第122話 フレイジング

「あの虫共を一掃出来る秘策がある」


 私は周囲を警戒しながら、そう話を切り出す。


「なに、本当か?」

「ええ、本当よ……」

「どんなだ?」

「虫共を全部焼き払う秘策よ……」


 詳しくは聞いてないけど……、たぶん、火をつけるんだと思う……。


「焼き払う? 砦に火でもつける気か?」


 知らないけど、たぶん、そんな感じだと思う……。


「うん、そんな感じ、だからね、協力してほしいの、あなたたちが全滅して、すべての虫共が私たちに向かって来たら、この秘策は終り、私たちも全滅する」


 いくら私たちでもあいつら全部を相手に出来ない、数百匹以上いるのだから。


「なら、どうすればいい? 戦わないで、逃げ回り、時間を稼げばいいのか?」

「それだと秘策が実行されたとき、あなたたちは虫共と一緒に焼き殺されてしまう、それでは意味がない、あなたたちも助けたい、なので、まず、虫共の包囲網でもっとも薄いところを突破する……」

「ああ、なるほどな、おまえの考えが読めた、分断するのだな、敵味方で、防衛ラインを構築して膠着状態を作り出す、それならば時間も稼げて一石二鳥だ」


 感心する……。


「ええ、その通りよ、あなたにそれが出来る?」

「俺様を誰だと思っている小娘、俺様は帝国上級騎士のシェイカー・グリウム様だぞ、そんなことは造作もない」

「それは頼もしい」


 私は口元をほころばせる。


「腕に覚えのあるものはいるかぁああ!?」


 と、シェイカー・グリウムが剣を振り上げて叫ぶ。


「これより、突撃を慣行する! 腕に覚えのある帝国騎士は我に続けぇえええ!!」


 そして、ひとりで、もっともガルディック・バビロンが集中している方向に走り出す。


「そっちかよ」


 思わず吹き出してしまう。

 でも、いいアイデアかもね……。

 燃える展開、士気が上がる。


「上級騎士様が突撃なさったぞおお!!」

「上級騎士様をひとりで死なせるなぁああ!!」

「遅れを取るなぁああああ!!」

「全員突撃しろぉおおおお!!」


 ひとり、またひとりと駆け出し、シャイカー・グリウムのあとを追い、さらには追い抜き、そして、


「「「うおおおおおおおお!!」」」

「「「わああああああああ!!」」」


 と、大きなうねりとなっていく。


「どらあああああああ、一番槍だあああああ!!」

「くらえ化け物があああああ!!」

「死ねやあああああああああ!!」


 槍を水平に構えた一団が先頭を切ってガルディック・バビロンの群れに突撃していく。

 いわゆる、ランスチャージだ。


「こぴろー」

「いぴろー」

「とぴろー」


 これには虫共も反応出来ない、横一列、数十人によるランスチャージは強烈で、ガルディック・バビロンが次々とその槍の餌食になっていく。

 しかし、そこは巨大な虫の群れ、数十人によるランスチャージを受け止め、その前進を止める。

 でも、


「突撃いいいいい!!」

「うおおおおおお!!」

「だらあああああ!!」


 そこで終わらない。

 後方から殺到する兵士たちが、虫共に止められた槍兵の背中に足をかけ、その上を飛び越えて、ガルディック・バビロンの群れを上空から急襲する。


「うおおおおおお!!」

「どらあああああ!!」


 次々とその背中を飛び越えていく。

 そして、剣を突き刺し、虫共の身体から黄色い液体を噴出させる。


「ぎゃあああああああ!!」

「いっぎゃあああああ!!」


 当然、虫共も反撃してくる。


「負けるな、帝国騎士よ!!」

「押せ、押せ、押せぇえええ!!」

「怯むな、接近して突け、突きまくれぇええ!!」


 仲間が無残に食われようとも怯まない、気迫で前進し続ける。


「これはいける……」


 そう確信して、和泉たちの位置を確認する。

 彼らは虫共が私に近づかないように、その周辺で戦ってくれていた。


「ありがとう」


 と、小さくお礼を言う。


「ハル、蒼、獏人、一旦、戻るぞ、公彦たちと合流して、あいつらのあとに続く、取り残されたら終りだ!!」


 そして、彼らに向かって大きな声で叫ぶ。


「「「おおお!!」」」


 私は先頭を切って走り、東園寺たちの元に向かう。


「公彦、どう!? 彰吾の魔法は行けそう!?」


 到着早々、開口一番にそのことを尋ねる。


「ナビーフィユリナ、わからん、この通りだ」

「リータ、フテリ、メルィル……」


 人見は先程と同じように、目を閉じ、そんな呪文を唱えている。


「彰吾は10分と言っていたか……、あとどのくらいだ……、5分は経ったか……」


 ちょっとうつむき加減で考える。


「とりあえず、みんな、突撃しているシェイカー・グリウム隊のあとに続くよ、ここに取り残されたら終りだから、彰吾も、いい!?」

「リータ、フテリ、メルィル……」


 と、聞いても人見は無反応……。


「なにやってんだ、こいつは!? これ、魔法じゃなくて、なんかの病気なんじゃないの!?」

「「「えええっ!?」」」


 みんなが大袈裟に驚く。


「もういい、獏人! 彰吾を担いで!」

「うい」


 と、佐野が人見を肩に担ぐ。


「リータ、フテリ、メルィル……」


 担がれてもうわごとのように呪文を唱え続けている……。


「うひ、気持ち悪い」


 佐野にも笑われてるよ……。


「よし! じゃあ、行くよ! みんな付いてきて、セイレイもね、はぐれちゃ駄目だよ!」

「おうさ!」

「行こう」

「はい、ファラウェイ様」


 と、みんなが返事をしてくれる。

 私たちは全速力で、突撃しているシェイカー・グリウム隊を追う。


「大丈夫かぁ、怪我人はいるかぁ!?」

「た、助けて、くれ……」

「こっちも頼む……」

「気をしっかり持て、今助けに行くからない!!」


 途中、大勢の怪我人やそれを救助している人たちとすれ違う。


「ナビー、どうする、俺たちも救助に加わるか?」


 と、和泉が私に並び聞いてくる。


「血路を開く、どの道、あそこを突破しなければ全滅する、助けたところで意味がない……」

「わかった、全力で行こう……、エンベラドラス、殉教者の軍勢、死の絶望が汝を燃え上がらせる……」


 和泉が魔法の詠唱に入る。


「蒼、撃て!」

「おうさ! アポトレス、水晶の波紋、火晶の砂紋、風を纏え、静寂の風盾バビロンレイ


 走りながら、魔力を込めた矢を放つ。

 矢は放物線を描き、ガルディック・バビロンに吸い込まれる。


「「「わあああああああ!!」」」


 そのとき、前方の人の壁が割れる……。


「ぎゃああああああ!!」

「ひいいいいいいい!!」


 悲鳴が轟く。

 虫共に逆に突破された。

 割れた人壁の向こうから数匹のガルディック・バビロンが飛び出してくる。


「うしろ、うしろおおおお!!」

「ぎゃあああ、助けてぇえ!!」


 そして、その虫共が方向転換して、後方から兵士たちに襲いかかる。


「あいつらをなんとかするよ!」

「「「おお!」」」


 私は走る速度を上げる。


「たぁあ!」


 そして、兵士たちを襲うガルディック・バビロンの背後からドラゴン・プレッシャーを振り下ろす。


「とぴろー」


 虫は黄色い液体を噴出しながら倒れる。


「よし!」

「ナビー!」


 と、横からガルディック・バビロンの歯茎が伸びてくる。


「ひっ!?」


 口を開けながら、黄色い液体を撒き散らしながらこっちに伸びてくる。


「レージス、光を閉ざした虚無の剣、弾けて砕け、剣気破弾ディバロマ!」


 気合とともに、東園寺がその歯茎に向かって剣を振り下ろす。


「公彦!」


 歯茎がべちゃりと地面に落ち、うねうねと動き回る。


「いぴろー」


 東園寺がブーツで踏みつけてとどめを刺す。


「炎を纏え、双炎爆裂エゼルキアス


 和泉の剣から炎が噴出し、それを振り下ろすとガルディック・バビロンは真っ二つになり、その両方から炎が上がり、バチバチと焼ける。

 必死に応戦するけど、数が多い、味方の割れた人壁の隙間から次々と虫共が這い出してくる。


「あそこを塞がないと、どうしようもない!」


 私たちはそこに向かって突入していく。


「たぁあああ!」


 ドラゴン・プレッシャーを振う。


「ナビーフィユリナ!」


 東園寺が私の背中を守ってくれる。


「とぴろー」

「いぴろー」


 でも、数が多い! 


「ドース! イース! アース! ボース! ベース! ダース! ビース! ニース!」


 この呪文は確かザトーの、でも、その声はセイレイのもの。


「なに……?」


 私は振り返る。


「はぁああああああ!!」


 疾風が駆け抜け、私の長い金髪が風に舞う。

 振り返ったその時には彼女はもういない、私の横を通過したあとだった。


「ええ!?」


 と、再度振り返り、正面を向く。

 ドンッ、という音が響き、ガルディック・バビロンが後方に他の虫共を巻き込みながら勢いよく飛んでいく。


「セイレイ!」


 そう、彼女が身体ごと突っ込んで、その剣を突き刺したのだ。


「ファラウェイ様……」


 と、セイレイは乱れた銀髪を耳にかけ、軽く微笑んでみせる。


「セイレイ……」


 ザトーの魔法を真似してやってみたのか……、それで、出来てしまったのか……、いきなり……。


「突破したぞぉおお!!」


 そのとき、最前線からそんな叫び声が聞こえてくる。


「やったか!」


 と、私は歓声を上げる。

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