第117話 超常
カチャ、カチャ、と、音を立て、セイレイが壁にかけてあったカギを使い、自分にかけられた手錠を外す。
その彼女を無言で見守る。
迷いや不安が消え、気力が回復したのか、先程と比べて足取りもしっかりし、普通に動けるようになっていた。
ガチャリ、と、外した手錠を鉄格子の上に落とす。
手錠がされていた手首を触り骨折などはないか確かめる。
そして、小さくうなずく。
大丈夫みたい。
「じゃぁ、どこかで着替えるか……、ボロボロの服もそうだし、そのボサボサの髪や汚れた顔もなんとかしたいでしょ?」
独房を出ながら、セイレイにそう提案する。
「どこかない? 詳しいでしょ?」
さらに肩越しに尋ねる。
「どこと、申されましても……、剣闘の控え室ならば、一通り揃っているかと……」
「よし、そこに行こう! で、どっち?」
「はい、ファラウェイ様、こちらです」
と、セイレイが私を追い抜き、先頭を歩き出す。
「案内よろしく」
そのあとに続く。
寒々とした石造りの通路を歩く。
敵兵とは出会わない……。
ぴちゃり、ぴちゃり、と、水の滴り落ちる音が響く……。
遠くからは、戦闘の声だろうか、悲鳴や怒号がかすかに届く。
そして、何度か階段を昇り降りしていると目的の場所に到着する。
「では、こちらへ……」
セイレイの先導で控え室に入っていく。
この前のように、闘技場側からではなく、おそらく裏口だろう、そこから中に入る。
控え室は広く、ずらりと武器や鎧が立ち並ぶ。
「じゃぁ、さっそく着替えて、急いでね、時間がないから」
「はい、ファラウェイ様」
彼女がボロボロの服を脱ぎ捨て、棚からタオルを取り、それを洗面台の水で濡らし、汚れた顔や身体を拭いていく。
その間、私は置いてある武器類を見て回る。
「バスタードソード、ロングソード、クレイモア……」
名称、呼び名は違うだろうけど、私の記憶にある武器の形状と照らし合わせて、それに近い名前を口ずさんでいく。
「ジャベリン、パイク、トライデント、バルディッシュ、ハルバード……」
どこの世界でも、その戦闘の要素を考えると同じような形状の武器が作られる……。
「ガストラフェデス、クレインクインクロスボウ……」
見たことのない、用途が想像出来ない武器などひとつ足りともない。
「フルプレートアーマー、キュイラッサーアーマー、チェーンメイル……」
鎧も同じ、デザインは違えど、その用途は容易に想像がつく。
「まだかな……」
と、セイレイがほうに視線を移す。
彼女は綺麗に髪を整え、今は白い、清潔そうなシャツに袖を通しているとこだった。
「やっぱり綺麗な子だね……」
長い銀髪が艶やかに光る。
そして、シャツやズボン類の内着を着たあと、黒いレザーメイルを手に取り、それを装備していく。
紐が多く、着用するのに時間がかかる……。
「「「わあああああああ!!」」」
そのとき、外から大勢の兵士たちの叫び声が聞えてくる。
「「「おおおおおおおお!!」」」
それは建物が揺れるくらいの大きな雄叫びだった。
天井から埃が落ちてくる……。
「ああ、そっか、公彦たちがやったのか……」
そう、おそらく、正門も開放に成功した。
これは友軍が雪崩を打って砦内に突入しくる音だ。
「急がないと」
友軍より早く、先帝サテリネアス・ラインヴァイス・ザトーを見つけなければならない。
「セイレイ、まだ?」
「ただいま……」
彼女が急いで鎧を着込む。
「そうそう、ザトーの居場知ってる?」
「いえ、詳しくは……、奥の居住区だとは思いますが、伺ったことはないので……」
セイレイがそう答える。
「そっか……」
まぁ、一番奥にいるだろうね、ああいうやつは常に暗殺の心配をしているだろうから。
「整いました」
と、セイレイが鞘に収められたバスタードソードを帯革に差し込みながら言う。
黒一色のレザーメイルに銀色の鞘、ヘルムは被らず、綺麗な銀髪を軽く結い、背中におろす。
「うん、綺麗な上に強そうだ」
彼女の立ち姿に満足してうなずく。
「「「わあああああああ!!」」」
「「「おおおおおおおお!!」」」
カタカタ、カタカタ、と、装備類が置いてある棚が揺れる……。
それだけで、激しい戦闘が繰り広げられているのがわかる。
「セイレイ、とりあえず、その居住区とやらに案内して」
まず、そこから捜索を始めよう。
「はい、ファラウェイ様、こちらです」
と、セイレイが入ってきた扉とは逆の方角に向かう。
そこは大きな出入り口……。
そう、ここは剣闘士の入場口だ。
暗い通路の先に明かりが見える……。
カツカツ、と、早歩きで進み、光の先に出る。
石畳の通路から砂の地面に変わる。
すぐに明るさに目が慣れる。
目に入るのは、サンドイエローの砂の地面と広大な闘技場。
直径30メートルほどの円形状、その石壁にはずらり松明が並び、闘技場全体を明るく照らす。
砂の上を歩くと、キュッキュ、と、新雪のような音が出る……。
キュッキュ、キュッキュ、と、砂に言わせながら進み、闘技場の中央付近までくる。
「ふぉっふぉっふぉ、誰かと思いきや、いつぞやの小娘ではないかぁ……、賊というのは貴様らだったのかぁ……」
静まり返る闘技場内にその声が響き渡る。
声の方角を見る。
そこは豪華な観覧席、そして、その中央には大きな金色の椅子……、それに深く腰掛けるは、
「先帝サテリネアス・ラインヴァイス・ザトー」
まさか、こんなに早く出会えるとは……。
「何しに来おった、わしの部屋に……」
「ここが、おまえの部屋かよ」
思わず笑ってしまった。
「いい趣味してんな、闘技場が自室だなんてな……、自室にひきこもって、毎日、毎日、殺し合いの観戦かぁ、いいご身分だなぁ……?」
私は方向転換し、やつに向かい歩きだす。
「おお? 小娘のうしろに控えておるのは、皆殺しのジョルカではないか、おぬし、寝返ったのか?」
ザトーがセイレイの存在に気付き言う。
「はい、先帝陛下……、今はジョルカではなく、セイレイと名乗っております……、ファラウェイ様よりこの名を賜りました……」
セイレイが恭しく答える。
「ふぉっふぉっふぉ、わしがおまえに与えた名、ジョルカは気に入らなんだか、そうか、そうか」
「私のセイレイにジョルカなんて気色悪い名前付けたのおまえかよ」
「強そうじゃろ? 一流の剣闘士の名に相応しかろうて」
殺してやる……。
はやる気持ちを抑えて、ゆっくりとやつに向かい歩く。
「ほほう……、まさか、わしとやる気なのか……、小娘の分際で、このわしと……?」
ザトーがギロリと私を見る。
「お相手願えるかなぁ、じじい……」
その目を真っ直ぐに捉えてニヤリと笑って見せる。
「ファラウェイ様……」
うしろのセイレイが口を開く。
「お気を付けて、先帝はお強い……、私が知る限り最強の剣闘士、その不思議な力、超常の力の前には誰も太刀打ち出来ません……」
「知っている」
あのヒンデンブルクのネックレスだろう?
それを回収しに来た。
「小娘、その肩に担いでいる、ごついの、それが貴様の得物か?」
ザトーが顎で私のドラゴン・プレッシャーを指し示す。
「そうだけど?」
やつに向かい、ゆっくり歩きながら答える。
「やはり、貴様もまた超常の力の使い手か……、どっこらしょっと……」
と、言い、やつはその豪華な椅子から立ち上がる。
手には黄金の鞘に収まった剣が握られている。
「やるか、小娘……」
そして、その剣を前に出し、鞘から剣を引き抜く。
「ああ、じじい、どこからでもいい、かかってこいよ……」
やつに殺意を向ける。
「なめおって、小娘が……、わしを誰だと思っておる、身のほどを知れ、小娘がぁああああああ!? ぶっ殺すぞ、ああああああああ!?」
ザトーが目を剥き、泡を噴きながら叫ぶ。
「なめてんのは、てめぇだろうがぁ、クソじじいぃいい!? でけぇ声出せばびびると思ってんじゃねぇぞ、このやろうぉおお!?」
と、怒鳴り返してやる。
「くそがぁあああああ!!」
と、ザトーが抜いた鞘を乱暴に放り投げる。
「うおおおおおおお!!」
やつが雄叫びを上げ、そして、
「ドース! イース! アース! ボース! ベース! ダース! ビース! ニース!」
と、何かを唱えた。
「ドーーーーーーーン!!」
その声とともに地面を蹴る、それも凄まじい速度で。
蹴り足から砂煙が巻き起こり、やつの身体が宙を舞う。
「な、に……?」
私は空を見上げる。
天井近く、上空10メートル以上の場所を飛んで行く。
やつのブルーの法衣が風にはためく……。
「魔法か……?」
さらにザトーは私を飛び越え、
「どらぁああああああ!!」
と、闘技場の真ん中に着地する。
「やるぞ、小娘、最強の剣闘士の実力、とくと見せてやるぞおおお!?」
鬼の形相で叫ぶ。
間違いなく魔法だ……。
しかも、やつの剣、赤く光っている……、あれも、ヒンデンブルクの魔法の剣だ……。
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