第三章 偽耳とビークニャ

第一話 チュッチョマ族の放牧地へ

 名残惜しくもあわただしく、ラーザの街を発って三日。キャラバンは再びドルンゾの山道に差し掛かっていた。辿たどる道筋は、ほぼ往路と同じ。だが今回は山岳民族との接触が予定されている。


 彼らはチュッチョマ族と言い、ドルンゾ山脈に住む遊牧民で、アルパカに似たビークニャ(モコモコ山羊ヤギという意味らしい)という家畜と共に、季節ごとの放牧地を移動して暮らしている。


 チュッチョマ族。発音が難しいんだよ! 三回言ってみろと言われたら一回目で噛む自信があるぞ!


 それは俺だけではなかったらしく、チョマ族と呼ばれている。


 キャラバンはチョマ族にラーザの干物や塩を届け、ビークニャの毛織り物や細工物を仕入れる。ビークニャの毛は柔らかくて保温性が高く、高級品なのだという。細工物も精細せいこうでとても人気があるんですよ、と言ったロレンの目が勝機を見極める賭場師とばしように光り、ハルが少しおびえた。


 今の季節チョマ族はラーザ側の山裾やますそにテントを張っているらしく、順路を外れてそこを目指しゆるやかな登り道を進んで行く。


 通信手段もなく、統一された時間の測り方も決められていないこの世界では、約束も契約もあやふやになる。だいたいとか、このくらい、といったニュアンスで行動する。人々は待つ事にも待たせる事にもおおらかだ。


 そんな感じなので、丸一日かけてチョマ族の放牧地に到着し、閑散とした風だけが吹き抜けていても、誰もがっかりしたり怒ったりしない。俺とハル以外は。いや俺たちも別に怒ってはいないが。


 俺はもう『遊牧民』『山岳民族』と聞いた時点で、頭の中でケーナ(ペルーの縦笛)の笛の馬頭琴ばとうきん(モンゴルの弦楽器)が鳴り響いていたし、ハルはビークニャの群れを見るのを楽しみにしていた。


 俺たちがあからさまに肩を落としていると、ハザンが「なにそんなにがっかりしてんだ?」と聞いてきた。


 ハルが「ビークニャ見たかった」とシュンとして言い、少数民族への郷愁きょうしゅうとか、憧憬しょうけいとか、そんな事を説明するボキャブラリーなんか持っていない俺は「面白そうだったから」と答えた。ハザンは、ほっこりとハルを見つめた後、可哀想な子を見るような目で俺を見た。


 クッ! お前が日本語覚えろよ!


 ロレンが来て『二日くらい待ちましょうか』と言った。また随分ずいぶんと気の長い待ち合わせだな!


 干物の賞味期限は一ヶ月程度なので、許容範囲らしい。ロレンが頭の中でソロバンをはじいてる気はするが、会えるチャンスがあるなら、俺は是非ぜひ彼らに会ってみたかった。


 なぜならチュマ族の人たちには、耳がないという噂があるのだ。


 もしかして地球から来た人たちかも知れない。そして、今も耳がないなら、さゆりさんに起きたこの世界の人たちとの同化の原因を知っているかも知れない。


 そんなこんなで、チュマ族の放牧地の片隅で野営の準備がはじまる。山越えで標高が高くなり気温が下がると、テントでの寝起きがキツくなるので、狭いのを我慢して馬車の中で寝る。この辺りはギリギリテントを張る気温だ。


 ハルはテントを、張ったり片付けたりする様子を見るのが大好きだ。筋肉兄弟の筋肉が大活躍するのもこの時だし、アンガーのロープ裁きの鮮やかさも光る。


 ガンザとヤーモは森に入って小動物を狩ったり、木の実や野草をりに行く。食事の支度にはまだ時間があるので、俺はガンザールさんたちに同行する事にした。ハルに『あっち(テントの方)を手伝って来てもいいぞ』と言ったら『ぼく役に立たないから』と言って狩組について来た。狩りでは役に立つつもりらしい。頼もしいな! ロレンはチュマ族に頼まれている品を確認したり、在庫チェックをしている。


 山は季節的には春から夏に向かっているところだ。緑が勢いを増し、水はぬるみ、動物たちは子育てに忙しい。


 ハルがむかごの群生地ぐんせいちを見つけたので、カゴいっぱいにる。春のむかごは小さいが栄養価が高く味も濃い。乾煎からいりにしてオヤツにつまむ。チーズと一緒に焼いても美味い。むかごは山芋のつるにできるので、山芋も掘る。こっちは時間も根気も必要な作業だ。ヤーモさんも呼んで、ナイフのさやで慎重に掘り進める。なかなかの大物だ。リュートにもらったナイフは、狩りでの獲物の解体や、こんな時に大活躍している。


 ようやく山芋を掘り出し、ガンザと合流する。ヤーモさんはキノコか山菜を探すと言って、のっそりと森の奥に入って行った。ヤーモはのんびりとしていて動きが緩慢かんまんだが、誰よりも体力があり、いざとなったら素早く動く。マイペースな人だ。


 ガンザールさんがウサギを2羽と山鳥を1羽、俺が山鳥を1羽、ハルがウサギを1羽仕留めた。充分な獲物だ。俺もハルも徐々に安定して獲物を仕留められるようになり、ホクホク顔でキャラバンへと戻る。


 獲物の解体をして、晩メシの支度に取り掛かるとするか。


 生き物を殺して食料にする作業は、なかなかヘビーで心に来る。血が多く出る生き物は尚更なおさらだ。だが、それは日本でスーパーの食肉売り場の肉を買っていた頃も同じだ。


 誰かが俺たちの為に、手を血で染めていたのだ。


 食べた植物や動物の、命の分まで自分が生きる。そして自分が何者かの食料となる事も、あり得るのだと受け止める。俺もハルも、この事を、じんわりと染み込んで来るように実感した。


 まあ、最近ではウサギがぴょんぴょんしてるの見て、お、美味そうなウサギ、とか思うんだけどさ。人間て、つくづく慣れる生き物だよな。


 さて今日のメニューはどうしよう。山芋をトロロごはんで食うか、お好み焼きを作るか。ハルに聞くと、


「お好み焼き!」と答えが来た。


 ソースもマヨネーズもかつお節もないぞ?


 青のりと雑魚ジャコを入れて、お焼き風にするか!


 まずはジャコの乾物とゴマを乾煎からいりしてから、大根の葉を細かく刻んで入れる。本当はしょう油を回し入れたいところだが、持ってきていないので、濃いめの味で塩胡椒する。しょう油と味噌は今のところ、さゆりさん家族内のみでめておこうと思っている。


 沢山たくさん作って、明日の朝はジャコ入りおにぎりにしよう。


 ハル、山芋すりおろしてくれな。あ、手、気をつけろよ。


 山鳥とむかごをバターでソテーし、上からチーズをのせてまた焼く。


 水で溶いた小麦粉と卵とすりおろした山芋を混ぜ、バラの花のように繊細なキャベツを、ザクザクと千切りにしたものとジャコを入れて焼く。


 これで二品か。ピクルスがあるから、後はスープでも作るか。


 赤かぼちゃを茹でてから潰し、ザルでしてミルクでのばす。赤かぼちゃは皮は鮮やかな赤だが、中身は白い。真っ白でコクのあるスープができた。真っ赤な皮を細く切って炒めたものを入れたら、とてもいろどりの良いスープの完成だ。


 おら! 腹ペコ野郎ども! メシだメシだ! 集まりやがれ!


 男所帯は長くなるにつれ、荒々しくなるな。なぜだろう?



▽△▽


 今日のメニュー


 朝 赤魚入り雑炊、ピクルス


 昼 まん丸魚(塩漬け)のバター焼き、海藻とゴマのスープ、焼きバナナ


 夜 山鳥とむかごのチーズ焼き、ジャコ入りお好み焼き、赤かぼちゃのクリームスープ

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