第87.8話 REC Track 04 REI
師匠のお膳立てを受けてなお、玲のギター収録は難航していた。
前日に行われたギターの音作りは、師匠である京太郎の助言のおかげで非常にスムーズに進んだ。玲の持つ1956年製レスポールジュニアと、レコーディングスタジオに用意されていたMarshallのアンプ、JMP SUPER LEADが抜群の親和性を発揮したことも大きかった。
だが、いざ演奏が始まると大ブレーキ。どうにもノリの悪い、固い演奏になってしまっている。京太郎のおかげで確保できた2時間ばかりでは、解消の糸口が見つけられなかった。
そして次の日。
「玲ちゃんリラックスだよ」
「う~、頑張ります……」
「ちょっと一回休憩入れようか」
相変わらず、玲の演奏には明らかな力みが感じられた。自分で言うのもなんだが、これまでの先輩三人のレコーディングはかなり良い出来で進んできている。しかもその良い出来は、全員並々ならぬ決意と努力の上に成り立っていた。
その全てを現場で見てきた玲は、大いにプレッシャーを感じていたのだろう。自分も同じようにやらなければいけない。失敗は許されない、と。
玲はギターを始めてまだ半年足らずの初心者だ。だが天性のリズム感と手首の柔らかさを持ち、アルペジオが得意なことも相まって、普段の練習やライブではあまりそれを感じさせない。ハッキリ言って、ギターの才能については俺なんかよりもよっぽど恵まれていると思う。もちろん玲自身が大変な努力家であることが、初心者らしからぬ佇まいの一番の要因であるのだが。
だが今回、玲がここまで苦戦している要因は努力では補えない「経験不足」の部分にある。琴さんや京太郎のようなハイレベルな演奏をしようと思っても土台無理な話なのに、自分に何ができるのか、どこまでできるのか、その落としどころがわかっていないのだ。完璧を求めるあまり必要以上にミスを恐れ、結果演奏が固くなっている。
休憩のため演奏スペースから出てきた玲の顔は、焦燥感に満ちていた。
「はぁ~、ごめんなさい……」
「ドンマイドンマイ。まだ時間はたっぷりあるから」
京太郎の慰めもあまり効果が見られない。
「玲さ、自分が足を引っ張ってるとか思ってない?」
「え? ……はい、そう思います」
「別に完璧にやろうなんて思わなくていいんだよ」
「でも、朔さんも師匠も琴さんも、みんなすごい演奏でしたから……私でそれを壊したくないんです」
しょぼくれる玲になんて声をかけようか悩んでいると、琴さんが部屋にあったスピーカーに自前のポータブルオーディオを接続した。
「玲ちゃん、これ聴いてみて」
そう言って流した曲は、Jone Jett's Dogsのファーストアルバムの1曲目だった。
「この曲……朔さんに借りたCDで聴いたことあります。あれはライブバージョンでしたけど。随分雰囲気が違いますね」
JJDのファーストアルバムには名曲が多いが、本人たちはその出来に不満があると公言している。何でも当時のプロデューサーと馬が合わず、ミックスダウンでも望まない味付けをされたとかなんとか。
実際他のアルバムと比べてみると、随分
「今聞いてる曲とライブ盤の曲、同じ曲やけど、どっちがええ演奏しとると思う?」
「うーんと、私はライブ盤の方が好きですね。何て言うか、気持ちが乗ってる感じがするって言うか」
「せやな。ウチもそう思うわ。せやけどな、どっちの方が正確に演奏できてるかって言うたら、断然今聞いてる方なんよ」
琴さんの言いたいことは実にわかりやすかった。
「人が演奏の良し悪しを判断する材料には、グルーヴ感っちゅうもんがあんのよ。つまりはノリやね。玲ちゃんのさっきまでの演奏は、このファーストアルバムみたいな感じになっとる。正確ではあるけど、ノリがイマイチ」
「ノリですか……」
多分玲自身も頭ではわかっているんだろう。だが「もっとグルーヴ感を出せ」という注文には、具体的な対処法が無いのも事実だ。
「そんじゃあさ、ためしに歌ってみようよ。そんで、目隠しもしてみよう」
「へ? 目隠し?」
俺の思い付きの提案に、玲は目をパチクリさせていた。
「朔パイセン。目隠しだなんて、そういう趣味があったんですかい?」
「違うわバカタレ」
からかう京太郎を一蹴し、俺は発言の意図を説明した。
「いったんギターをしっかり弾くってことは置いといて、周りの音をよく聞いて、それに乗っかる感じでやってみようよ。いったん玲のギターの音は切ってもいい」
「な、なるほど……」
戸惑いながらも了承した玲は、手元にあったフェイスタオルで自分の目を塞いだ。
「何も見えません」
「そら見えとったら目隠しにならんやろ」
「君たちは色々と面白いことするねぇ。で、準備は良いかな?」
「は、はい」
「ここがライブ会場だと思って、上手く演奏することより伝えることを意識して!」
「やってみます!」
手探りで最初に鳴らすコードの位置を探しあて、真っ暗闇の中での演奏が始まった。
ギターのボリュームをゼロにしているため音は聞こえないが、きっと演奏はボロボロのはずだ。指板を全く見ないでの演奏なんて、俺だってまともにできる気がしない。
だが、歌いながらギターを掻き鳴らす玲の姿からは、徐々に先ほどまでの固さが抜けていっているように見えた。
「良い感じなんじゃない?」
「せやな」
気分が乗って来たのか、それまで座っていた椅子から立ち上がり、歌に熱が入ってきた。
「みなさんの演奏、やっぱりすごいです!」
一曲終えた玲は興奮気味に言った。視界を塞いだことで耳への意識が高まり、今まで以上に周りの演奏がよく聞こえたようだ。
「せやろ?」
「師匠だからね」
「あぁ、少しのミスくらいカバーできるグンバツの出来だよ。だから安心して、楽しんでやっていこう」
目隠しの下、口角の上がった玲の顔を見て俺は確信した。もう大丈夫。
さぁ、ギターのボリュームを上げて仕切り直しだ。
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