第八話 バザールにて 前編

「なんだ、おまえら傷だらけじゃねぇか! 盗賊団にでも襲われたのか?」


 ガンザが俺たちの顔を見るなり、ガハハと笑いながら言った。たぶん冗談で言っているのだろが、実際その通りなので誰も笑わない。


 むしろ、留守番組全員が『え? マジで?』みたいな顔をしている方が笑える。


「その通りですよ。まぁ、アンガー以外は軽傷です」


 ハザンの骨まで達した切り傷を、軽傷と呼んで良いものかは疑問だが、事実本人はケロッとしている。アンガーは街についたその足で治療所へ連れて行かれ、そのまま入院する事になった。


 この世界の医療機関は、地球で言うところの内科と外科に分かれている。内臓の病気などを、生薬や食事治療治でゆっくり治す内科にあたる『病癒所カヌーサ』と、怪我や骨折など傷口を縫ったり、折れた骨を元の場所に戻したり(物理)してくれる『治療所マヌーサ』だ。


『病癒所』は教会が運営している事が多く『治療所』はどちらかというと技師や職人に近い扱いだ。小さな村や集落では、両方を兼ねる事が多らしいが、この街には両方ある。


 アンガーの折れた骨は、ハザンがすでに戻して(超物理)添木を当てて固定済みだ。こちらは問題ないらしい。ただ、太腿の傷がこのままくっつくと、筋肉の動きを阻害するかも知れないと言われ、縫い直してもらった。


 ちなみに治療の時は、身体の感覚が遠くなる薬草を使ってくれる為、阿鼻叫喚あびきょうかんが響き渡る事は少ないそうだ。その薬草、ぜひ分けてもらいたいと思ったが、門外不出らしい。聞くと、どうやら麻薬のたぐいらしく、中毒性があるのだとか。


 ロレンとハザンもてもらったが、問題なしという事で化膿かのう止めと傷薬を貰って帰って良しと言われた。


 アンガーは二、三日の入院になりそうだ。


 これは俺にとっては朗報ろうほうとなった。あくびの身請け為の、金策に走る時間が出来たのだ。


 ハルとクルミちゃんを連れて、早速貸しパラシュ屋へと向かう。まずは交渉だ。



 貸しパラシュ屋のオヤジさんを呼んで、買い取りたいパラシュがいる事を伝える。オヤジさんと一緒にパラシュの柵の前まで来ると、あくびが俺たちを見つけて寄って来た。背中を向けて撫でろとねだる。俺がガシガシと首の後ろを掻いてやると、目を細めてガウガウと鳴きながら、首をブンブン上下させる。


 この動作、最初は怒っているのかと思ったが、どうやら機嫌が良いらしい。背中に乗っている時にやられるとロデオ状態になる。ハルやクルミちゃんはきゃいきゃい言って大喜びする。


「情が移った。連れて帰るを頼む」


 あ、つい正直に言っちまった。俺は交渉はホント苦手なんだよ。ロレン連れてくれば良かったかな。


「なんだ、ずいぶんなついてんな! そのパラシュは卵産めねぇけど、それでもいいのか?」


「病気か?」


「ああ、もうとっくに治って元気だけど、あれ以来卵を産まなくなったな」


 そうか、あくびにも色々あったんだな。


 俺はもう一度あくびの首の後ろをガシガシと掻いた。


「構う、しない。いくらだ?」


 オヤジさんは俺の言葉に少し首を傾げながら、


「卵産まなくていいって事か? うーん、割り引いてリャンタラも金貨四十枚だな」


 ハルが『リャンタラ』を単語帳で調べる。俺とハルの語彙ごいはそう変わらないから、ハルが解らない言葉は俺もわからない。


「おとーさん、リャンタラはおまけだって」


 ハルが小さい声で教えてくれる。クルミちゃんにも交渉の内容を説明している。


 金貨四十枚か。この旅の給料を全額ぶっこんでも半分だ。


「おじさん、あくび、家族。ぼく、さよなら、嫌だ」


 ハルが情に訴えた値切り交渉をはじめる。ハル、オヤジさんも商売だからさ、それはルール違反だ。それにもう、オマケしてくれている。


 ハルの頭を押さえつけ、黙らせる。


「すまん、気にするな」


 とりあえず三日分のあくびの借り賃を払い、他の客に貸さないように頼んでパラッシュ屋を後にする。


 まずは街の自警団の詰め所へ行く。盗賊団のボスらしき男と、印象に残った二、三人の似顔絵を、この街への道すがらに描いておいたのだ。是非とも買ってもらおう。




 雑魚盗賊が銀貨一枚、ボスの絵は銀貨五枚で買ってもらえた。そしてなぜか、ついでに見せたアンガーが蹴り技を繰り出している絵が、なんと金貨二枚で売れた。タイトルは『血塗れひょうのカポエイラ』だ。


 まあ俺の中だけのタイトルだけどな。肖像権なんか気にせず売っぱらった。すまんなアンガー、あくびのためだ。それにしても、あんな壮絶そうぜつな絵、どこに飾るんだろう。


 ちなみに剣と十文字槍を持って、阿修羅アシュラごとく闘うハザンの絵も、それとなくチラリと見せてみたのだが、こちらは買い手がつかなかった。すまんハザン、俺の力不足だ。タイトルは『血塗れ狼の輪舞ロンド』だ。


 一旦宿屋へ戻って、似顔絵屋さんの準備をする。旅の間に書き溜めた絵も全部持って行く。ハルが「これも売る」と言って折り紙作品を全部出してきた。宝物の金色の折り紙で折った、砂漠大鷲おおわしもある。さゆりさんと作った和紙風味の紙も持って行って、その場で折るそうだ。


「私も踊ります! ストリートパフォーマンス、一度挑戦してみたかったし!」


 うーん、クルミちゃんの練習着は、この世界の基準で言うと、露出度が高過ぎるんだよな。身体の線が見える恰好や、足を出したりは、酒場の踊り子でもあまりしない。子供にそんな恰好で人前で踊らせたりしたら、俺が連行されそうだ。


 クルミちゃんにそんな感じの説明をしたら、


「私だって普段はあんな恰好しませんて! 踊る時だけですよぉ!」


 と、顔を赤くしていた。



 相談の結果、ありったけの薄布を集めて、身体の線が出ないように巻いたり細紐で縛ったりしてみた。下半身は薄手のズボンを履いて、足首で絞って細紐で止める。着ぶくれしたアラブの踊り子のようだ。でも、悪くはないな。これはこれで有りな気がする。


 よっし! 準備OK! 二ノ宮家+クルミ、ちょっと本気出して稼ぎます。


 気分は惚れた女郎の身請け代のために、奔走する貧乏長屋の売れない似顔絵屋。


 さあ! 盛り上がって行こうか!


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