風鈴

陽月

風鈴

 チリリン。チリーン。

 風に誘われて、みんなは気持ちよさそうに歌っている。

 けれども、私は、私だけは歌うことができない。どうしても。

 お店のおばさんは、私が歌えないことを知っているのだろうか? と、よく考える。

 きっと、知らないのだろうと思う。だって、知っていたら、私をこうして吊しておくなんて、できやしないのだから。

 歌えない風鈴なんて、ただただむなしいだけ。歌えない風鈴に、風鈴の価値はない。


 それでも、見かけだけはまあまあな私だから、たまにお客さんが手に取ってくれる。

 けれども、そこまで。それでおしまい。

 歌えないことを知ってしまえば、途端に私は候補から落ちる。同じ人に手にとってもらえることはない。


 こんな私をいつまでも他のコたちと一緒に吊しておく、おばさんを少し恨んでいる。

 だって、私は歌えないの。周りで楽しそうに歌っていても、いくら風に誘われても。

 どうせなら、工場に送り返してくれればいい。

 そうすれば、もう一度融かされて、新しく生まれ変わることができる。きれいな声で歌うことができる風鈴に。

 その時が来ないまま、私はここにいる。

 歌えない私なんて売れやしないのに。いつまでもお店に置いておいても同じ。秋になって、片付けて、来年また出してきたって同じ。いつまで経っても売れるものですか。


 お客さんが一人、私の方にやってきた。周りのコは、ここぞとばかりに歌声をアピールしている。

 お客さんは一つずつ手にとって、その歌声を確かめている。歌声は、やはり大切な要素だから。

 私にも、手が伸びる。けれども私は歌えない。


 歌えない私の中をのぞき込む。

 やめて。そこには歌うことのできない理由があるの。見ないで。

 ああそうなのかという表情をして、私を持ったままレジへ進む。そこには、お店のおばさんがいる。

 歌えないことを伝えてくれるんだ。そう思った。これで生まれ変われると。


 なのに、レジでお客さんは、私の予想を裏切った。

「これをいただくわ」

 割れないように新聞紙で包まれて、箱に入れられた。

 真っ暗。その間、私はどうして買われたのかを考えていた。

 結局、次に光に会うまでには、その答えは出なかった。


 お客さんは、私を箱から出して、何か中をいじっていた。くすぐったいったらありゃしない。

 どうにか作業が終わったらしく、私を目の高さまで上げて、そっと指で振動を加える。

 そんなことしたって、私は歌えないのに。

 チリリーン。

 どこからか風鈴の歌声が聞こえた。


「こんな風に歌いたかったんでしょ」

 お客さんは、私にそう語りかけると、もう一度、振動を加えた。

 うそっ。私が歌っているの?

 チリリン。

 ああ、歌えている。私が歌っている。


「あの場所にいた、他のどの風鈴よりも素敵な音よ」

 それはどうだか分からない。だって、あの場所ではみんなの歌声が嫌でしょうがなかったのだから。

「あなたの歌いたいって言う声が、聞こえた気がしたの。だから、魔法をかけたのよ」

 ああ、ありがとう。

 そう、ずっと歌いたかった。歌いたくて、歌いたくてしょうがなかった。


 生まれ変わらなくても、今の私のままでこんな風に願いが叶うなんて、思ってもみなかった。

「いい、あなたはそのお礼に、この暑苦しい夏に私を少しでも涼しくするのよ」

 お客さんはそう言って、私を窓辺に吊り下げた。

 もう、いくらでも歌える。風に誘われればその分だけ。

 あなたのためなら、いくらでも歌うわ。

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