第41話 劇的? ビフォーアフター(前編)

 デートに着ていく服が無い。デートに着ていく服を買いに行くための服が無い。そんな姫子の切なる願いを受けて、今ここに4人の勇者が立ち上がった!


 ファッショニスタ・レッド・琴! 読者モデルを務める正真正銘のオシャレ番長。難易度の高いアントワープ系ファッションを華麗に着こなすその姿は、隣を歩こうとするオシャレ雑魚な男どもを気後れさせるぞ!


 ファッショニスタ・ブルー・斎藤! レッドと同じく読者モデルを務める実力派。カジュアル系からストリート系のファッションに強いぞ。油断していると「え、そのパーカー8万円もするの!?」と腰を抜かすことになるから注意が必要だ!


 ファッショニスタ・イエロー・玲! 焼肉大好き! ファッションはそこそこ好き! いつも自分がかわいいと思ったものを、特にこだわり無く着ているぞ。ファストファッション系なら多分ついていけると意気込んでいるんだ!


 ファッショニスタ・ピンク・奈々子! お洒落とはモテるための手段であると、同性の批判を一手に受けそうな信条を持っているぞ。だけどその分、男受けするファッションに関しては随一の力を発揮するんだ!


「一人雑魚が紛れている気がする」


「いやいや、それよりおかしいのが二人いるっしょ!」


「斎藤ちゃんはおもろそうやからウチが呼んだんよ。奈々子はどこから湧いたんかわからんわ」


「来ちゃった。てへっ」


「斎藤さん、そういうキャラだったんですね……」


「ちょっと琴っち、人を虫呼ばわりするのやめてくれる? こんな楽しそうなイベント見逃すわけないじゃん! 奈々子の情報網を侮らないでよね」


「みんなすごいお洒落ですね~。姫子ちゃんと一緒に、私も勉強させてほしいです!」


 姫子と茂さん……じゃなかった、マシューのデートを成功させるため、俺たちは原宿駅前に集まっていた。長身ハーフイケメンであるマシューの本業はモデル。ある程度着飾っていかなければ、隣を歩く姫子が恥をかく結果になるのは目に見えている。

 それに今回のデートミッションの結果は、cream eyesの音源制作の行方を左右する。これは遊びではないのだ。


「で、今日の主役はどこ行ったん」


「来てますよ。あそこに」


 細い柱の陰に溶け込むように姫子は立っていた。寝ぐせは直してきているようだ。着ている服だけ妙に高そうなのには訳がある。


「言いつけ通り、琴さんの服を着させました。メイクは俺にはわかんないのでスッピンっすけど」


 姫子は京太郎同様背が高い。俺より少し低いくらいだから170cm以上はありそうだ。服を買いに行く服が無いと言うので、比較的身長の近い琴さんが服をレンタルしている。姿勢の悪さからか、琴さんと同じ系統の服とは思えないほどお洒落感がまるでない。服に着られている、とはよく言ったものだ。


「ふおおおぅ。まさか私がファッションモンスターの巣窟に足を踏み入れることになろうとは……すげ~、あれが竹下通り? 本当にモンスターハウスじゃないっすか。レベルが足りない。武器が無い。HP0になったら家まで強制送還されます? それならそれで……あ、でもお金は取らないでください死にますので。いや~、みんなお洒落に生かされてるな~、お洒落に必死! うふふふ」


 すごいぶつぶつ言っている。その割に、柱の陰から一歩も動こうとしない。


「早くこっち来い」


 京太郎が無理矢理引っ張ってみんなの前まで引きずり出した。


「ひいいい! 私ヴァンパイアだから! ヴァンパイアだから! 真祖の血が絶える!」


「うるせぇお前は大分の田舎モンだろうが!」


 もはや意味不明である。太陽の下に出ると死ぬとでも言いたいのだろうか。


「この子が京ちゃんの妹ちゃん? かわいいんですけど~」


「うわぁ、ギャルが現れた! 助けてお兄!」


「あははは、ウケるー」


「奈々子さん、こいつ割とガチでビビってるんで。その辺で勘弁してやってください」


「はいはーい」


「自分の得意領域以外ではてんでダメなタイプなんだな」


 やたらと喋っているのも一種の自己防衛なのかもしれない。はたから見れば不審者にしか見えないが。


「それじゃあ最初は私が担当しまーす」


 斎藤さんは子供番組の歌のお姉さんのように手を上げた。そして皆を先導して歩いていく。やってきたのは、お洒落な外装の小さなビルだった。


「ここ、私の行きつけだから」


 居酒屋のように店を紹介する斎藤さんに続いて階段を登ると、そこは服屋ではなく美容室だった。


「いらっしゃいませ。ミナちゃん、待ってたよ」


 扉を開けた途端に、ルームスプレーの華やかな香りがあたりを満たしていく。髭を生やしたロン毛のオシャレイケメンが一行を爽やかな笑顔で出迎えた。


「私に、ここに足を踏み入れろと……?」


「そうだよ~。服を決めるにあたって髪型は超重要だからね! ショートに似合う服とロングに似合う服は違うでしょ? だから最初に髪型を決めちゃわないと」


「カリスマか? カリスマが私を切り刻むと言うのか!?」


「そういえばカリスマ美容師って最近言わなくなったよね。なんでだろ」


 たじろぐ姫子を半ば強引に入店させると、すぐにカウンセリングが始まった。用意周到である。


「それじゃ姫子ちゃん2時間くらい借りるから。適当にぶらつくか、お茶でもしてて」


 そうして斎藤さんとは一旦分かれることになった。店を出る直前、姫子の断末魔が聞こえた気がしたが、振り返らずに進んだ。


「何かみんな、めっちゃ楽しんでないっすか」


 美容室近くのハンバーガーショップで休憩中、京太郎が呟いた。


「こんなん楽しいに決まってるやん。まっさんにこっちから連絡するのは業腹やったけど」


「奈々子も一回やってみたかったんだよね~。こういうビフォーアフターみたいな企画! こんな機会なかなか無いでしょ」


「姫子ちゃん背高いし細身だし、絶対ポテンシャルあると思うんですよ。今日のメンバー凄いから、私も見てるだけで楽しいです」


 三人ともノリノリである。


「お前も玲がギター買う時、楽しんでただろ?」


「あ~、なるほど。それと同じようなもんなんかね」


 その分野に詳しくない人に、あれやこれやとアドバイスしながら買い物をするというのは楽しいものだ。今回もその例に漏れることは無い。尚且つ、デートのためのおめかしとなれば、女性陣のテンションが上がるのも無理はない。


「それにしても、姫子ちゃんよくこの企画受け入れたな」


「うーん、あいつも流石に女子だったと言うべきなのか、憧れの存在とデートできるってなったら、今のままじゃダメだと思ったらしい。決死の覚悟で来たと思うぞ。一応」


「マリッカのマシュー、確かにとんでもないイケメンだったからなぁ」


「もはや二次元に近い存在らしいぞ。あいつの中では」


「兄としては妹が男とデートするってどんな気分?」


「別にどうもこうもねーよ。まぁ……あいつ昔から人付き合いとか苦手だったっぽいし、今回みたいな機会は悪くないと思う。相手があのマシューってのが気に食わないけど」


 京太郎は琴さんからの話を聞いて以来、マリッカのマシューに対して良いイメージを持っていないらしい。仕方のないことかもしれないが、直接話した時の印象はそこまで悪くは無かったのだが。


 そんな風にぐだぐだ話をしたり、ゲームをやったりと時間を潰しているうちに、琴さんのスマホが鳴った。


「斎藤ちゃんからや。ヘアセット終わったって」


 意気揚々と美容室へと向かう一行。扉の向こうには不慣れな環境のせいか、縮こまっている姫子の姿があった。


「姫子ちゃんかわいい!」


「うんうん、良い感じじゃーん」


「でしょー? さすが私。ナイスプロデュース」


 斎藤さんは鼻を高くしていた。姫子の頭から、先ほどまでのもっさり感が見事に消え失せている。元々のくせ毛を活かし、ふんわりとした女性らしさ溢れる仕上がりだ。


「ジロジロ見るなぁ! 特にお兄は見るな! 帰れ! 死ね!」


「照れない照れない。かわいらしゅうてええ感じやん」


「か、かわいいとか」


「はいはーい。姫子ちゃん、まだ終わりじゃないからね~。ここからは奈々子にお任せだよ~」


「げぇ!? またギャルが!」


「んも~、ギャルギャル言わないでよね~。おっさんみたいだぞ。あ、ここの椅子このまま借りて良いんですか~?」


「構わないですよ。ミナちゃんのお願いですからね」


「よ~し、それじゃあ……」


「ひぃいいい」


 奈々子さんは暴れる姫子を押さえつけると、手際よくメイクを始めた。


「な、何を!? ゲェッホ。あ、眼鏡返して!」


「めっちゃ肌白いね~。でもちょっと荒れてる。ちゃんとケアしてないでしょ~? ま、今回はあんまり厚くしないでナチュラル風メイクでいくからね」


 ナチュラル風とは何なのか理解できなかったが、鏡に映る姫子の顔がものすごい勢いで仕上がっていく。確かに、極端な変化ではないのだが何かが違う。血色がよくなった? わからない。でも、確実に可愛くなっていくのがわかる。


「化粧ってすごいんだな」


「なんや、今更気づいたんか。20年も生きとるくせに」


「え、もしかして琴さんもあんなに変わるんですか?」


「ウチのスッピンは前に見せたやん」


「え、いつ……ってあぁ、新歓ライブの次の日か! だったら琴さんほとんどかわんないじゃないですか」


「誉め言葉として受け取っとくけど、女の努力を否定する発言は控えよな」


「そういうもんですか」


 どうやら女性にとっての化粧とは、男が考える以上の意味を持っているらしい。あの時、玲も普段とあんまり変わらないような気がしたが、そこは触れない方が良いのだろう。


「で~きた!」


「おぉ~」


 一同がざわめく。ナチュラル風と言うだけあって劇的な変化ではないものの、野暮ったさが排除され、洗練された都会の女性と言った感じになっている。当の姫子本人は眼鏡を外されてしまったため、自分の顔が確認できていないようだった。


「眼鏡……眼鏡……」


「姫子ちゃん昔の漫才師みたいになってるよ~。はい、眼鏡。それじゃあ、お決まりの台詞、言ってみようか」


「これが……私……? って、そこまで変わってなーい!」


「あはは! ちゃんと変わってるから! かわいいかわいい」


「うぅ、今変わっても意味が無いのでは?」


「メイクの効果を実感してもらうのが目的だからね。本番当日までに自分でちゃんと練習するんだよ~」


「がんばりゅぅ……」


 何だかんだ文句を言いながらも、姫子はこの改造計画を受け入れている。最初は冗談かと思ったマシューへの好意は、どうやらかなり本気だったようだ。


「お兄さん。改めてどんな気分ですか」


「うるせー」


 ロン毛オシャイケ美容師に手を振られながら、一行は店を後にした。


「とりあえずベースは完成やな。でもこっからが本番」


「あぁ、琴姉さんはなんだか安心感があるなぁ」


「ふふふ、そう言ってられるのも今のうちやで」


「何か悪い顔してる!?」


 姫子の改造計画は、まだ始まったばかりだ。

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