第八話 続・忌み地の謎

 俺はあくびに乗りふたりは馬で、あの日辿った途切れ途切れの細い道を行く。


 二時間程走ると、ロレンが「ヒロト! 止まって!」と叫んだ。


 見ると、ふたりの尻尾が見事にぶわっと逆立っている。


「どうした? なにかあるか?」


「動物も鳥も見当たらない。忌み地に入ったのかも知れない」


 にわかに緊張感が増す。俺はあくびから降り周囲を見回した。


「歩くのか?」


「馬が嫌だ、言ってる。置いていく」


 馬を立ち枯れた木につなぎ、「すまんな、ちょっと待っててくれ」と言いながら首を撫でる。


 馬はしきりに首を振っていたが、突然パクリと俺のポンチョを咥えた。そのまま、もっちゃもっちゃと咀嚼そしゃくし始める。


 うおい! 食うなよ!


 なんだろう。腹が減る時間でもない。ポンチョを咥えられた時は「行っちゃだめ! 危険なのよ!」とかそんな感じで止められているのかと思った。


 すまん。おまえの意図が、俺にはさっぱりわからない。


 一張羅いっちょうらの大切なポンチョだ。食われる訳にはいかない。なだめすかして離してもらう。手拭いを物入から出し、よだれぬぐいながら二人のところに戻ると、


「緊迫感が吹っ飛びますね」


 ロレンがクククと笑いながら言った。


「緊張大きいは良くない」


 年長者の威厳をもって言ってみた。今度はリュートが笑った。



 あくびをどうしようか迷う。見た感じは普段と何ら変わらない。ヤバイと思ったら逃がせば良いか? あくびは笛を吹けばすぐに来る。


 油断しないよう慎重に進む。二人の尻尾は逆立ったままだ。


「ヒロト、音が聞こえる。キーンって、どんどん大きくなる」


 リュートが言い、ロレンも頷く。


 俺にはさっぱり聞こえない。何だろう、モスキート音というヤツだろうか。


 生き物には耳の性能により、可聴域かちょういきというものがある。犬笛や象の鳴き声の話が有名だ。犬笛は高い周波数で鳴り、象は低い周波数で鳴き交わしているらしい。両方共人間には聞こえない。


 モスキート音というのは、蚊の羽音のような高い周波数の音の事だ。年寄りは耳の中の繊毛せんもう摩耗まもうして、高い周波数の音から聞こえなくなっていく。それを利用して、若者除けにモスキート音を店の前で流すコンビニがあるとかないとかで話題になった。


 けれど今、俺にさっぱり聞こえない音が、リュートとロレンに聞こえているのは、俺が年寄りだからという訳ではない。断じて違う。奴らの獣の耳が、俺の耳より高性能なだけだ。誰か、そうだと言ってくれ!


 モスキート音が鳴っているとしたら、さっき馬が俺のポンチョを噛んだのは、歯が浮くような感じが嫌だったのかも知れないな。気持ちはわかるが止めて欲しい。


「これは……」


 ロレンが顔をしかめ耳を折る。


 リュートが足を一歩踏み出し「あ……」と言い、ふっと身体の力を抜く。


「聞こえなくなった」


 ロレンがリュートのところまで歩いて行き頷く。


 俺も三歩進んだところで、身体を覆っていた薄い膜が、ふっと消えたような感じがした。



 ヤバイところまで、足を踏み入れ過ぎてしまったかも知れない。



 俺は何事もなかったかのように佇むあくびを呼ぶ。いつでもあくびに飛び乗れるよう身構える。二人が本気で走ったら、俺の全力疾走程度では足手まとい以外の何物でもない。


 ロレンが音の聞こえる場所と、聞こえなくなる場所を行ったり来たりして検証をはじめる。


「面白い。まるで、ここに見えない壁があるみたいです」


 俺はそれよりも気になる事があった。


 視界の先に、台地が広がっていた。シュメリルールの街がすっぽりと入ってしまうほどの広大さで、滑らかでまったく起伏のない台地は、俺には人工のものに見えた。


「ここで、待つ」


 二人に告げてからあくびに飛び乗り、あたりで一番高い岩山を目指した。


 途中であくびから降り、ほとんど崖のように切り立った岩山をよじ登る。


 あちこち擦りむいたり、スボンの裾を引っかけて破ったりしながら、どうにか頂上まで登りきる。


 頂上に立った俺の目に飛び込んできたのは、驚愕きょうがくとしか言いようのない光景だった。


 地面には無数の線が走っている。直線と矢印、あれは線画だろうか。線画だとすれば、数百メートルに及ぶだろう。空から見る事を、想定されているとしか思えない大きさだ。鳥の人が描いたのだろうか。なんの為に? あんな巨大な絵をどうやって?


 この世界の人々にとっては、明らかにオーパーツではないのか?



 耳なしの『空飛ぶ船』に関係が、あるのだろうか。

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