第四話 続・似顔絵描きます。
昼過ぎに来た客に、なんだか見覚えがあった。何度か見かけた顔だ。
似顔絵を描きながら、考える。
「おとーさん、本屋さん、画用紙買う本屋さんのおじさんだよ」
ハルが近寄って小さな声で教えてくれた。
あ! 本当だ! 眼鏡かけてないからわからなかった。特徴のある、細くこめかみに沿うような小さな耳。俺が毎週大量に画用紙を買いに行く、本と画材と文房具を扱っている店のご主人だ。あっ、と小さく声を上げた俺に、
『いつもお世話になってます』的な事を言いたいのだが、いかんせんボギャブラリーが足りない。俺は白紙の画用紙を取り出して見せてから、「タカーサ(ありがとう)」と言った。俺の言葉が
偶然かもしれないが、なんだか様子を見に来てくれたような気がして、俺はずいぶんと張り切ってしまった。片眼鏡有り無しの他に、店で本を読んでいるところと、居眠りをしているところを描いて渡した。
ご主人は絵を指差しそのあと自分を指差して、コテンと頭を傾ける。『俺、居眠りしてるか?』といったリアクションだろうか。無駄に可愛らしい仕草だが、言葉がわからない俺とコミュニケーションを取ろうとしている。それが伝わってきて、俺は余計に嬉しくなった。
うん、買い物に行くと大抵いつも居眠りしてるぞ!
居眠りをしている絵をもう一度指差して、苦笑を浮かべる。ハルがこの世界の言葉で「ラローリー(そっくり)」と言って笑った。本屋のご主人は似顔絵の他に、街道から見たシュメリルールの街の風景画も買ってくれた。
「また画用紙、買いに来いよ。おまけしてやるから(爺さん訳)」と言い、鼻歌をうたいながら上機嫌で帰って行った。
今日は思い切ってシュメリルールの街にハルを連れて来た。昨夜は楽しみで眠れなかったらしく、行きの道中はずっと爆睡していた。今は似顔絵屋スペースの隅で折り紙を折りながら、店番もしてくれている。護衛として一緒に来てくれた爺さんは、少し離れた階段に腰かけて似顔絵屋の様子を眺めたり、時々いなくなって戻って来たり、俺が困っていると寄ってきて言葉を訳してくれたりする。父兄参観日のようで少し気恥ずかしい。
客待ちの間は、広場の風景をスケッチする。弦楽器を演奏する三人組の大道芸人や、広場の隣に建つ風車小屋、道端で
ハルに呼ばれ顔を上げると、どうやら客が来たようだ。スケッチブックの『似顔絵を描きますか?』のページを開いて見せながら、この世界の言葉を口にする。二人の子供を連れた男性が頷いて、子供たちを椅子に座らせる。順調な滑り出しだ。
先が黒く、ふさふさと毛に覆おおわれた大きな耳と、太くてがっしりとした尻尾はカンガルーを思わせる。男の子は緊張して固まっていて、女の子は尻尾と足をゆーらゆーらと揺らし好奇心の
俺はカンガルー父さんに軽く頭を下げ、似顔絵を描き始める。しばらくすると子どもたちの集中力が途切れてきたので、俺は片手を頭の横でグーパーしながら『アトリューン(こっち見て)』と言い、視線を求める。二人はキョトンとして、その後ニパッと笑顔になった。
うむ。良い笑顔だ。
似顔絵を描く時は時間との勝負だ。子供の集中力は続かないし、大人はじっと見つめていると羞恥心に負ける。雑談でもできればいいのだが、今の俺ではとうてい無理な話だ。
完成品を二人に見せ、父親らしき男の人に渡す。『銀貨1枚になります』と書いてあるスケッチブックを見せて、銀貨を受け取る。『タカーサ(ありがとう)』と礼を言うと、カンガルー父さんがペラペラーッと何か話しかけてきたが『私はこの国の言葉が話せません』を見せると、俺の肩をポンポンと叩き子供たちの手を引いて帰って行った。
親子連れの後ろ姿を見送っていると、後ろから声がかかる。次のお客さんだ。
▽△▽
夕方の鐘が鳴るギリギリに、最後の客の絵を仕上げた。夕焼けの色に染まる街並みに、鐘の音が高く響くのを聞きながら、画材や看板を片付ける。ふとナナミの絵を手にして動きが止まる。海辺の街からこの街に来る人もいると聞いたので、ナナミの似顔絵を置いて情報を求めることにしたのだ。
絵の下には『この人を探しています』と書いてある。俺の役どころは『逃げた嫁を探して、子連れで長い旅をしている異国の画家』。自分でも似合う気がして笑ってしまう。
ナナミを探すために路銀が必要だったから、似顔絵屋をはじめた。ナナミを探すために必要だったから、この世界の言葉を覚えようと思った。だが似顔絵屋をやるうちに、俺はこの世界の人たちと話したいと思うようになっていた。
俺に何を伝えようとしているのか知りたい。俺が思っていることを伝えたい。この世界の人たちと、この世界ときちんと向き合いたい。ついこの間まで、テーマパークのエキストラなんじゃないかと疑っていたくせに。我ながら現金なものだ。
少しでも伝えられるように、少しでも聞き取れるように、この世界の言葉を覚えたい。
他言語を口にする、日本人特有の気恥ずかしさなど、この際かなぐり捨てようじゃないか! ああ、ラノベの異世界転移にもれなく付いてくる、現地語の自動翻訳スキルが今、切実に、たまらなく欲しい。
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