだけの苦しみがあったのかは想像もできない。
「それじゃ、投稿しますね」
土田さんが指示した通りの文章をバンドのアカウントからSNSへ投稿。
当初は「プロデューサーが付いたってことは所属が決まったってこと? とりあえずはおめでとうございます!」というコメントが残される程度であまり反応は無かったが、あるユーザーのコメントを皮切りに状況は一変する。
「土田雅哉って、ロークレのプロデューサーやってたあの土田雅哉? 新藤アキラを自殺に追い込んだやべーヤツじゃん! こんなのプロデューサーにするとか、cream eyes終わったわ。あ、始まってもないか」
土田 雅哉という名前を知らなかったとしても、Rolling Cradleや新藤 アキラの事件のことは誰もが知っている。何せたった5年前のことだ。
当時は眉唾物だった「天才を殺した男」の噂も、マリッカの活動休止直後に発表されたプロデューサー就任の報告により、「やはり土田という男は話題作りのためなら手段を選ばないのだ」という認識に拍車をかけた。
「このタイミングで土田かよ……どうりで無名のバンドがいきなりZIPPERでワンマン出来るわけだ。人の病気を利用してプロモーションとか、マジで性根が腐ってるわ」
「あぁ、cream eyesってそっち側のバンドなのね。失望しました」
「商業主義のプロデューサーも、それに乗っかるバンドもどっちも見たくない」
「土田さんは次のターゲットを決めたようです」
「cream eyesけっこう好きだったからマジでやめて。関わらないで」
「音楽に資本主義は不要」
「莉子ちゃんの病気も土田が一枚噛んでんじゃね? 毒盛るとか。こいつならやりかねん」
矢継ぎ早に書き込まれていく罵詈雑言。いよいよ待望の、と言うのが正しいのかはわからないが、炎上が始まったのだ。
それにしても、確証の無い噂からのイメージだけで、よくもまぁこんなにあること無いこと言えるものだ。
「おーおー、好き勝手書きなさる」
そう言いながらも土田さんはニコニコ笑っていた。
「それじゃ、そろそろ僕のアカウントでも投稿を始めようかな」
「ご機嫌じゃないですか」
「そりゃあね。自分の思惑通りに物事が進んで行くのは、見ていて楽しいものさ」
言っていることはわかるのだが、それが自分に対する攻撃であったとしても、という人は特殊な気がする。
「cream eyesの音楽には正義がある。その正しさを世に伝えることが、これからの僕の仕事だ」
慣れた手つきでスマートホンを操作して、土田さんは自身のアカウントでSNSにそう投稿した。それがそのアカウントでの初投稿だ。
「ほら、シェアして」
「あ、はい!」
「オーケーだ。これで後はしばらく放置で構わない。1日もあれば、面白いことになっているはずだよ」
「コメントに返信とかしないんですか?」
「しないしない。別に僕は匿名の誰かと交流を図りたいわけじゃないからね」
「私たちも反応しない方が良いんでしょうか」
「そうだね。全部に返信なんてできないし、好意的なコメントにだけ反応するってのも上手くない」
「なるほど」
俺たちがシェアしたことにより、土田さんのアカウントが本人のものであることが伝わると、そこにも沢山の目を覆いたくなるようなコメントが相次いだ。土田さんのスマートホンは通知を知らせるバイブ音が鳴り止まず、電池残量が目に見えるほどの勢いで減っていった。
「あははは、何が書かれてるか知らないけど、作戦は順調みたいだ」
「それじゃあ一旦SNSでの告知はこのくらいにして、これからの話をしましょう」
「そうだね。それじゃあ、まずはライブのセットリストについてだ。cream eyesの持ち歌は何曲あるんだい?」
「完成しているもので8曲です。あとは京太郎が新しく3曲作ってきてくれていて……」
「ん、ちょっと待ってくれ。8曲だって?」
「はい」
「全部で8曲?」
「そうです。これから作る曲が全部完成すれば11曲に……」
土田さんは突然頭を抱えた。先ほど「狙い通りに物事が進んで行くのは楽しい」と言っていたばかりなのに。
「どうしたんですか?」
「今日は何日だっけ」
「えっと、11月24日です」
そこで再び頭を抱える土田さん。その表情からは先ほどまでの余裕が完全に失われている。
「マジでか」
「急にどうしたんすか土田さん。そんなんされたら不安になるじゃないすか」
「何や京太郎、分からんのか」
琴さんはだし巻き卵をつつきながらため息をつく。早く酒が飲みたいと顔に書いてある様だった。
「持ち歌が8曲だけやったら、ワンマンライブなんてできひんやろ」
「あ」
「あ」
「あ」
言われてみればその通りだ。
「盲点でしたね……」
「いやいやいやいやいや、君たちそんなことも考えないでワンマンやるなんて言ってたのかい!?」
「ワンマンやるって決めた時はテンション上がってたって言うか、それ以外の選択肢が無いと思ってたと言うか……」
「馬鹿なのかな? と言うか、君は気づいてたんなら何で教えてあげないんだよ!」
「まぁ何とかなるやろと思っとったんです。有能なプロデューサーはんを引き込むことが前提の計画やったし」
「いくら僕が有能でも無い袖は振れないからね?」
ワンマンライブなら、出演時間は1時間半~2時間程度が相場だ。1曲あたり5分だとして、単純計算で18曲以上は必要となる。MC等で時間を稼ぐことはできるかもしれないが、それでも15曲程度は必要だろう。
俺たちの持ち歌は京太郎が作ってきた3曲が形になったとしても11曲しかないため、今のままではとても間を持たせられない。
「さすがにこれは想定外だ。今の持ち歌が8曲しかないなんて……これから3曲詰めていくだけでも10日間じゃギリギリだし。そこからさらに追加しようとしてもクオリティを担保するのは難しい……今度のライブでそんな半端なものを見せるわけにもいかないし。さて、どうしたものか」
うんうんと唸る土田さん。こんな姿を見るのは新鮮だと思ったが、そんなことを考えている余裕は無いのだろう。事態はかなり深刻だ。
既に炎上は始まっている。この計画の道筋は、批判してくる人たちもまとめて素晴らしいライブで黙らせるという結果が必要不可欠だ。その計画自体かなり無謀であるにもかかわらず、そもそも曲数が足りないのであれば満足度を上げることは極めて困難になる。
このままでは、炎上している内容の通り、俺たちはマリッカの活動休止にかこつけて売名行為を行うただの卑劣なクソ雑魚バンドの烙印を押されることになるだろう。それでは今回のライブをやる意味が無いし、莉子との約束も果たすことができない。
それだけは、絶対にダメなのだ。
「あの、演奏できる曲なら他にもありますけど」
「本当かい?」
玲の発言に土田さんは食いついた。しかし、俺たちが作った曲は現時点では確かに8曲しかないのだが。
「なんだ、やっぱり他にもあるんじゃないか。ボツにした曲とかかな? それでもアレンジ次第では……」
「楽園ツアーと、嘘の味と、ラヴ&ビッグ・マフです」
「おぉ! 3曲もあるのか! ……ん? その3曲って……」
「はい。
玲の突拍子もない発言に沈黙が訪れる。周りから聞こえるガヤガヤとした雑音が俺たちのいる個室を包み込んでいた。
「いやいや。さすがにワンマンライブでコピーをやるわけにはいかないだろ」
「そう、ですよね。あはは。すいません」
「いや、待ってくれ」
探偵映画の様に右手を顎に沿えながら、土田さんは何かを考え付いたようだ。
「それ、アリかもしれないな」
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