第120話 地獄の門
人々は恐怖と畏敬の念を込めて、こう呼ぶようになった、地獄の門、ガルディック・バビロン、と……。
これは先帝サテリネアス・ラインヴァイス・ザトーの言葉だ。
そう、やつは確かに言っていた、地獄の門と……。
千騎長アンバー・エルルムに命じていたのはこれのことだったのか……。
「うわああああああああ!?」
「いっぎゃああああああ!!」
阿鼻叫喚、人々は逃げ惑い、悲痛な叫び声を上げる。
その巨大な、醜悪な姿が遠目からでもわかる……。
ぶよぶよとした羽のないセミのような茶色の下半身と、深緑色のカマキリのような上半身、そして、ハエのような複眼の巨大な顔……。
その口が大きく開き、ネバネバとした黄色液体が何本も垂れ下がり、そして、口の中から歯茎全体が飛び出し、身近にいた兵士の首に噛み付く。
「あう、あう、あがああああ!!」
そして、そのまま元の、本体の口の中に引きずり込まれ頭からバリボリと食われる。
「地獄の門、ガルディック・バビロン」
その光景に心底ぞっとする……。
「な、なんだ、それは、ナビー……?」
人見が声を絞り出す。
「虫よ……、それも、超巨大な虫……、この前の会談で、ハルに大怪我を負わせた相手、それと同種のやつ……」
一匹だけじゃなく、他にも飼っていたのか……。
「なんだって……あれが、虫、なのか……」
人見が目を凝らしてやつを見る。
「うわあああああああ!!」
「逃げろ、逃げろおおおお!!」
「ひっひぃいいいい!?」
「く、くるな、くるなああああ!!」
敵味方関係なく、兵士たちが我先にと逃げ出していく。
「ここを開けろぉおお! 開けろって、言って、んだよ……?」
扉を叩く兵士の頭にネバネバとした黄色の液体が何本も垂れ下がる。
「な、な、なぁああああああ!? あっぎゃあああああああ!!」
上からあの歯茎が伸びてきて、兵士の顔面を食いちぎる……。
「う、上にもいるぞおおお!?」
「いや、こっちにもいるぞ!?」
「待て、そこにも!?」
ガルディック・バビロンは一匹じゃなかった。
あの建物の上にも、外壁の上にも、砦の中にも……。
「えええ、ええええ!?」
「こっちに、あっちにも!!」
「どうなってんだ、これは!?」
カサカサと壁を歩く巨大な虫の影が目に入る……。
数匹なんてものじゃない……、うじゃうじゃと数百匹はいる……。
「包囲されてるぞおおお!?」
誰かが叫んだ。
そう、私たちはガルディック・バビロンに完全に包囲されていた。
「はははは、帝国の勇者たちよ、援軍を連れてきたぞ、我々の勝利だ、さぁ、敵を駆逐せよ、帝国に歯向かう者は皆殺しだ!!」
その台詞とともに、高い塔の上に現れたのは、細い目と尖った顎、それにピンと張った口ひげの男、千騎長アンバー・エルルムその人だった。
「これは勅命である! 先帝サテリネアス・ラインヴァイス・ザトーの命だ! 賊はひとりたりとも逃がしてならん、皆殺しにせよ!!」
黒革のクロークが風にはためく。
「ふははは、ふはははは!!」
そして、空に向かって高笑いをする。
「ふは、ふあ?」
その高笑いは途中で止まる……。
やつの胸をあの伸びる歯茎が貫いたからだ。
「ふあ? ふへ?」
何が起きたのか理解出来ないようだった。
でも、私には見えていた、やつのいる塔に、ガルディック・バビロンの群れが登っていくのを。
「おご、ごご、ご、ご……」
伸びる歯茎が回転しながら、ドリルのようにやつの身体をえぐる。
それも、ひとつではなく、無数の歯茎が……。
「あげげ、げげ、げげ……」
やつの身体が血に染まり、肉を食い散らかされていく。
「ひぃいい、千騎長が食われている……」
「だ、誰か、助けて、あんな死に方、嫌だよ……」
その凄惨な食われ方を見て、敵味方関係なく戦意を喪失していく。
「もう駄目、駄目……」
「ああ、ああ、神様ぁ……」
その場にへたり込む者まで出始める。
「人見!」
「ここにいたのか、なにをやっていた!?」
上から人が降ってきた。
「それにナビーじゃないか、どうしたんだ!?」
それは東園寺たち4人だった。
「公彦! ハル! 蒼! 獏人!」
と、みんなの名前を叫ぶ。
「うひひ」
佐野の野郎が嬉しそうに笑ってやがる!
「このぉ! 無事だったかぁ!」
と、両手を広げて抱き着いてやる!
「うひひ」
うん、嬉しそうだ!
「みんなも無事だった? 怪我はしてない?」
みんなと合流出来てほっとして、そう尋ねる。
「平気さ、な、ハル?」
「ああ、問題ない……」
「それより、ナビーフィユリナ、なんでおまえはここにいるんだ?」
最後のは東園寺の台詞だ。
「うん? えっと、お、落ちちゃった、の、かなぁ……?」
動揺して苦しい言い訳をしてしまう。
「落ちただぁ……?」
彼が疑いの眼差しを私に向ける。
「あ、キミは……」
と、和泉が私のうしろにいるセイレイの存在に気付く。
「この前はどうも……」
セイレイが少し棘ある話し方で言う。
けど、和泉にはその言葉はわからない。
「ジョルカさん、だっけ……?」
「ううん、ジョルカはウソの名前、本当の名前はセイレイっていうの、私たちの仲間になった、えへん、すごいでしょ」
腰に手をあてて自慢げに言ってやる。
「セイレイさん……? 仲間に……?」
「ああ、なんでも、牢屋に捕らえられていたところをナビーに助けてもらったらしい」
と、人見が補足してくれる。
「えへん」
さらに鼻高々。
「まぁ、いい、詳しい話はあとだ、人見、このピンチを打開出来る秘策はあるか、あいつら化け物は人間がどうこう出来る代物ではない、このままでは全滅するぞ」
東園寺がガルディック・バビロンの群れを見ながら言う。
「ある、と、言えば、ある……、取っておきの秘策がな……、だが、それには時間がかかる……」
「どれくらいだ?」
「10分、その時間を稼げれば、俺がすべての虫どもを焼き払ってやるよ」
「そうか……、10分だな、それでいけるんだな……?」
「ああ……」
と、人見が人差し指でメガネを直す。
「みんな、聞いての通りだ、10分だ、耐えるぞ」
「「「おお!!」」」
と、東園寺の号令に、みんなが武器を振り上げて応える。
「おおお!」
私もドラゴン・プレッシャーを天にかざして叫ぶ。
「セイレイは危ないから下がってて、みんな馬鹿みたいに強いから大丈夫だよ!」
と、現地の言葉で彼女に伝える。
「は、はい、ファラウェイ様……」
セイレイは二、三歩後退する。
「リータ、フテリ、メルィル……」
人見が聞いたことのない呪文を唱え始める。
「蒼、無闇に撃つなよ、ヘイトがこっちに向いたら厄介だ」
「ああ、ギリギリまで引き付ける」
こっちは和泉と秋葉の会話だ。
「うわあああああああ!!」
「助けてくれ、誰か、誰かぁああ!!」
「あっぎゃあああああ!!」
ガルディック・バビロンは逃げ惑う兵士を追い駆けてバリボリと捕食するばかりで、こちらには興味を示さない。
「こないな……」
「ああ、ついてる」
「もしかして、魔法か? 防衛陣に警戒して近づいて来ないのか?」
と、みんなが話し合う。
「あがあああああああ!!」
「助けてください、ナギ様方ぁあああ!!」
「いたい、いたい、いたい!!」
敵味方問わず虐殺されていく、その中には当然、ナスク村の人たちも含まれる……。
「どうする、東園寺、助けに行くか?」
「いや、動くな、人見を守れ、魔法詠唱中だ、人見の邪魔になるようなことはするな」
「くっ」
東園寺が和泉の提案を即座に却下する。
「リータ、フテリ、メルィル……」
人見が目を閉じ、静かに魔法を唱え続ける。
なんだろうな、この呪文、同じフレーズばかり繰り返している……。
「いやああああああ!!」
「おぎゃあああああ!!」
「ぎゃああああああ!!」
人々の悲鳴が絶え間なく砦内に響き渡る。
悲鳴とともに聞えるバリボリという骨を砕く音も私の精神を消耗させる……。
「駄目だ、東園寺、助けにいく」
「やめろ、和泉、ここの死守に専念しろ、これは命令だ」
「しかし!」
二人が口論する。
人見の魔法が完成するまでの10分間……、守ったほうがいいのか、それとも攻めたほうがいいのか……、これは、分水嶺、運命の分かれ道になりそうね……。
「立て、逃げるな、帝国騎士たちよ、その誇りを忘れたか!!」
そのとき、砦の中庭、その中央に赤いマントがひるがえる。
「俺は帝国上級騎士、シャイカー・グリウム!!」
そして、その剣を振りかざし、広場の兵士たちを見渡す。
「今は敵味方と争っている場合ではない、人間全員、ここにいる全員であの化け物どもと戦うぞ! 全員協力しろ! 人間同士で争うことは俺が許さん!!」
よく通る声でシャイカー・グリウムがそう宣言する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます