第五話 考えるハル
『おまえさんたちに、良い風が吹きますように』
『この村にも、良い風が吹きますように』
お互いの無事と、幸運を祈りあって手を振る。帰りに必ずまた寄るからと約束をした。『嫁さん、連れて来いよ!』と、猫の人が叫んだ。
あのあと村の人たちは、それぞれ絵の礼にと、色々な物を持って家を飛び出してきた。
それは五年ものの梅酒だったり、羊の人が自分の毛で編んだマフラーだったり、滅多に拾えない谷大鷲の
俺の絵に、こんな価値をつけてくれるのか。
この世界には写真がない。絵を描く人も少なく、商売で描く人はもっと少ない。だから俺の絵の技術や画風が、特に評価されているわけではないのだろう。
それでも、こんなにも絵が描けることが、誇らしかったのは、初めてだった。もっと、もっともっとたくさん、この世界を絵に描こうと思った。いつか写真が発明されるまでの、それが俺の使命かも知れない。そんな風にすら、思った。
俺の絵は、特に写実的なわけでは、ないのだけれど。
街道に戻り、また東をめざす。
あくびの物入れは、村の人たちにもらったもので、パンパンに膨らんでいる。大きなものや、旅に必要ではないものは、帰りに受け取る約束になっている。
俺たちの目的地が『ザドバランガ』だと言ったら、パンダの人が『ハンパ者にも、耳なしにも厳しい土地だ』と言っていた。ザドバランガ地方は、耳なしと戦った人たちの末裔が住む地方だ。
パンダの人は、そりゃあもう、パンダだった。俺はハルとハナに『かわいいと言うのもやめよう』と言った。だが、あれは無理だ。直立して、ポンチョ着てるんだぞ。パンダが。ハナは鼻息を荒くしていたし、ハルは少し涙目になって『抱きつきたい』と小さな声で言った。
そういえば本屋のトリノさんが、竹林があると言っていた。そこには動物のパンダも住んでいるのだろうか。
ハルは村を出てから、ずっと黙り込んで、なにか考え込んでいる風だった。きっと、あの村の人たちのことや、自分にはない耳や尻尾のことを考えているのだろう。
ハル、考えろ。人間は考えるから人間なんだ。正解なんて、きっとない。自分が、どうしたいのか、考えろ。ハルが好ましいと思うもの、ハルが嫌だと感じること。
自分が選んだものが、
そして、いつか、一緒に理不尽に立ち向かおう。
街道は岩山を迂回しながら、うねるように荒野を貫いている。見慣れた赤茶色の風景も、あと二、三日したら変わってくるはずだ。ザドバランガ地方は、草原が広がり、川が多く、雨が降ると聞いている。
思えばこの世界へ来てから、
未だに黙り込み、考え込んでいるハルと、ヤギ爺さんにもらった飴を、ガリガリと噛んでいるハナ。そして今日の晩飯はなにを作ろうかと、呑気なことに頭を悩ませている俺を乗せて、あくびとクーは街道を、東へと駆けてゆく。
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