第39話 シモキタロケット

「今日のライブ、琴さんはどの辺まで想定の範囲内だったんですか?」


 ライブ終了後、俺たちはささやかな打ち上げのため、ライブハウス近くの居酒屋に来ていた。俺の向かいに座った琴さんは、乾杯のビールの後、早々に冷の日本酒に切り替えていた。とても大学生の酒の飲み方には見えない。


「何のこと?」


「斎藤さんにダメ出しされたところ、琴さんは最初っからわかってたんじゃないんですか?」


 琴さんは手酌でお猪口に酒を注ぐと、それをクイっと飲み干した。気持ちのいい飲みっぷりだ。


「最初からわかってたんかって言われると、せやなぁ、わかってたんかもしれん」


「それなら最初にアドバイスしてくれても良かったのに。あ、それともわざとダメ出しされるように仕向けたとかですか? その方が成長できるから、とかの理由で」


「人聞きの悪いこと言わんといて。ウチかてわざわざ失敗するように仕向けたりしいひんて」


 琴さんは笑いながら否定した。だがそのすぐ後、お猪口を置いて、真剣な顔で言葉を続けた。


「何やろなぁ、最初からわかっとったってのは語弊があるかもしれん。前のバンドでは斎藤ちゃんが言ってたようなこと、全部まっさんがやってたんよ。ウチはそれに対して、正直何とも思うてなかった。まっさんは愛想がええから人と話すのも得意やし、楽しんでやってるみたいやったから好きにやってくれたらええと思うてたんや。でも、それはお客さんを繋ぎとめるためにやってたんやなぁって、今になってわかったんよ。ま、好きでやってた部分もあったんやろうけど」


 改めて日本酒を注ぎなおし、それを口に運ぶ。うっすらと赤く染まった頬と相まって、何とも艶のある仕草だった。


「悔しいなぁ。結局、ウチもまっさんにおんぶに抱っこやったってわけや。今日のハーレム・キングと、ウチらのライブを比べると、それを痛感するわ」


 意外だった。琴さんから”悔しい”なんて言葉が出るとは。そして、思慮の無い発言をした自分を省みた。


「すいません。変なこと言って」


「ええよ。わかってたはずなのにできなかったし、伝えられなかった。それは事実やから」


「琴さん、酔ってます?」


「阿呆、どういう意味や」


 琴さんがあまりにもすらすらと反省の弁を述べるものだから、少し調子が狂ってしまう。こちらも思わず弱音を吐きたくなる。


「俺、バンドでプロを目指す、メジャーデビューを目指すって、簡単じゃないってわかってましたけど、じゃあ具体的にどうすれば良いのかってわかんなかったんです。一生懸命やるだけじゃダメだって。でも、今日の最後、玲が自分たちにできること全部やるって言ったとき、あぁそうだなって思ったんです」


 ジョッキのジンジャーハイボールがここで空になった。何となく手持ち無沙汰になり、俺は目の前のホッケをつついた。


「バンドのイメージってのもありますけど、ダサいことでもバンドにとってプラスになるなら、何でもやんないといけないなって。もし自分たちだけでできないことがあるなら、いろんな人に助けてもらうことも必要なんだなって、わかりました」


「ほんなら、朔はこれからどうしたら良いと思うん?」


「バンドの活動は曲を作ってライブをするだけじゃないですから……SNSとか動画サイトとかで何かを発信してみたり、あとはバンドのホームページを作ってみたりとか、ですかね」


「あはは。確かに、そん中にウチが好きなもん一個も無いわぁ」


「何をやるかはこれから考えますけど、琴さんにも手伝ってもらいますからね」


「せやな。ウチも何でもやらせてもらいます」


 琴さんはおどけていたが、確かに協力してくれると言った。らしくないことでも、気が乗らないことでも、避けてはいけないことがある。


「お前らぁ!」


 急に京太郎が大声を上げた。異様に早いペースで飲み続けた彼は、既に随分と出来上がっているようだ。


「どないしたんやサクランボ仮面」


「だーれがチェリーマスクですか。音源をね、作りましょう。さっきから聞かせてもらってるけど、何をするにしても、音源が無きゃ始まらないでしょ~?」


「そりゃそうだ」


「っちゅーことで! 次のライブまでに音源を作ります!」


「おんふぇんっへ、ほんなにふぐにふくれるんれふふぁ?」


 玲が口に色々なものを頬張りながら訪ねた。多分、音源ってそんなにすぐにできるのかと聞いている。一人だけ酒が飲めないのは退屈かもしれないが、話すときにはちゃんと口の中の物を飲み込んでからにしてほしい。


「次のライブが一ヶ月後だろ? さすがに時間的に厳しくない? 簡単なデモみたいなのだったらいけるかもしれないけど」


「中途半端なもん作っても意味ないっしょ。大体さ、スタジオ一発録りみたいな音源もらってお前それ聞くか? 俺なら聞かない」


「そうだけどさ。レコーディングスタジオの予約もすぐに取れるとは限らないし、音録り歌録りで1週間はかかるとして、録音終わった後のマスタリングにも最低2週間はかかるだろ。それ以外にもジャケットのデザイン作成やらCDのプレス依頼やら、次のライブまでの一ヶ月じゃキツイだろ。それに、金も無い」


 通常、レコーディング開始からCDが出来上がるまでは2ヶ月ほどかかる。ただ演奏や歌を録音するだけで終わりではないのだ。一ヶ月後のライブには到底間に合わない。


 費用だって、まともなレコーディングスタジオで録音からミックスダウンまでやってもらおうとしたら10万円は優に超える。


「まぁ、普通のレコスタでやろうとしたら無理だ」


「じゃあどうすんの」


「妹に頼む」


「はい?」


「俺の妹、DTMが趣味なんだよ。家に録音機材揃えてるし、年中暇にしてるから、明日からでもレコーディングが開始できるし、交渉次第では金はどうにでもなるし、ミックスやマスタリングも急ピッチでやってもらえると思う。正直あいつに頼むのはまるっっっっきり気が乗らないけど、”やれることは全部やる”なんだろ?」


 京太郎はキメ顔でそう言った。身内に頼むのは気が引けるという気持ちはわかる。それでも、できることは全部やる、使えるコネは全部使う、その気概を持たなければいけないと、京太郎も思ってくれたのだろう。


「お前、妹なんていたのか」


「師匠の妹さん、お会いしてみたいです!」


「変な期待はしないで欲しい。俺をそのまんま女にしたみたいなやつだから」


 長身細身で根暗っぽい見た目の女子を想像してみる。うん、あまり期待はできないな。友人の妹という響きは、どこか背徳的な魅力を感じるのだが。


「師匠に似てるなら、きっとかわいい人ですよね」


「えぇ!?」


 玲の中で、京太郎はかわいい存在なのか? 馬鹿な! こいつは根暗で機材マニアの童貞だ。無駄にデカいし可愛い要素なんて皆無じゃないか。


「お前すげぇ失礼なこと考えてね?」


「ソンナコトナイヨ」


「CDのプレスとかジャケットのデザインとかはどうするん? 自分たちでCD-Rに一枚ずつ焼くって手もあるけど」


「CD-Rだと安っぽくなっちゃうんで、そこは今風にやりましょう」


「今風?」


「配信ですよ。配信。ライブを見に来てくれた人たちに、自分たちの曲のアクセスコードを配るんです。そっからダウンロードしてもらえば、CDそのものはいりません」


「はぁ、配信。ウチにはようわからんけど、便利なんやねぇ」


「琴さん現代の大学生っすよね?」


 配信ならCDの在庫を抱える必要もないし、ライブハウスに持っていく手間も省ける。個人的にはCDという現物を所有したい欲求があるが、お客さんの立場で考えると、荷物が増えずにすぐに聞けるというのは良いのかもしれない。


「じゃあ早速明日にでも妹さんに連絡取っといてくれよ。一回顔見せといた方が良いよな?」


「そんな気使わなくてもいいけど……まぁ、どの曲を音源にするのかとか、打ち合わせはしときたいかな」


「うし、じゃあ打ち合わせの候補日を決めよう」


 京太郎が妹にメッセージを送るのとほぼ同じタイミングで、覚えのある声が店の入り口から聞こえてきた。


「あっれれぇ~? そこにいるのはぁ、アイスクリームのみんなだぁ~!」


 メイド服じゃなかったので一瞬わからなかったが、この甘ったるい喋り方はハーレム・キングのララちゃんに違いない。


「あ、ほんとっすねー。ご一緒させてもらっても良いっすかー?」


 これは誰だったか……レレちゃんだっけ?


「ロロ殿、ぶしつけにそんなことを言っては失礼であろう」


 違った。こっちはリリちゃんだな。わかりやすい。


「わ~、ハーレム・キングの皆さん! そちらも打ち上げですか? あ、ちなみに私たちアイスクリームじゃなくてcream eyesですよ」


「あっはは、メンゴメンゴー」


 玲が人懐っこく駆け寄っていった。毎度この子のコミュ力には驚かされるものがある。


「もうだいぶ打ち上っちゃっててぇ~、これ二軒目なんですよぉ」


「すごいペース!」


「盛り上がってんなぁ。ええやん、どうせなら皆で飲も」


「わーい! 話しが早い子は好きだよぉ~」


「せやからそれはええって」


 ララちゃんの熱い暑いハグを琴さんが制する。先ほども見た微笑ましい光景だ。


「ど、どうも~……」


 ララちゃんの脇から、申し訳なさそうにキングが顔を出した。ステージ上のあの王様と同一人物とは思えないほどの腰の低さだ。


「実はぁ、みんなで一緒に来ちゃったんですよぉ~」


「みんな?」


「お~い、みんなおいでぇ~」


 ララちゃんの呼びかけに応え、店の扉の向こうから続々と人が入ってきた。どうやらライブを見に来てくれたお客さんたちと一緒に飲んでいたようだ。こういう交流も、根強いファンを獲得するためには大切なんだろう。


 そんな中、見たことのある顔がお店の中に入ってきた。あれは確か、ビヨンド・THE・100万石のメンバーだ。


「お邪魔しま~す」


「一軒目でたまたま一緒になってぇ、皆で飲んでたんですぅ~」


 結局、総勢30名ほどの大所帯となった俺たちは、月曜だというのに深夜まで飲み明かした。何を話したのかは正直あまり覚えていないが、とにかく楽しかったことは覚えている。SNSのフレンド数が一気に10人くらい増えていた。

 ハーレム・キングの人たちはもちろん、ビヨンド・THE・100万石の人たちとも繋がりを持つことができたのも僥倖だ。何だか、いかにもバンドマンらしい夜だったと思う。翌日、全員が午前中の授業を自主休講に当てたことは言うまでもないだろう。


 ちなみにこの日一番衝撃的だったのは、ハーレム・キングのメンバーが全員30半ばであるという事実であった。メイドさんってすごいや。

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