第八話 たった二週間の陽だまり
次の日の朝、画用紙を買いに本屋へと顔を出した。俺の頰のキズを見たトリノさんは少し驚いていたが『男っぷりが上がった』と言って笑っていた。そのあとぼそりと『腕が無事で良かった』と呟いているのを聞いて、俺も笑ってしまった。
旅の話をしながらスケッチを見せると、俺の言葉足らずな土産話をたいそう楽しそうに聞いてくれた。そして、絵を何枚か、売り物として店に置いてみないかと言われた。
俺は、実は自分の絵に執着するタイプで、気に入った絵は自分で持っていたい。しかもご主人が『これとこれと、これ』と選んだ数点は手放し難いものばかりだった。
悩んだ末に、こっそりスマホで写真を撮る事で折り合いをつけた。
値段や俺の取り分なんかは、全て丸投げした。俺の手を離れてしまえば、気に入った人が納得した値段で買うのが良いと思う。
以前から探してもらっていた
出発までの二週間は、穏やかに、そして矢のように過ぎてしまった。
ハナを膝に乗せ、依頼の絵を描いたり、肩に乗せて筋トレしたり、二人でハルの影絵劇を見たり、三人一緒に木陰で昼寝したり。
本屋のご主人に仕入れてもらった顔料(油や水に溶けない着色料)で、一緒にパステル作りもした。パステルはクレヨンに似た画材で、画用紙に馴染むので使いやすい。
作り方は簡単で、粉状の顔料を混ぜ好きな色を作り、
ハナが作ったパステルは
ハルもハナも、頰や鼻に顔料をつけてはしゃぎ、最後は二人ともカラフルな部族の人のような顔になり、さゆりさんに揃ってドラム缶風呂に放り込まれていた。
ドルンゾ山で保護した、ビークニャのクーもハナと一緒に留守番だ。大岩の家の牛やヤギの乳をもりもり飲んで、元気いっぱい飛び跳ねている。時折ハナを乗せて歩いたりしているので、帰ってくる頃にはハルが乗れるくらいの大きさになっているかも知れないな。
相変わらずハルの後を付いて歩いている
一度、ハザンとアンガーという、意外な組み合わせの二人が、大岩の家を訪れた。ハザンが、わからなくて通り過ぎたと文句を言いながらも、隠し扉に興味深々の様子だった。仕組みを聞かれたじーさんは、ニヤリと笑っただけだった。実は俺たちにも教えてくれない。
二人は武器の改造を依頼しに来たらしく、アンガーは握り込むのではなく、拳に装着出来るコンパクトな爪が欲しいらしい。メリケンサックみたいな感じか?
俺が絵に描いて見せると『手の甲で防御が出来ると、もっと良い』と、更に注文を付けていた。
ハザンは『十字槍の
希望は仕込み武器らしい。
じーさんは珍しく
ハザンとアンガーは長居した上、大飯をくらい、とうとう泊まっていった。
ハナはアンガーが気に入ったらしく、頭に登って耳にかぶりついていた。『アンガー』の発音が難しいらしく『ガー!』とかなり縮めて呼んでいた。アンガーは、珍しく笑みを浮かべてハナの相手をしていたので、子供は嫌いではないようだ。
さゆりさんが、俺とハルのお揃いのポンチョに、新しい刺しゅうをしてくれた。ビークニャとユキヒョウとキツネ二匹とネコ。ラーナの猿もいる。俺とハルが
ちゃんとユキヒョウはハナっぽいし、キツネはリュートとさゆりさんで、ネコは気難しいげだし猿はおっとりして見える。糸と針でこれだけのことを表現できるさゆりさんは、実は大した芸術家だと思う。それなのに、なぜ絵はあんなに下手くそなのだろう。
ポンチョには内側にカンガルーポケット(パーカーのお腹部分付いているポケットの事)を付けてくれたので、使い勝手も良くなった。
俺たちは、二週間を愛おしむように過ごした。それは冬の最初の日に見つけた陽だまりのような日々だった。
見失ってしまえば、二度と見つからない秘密基地のように思えて、俺は、心の大切な場所にそっとしまい込んだ。
明日の朝はまた、ハナが目を覚ます前に、大岩の家を出る。
また、旅が始まる。
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