第50話 青菜に藍いでる

 私のお誕生会から一週間が過ぎたある日。


「ピッピ、ピッピ、ピッピ」


 と、晴天のヒンデンブルク広場にそんな笛の音が響き渡る。


「ピッピ、ピッピ、ピッピ」


 その笛の音は、私がくわえた小さな黄色のホイッスルから出ている。


「ピッピ、ピッピ、プピッピ、プピッピ、ピー、よーし、全体止まれ!」

「ぷるるぅ!」

「めぇ!」

「めぇえ!」

「くるぅ!」

「ぷーん!」


 と、私のうしろをついてきていたみんなが返事をしてくれる。

 ちなみに、最後尾は現地の少女エシュリン。

 そうそう、ピップたちひよこは連れてきていない、もう少し大きくなってから、彼らは今頃ラグナロク広場の牧柵の中を元気に走り回っているはずだ。


「あっ」


 と、振り返った拍子に麦わら帽子が風に飛ばされそうになり、私はとっさにそれを手で押さえる。


「危ない、危ない……」


 これは、大事な麦わら帽子、福井たち生活班の女子が夜なべして作ってくれたもの。

 まっ、厳密には麦わらじゃないけどね、それっぽいやつで編んだもの。

 それに、ピンクのリボンをつけて、かわいらしくしてある。

 ちょっと、麦わら帽子をあげて空を見上げる。

 雲ひとつない晴天、真夏が近づいているせいか、日に日に陽射しが強くなっていく。


「ぷるるぅ!」


 と、ウェルロットが私のお腹にコツンと頭突きをする。


「めぇ!」

「めぇえ!」


 さらに、シウスとチャフが私のワンピースの裾を噛んでひっぱる。


「くるぅ!」


 それに、子犬のクルビットまで加わって、私の服を脱がそうかという勢いでひっぱる。


「きゃ、やめ、やめ!」


 と、私は服を脱がされないように、肩紐とワンピースの裾を手で押さえる。


「めぇ!」

「めぇえ!」

「くるぅ!」


 こいつら、本気で私の服を脱がす気だ! 


「ピー!」


 と、大きくホイッスルを鳴らす。


「駄目! 今は訓練中だよ、諸君!」


 さらに、そうお説教をしてやる。


「めぇ……」

「めぇえ……」

「くるぅ……」


 うん、反省したみたい。


「よーし! もう一周行くよ! ピー!」


 と、笛を鳴らして、くるりと反転して前を向く。


「ピッピ、ピッピ、ピッピ」


 そして、歩きだす。

 牧柵の中、その外周をみんなで行進する。


「ピッピ、ピッピ、ピッピ」


 行進は軍隊の基本だよね、彼らの訓練は軍隊式でやらせてもらうよ。


「ピッピ、ピッピ、ピッピ……」


 なんか、おかしい……。


「ピッピ……、ピッピ……、ピッピ……、あ、うん……」


 お尻がくすぐったい! 

 と、思ったら、みんなが私のスカートの中に頭を突っ込んで、なんかやってるよ! 


「ふざけやがって! 行進も出来ないのか、この弱兵どもめ! 罰としてランニングだ! ついて来い!」


 と、私はみんなを振り切って走りだす。


「ぷるるぅ!」

「めぇ!」

「めぇえ!」

「くるぅ!」

「ぷーん!」


 みんなも元気よくついてくる。


「負けないからねぇ!」


 と、さらに加速! 


「ぷるるぅ!」

「めぇ!」

「めぇえ!」

「くるぅ!」

「ぷーん!」


 みんなも負けじとついてくる。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 でも、10周くらいでギブアップ……。


「はぁ、ひぃ、はぁ、ひぃ……」


 と、地面に手をついて、そのままへたり込む。


「ぷるるぅ!」

「めぇ!」

「めぇえ!」

「くるぅ!」


 ああ! 

 人が疲れて果てている時に、みんなが襲いかかってきたよ! 


「はぁ、ひぃ、はぁ、ひぃ……、許してぇ……」


 でも、どうしようもない……。

 目を固く閉じて、草の上に大の字に寝転がる。


「ぷるるぅ!」

「めぇ!」

「めぇえ!」

「くるぅ!」


 色々舐めてくるけど、もう成すがまま。


「ナビー、お飲み物取ってくる、ぷーん!」

「うん、お願い、エシュリン……」


 と、そのまま力なく手を振る。


「ぷるるぅ!」

「めぇ!」

「めぇえ!」

「くるぅ!」


 うう……、くすぐったい、くすぐったい……。

 と、目を開けてみると……。


「ああ!? いったい、どこを舐めてるんだぁ!?」


 ワンピースが色々めくれて、酷い事になってる! 

 私は急いで色々隠す。

 実は、牧柵の外に結構人いるんだよね……。


「このぉ!」


 もう怒ったぞ! 

 反撃だ! 

 まず、ウェルロットの首を両腕で抱きしめて、その頬のあたりを額でぐりぐりしてやる。


「ぷるるぅ……」


 次にシウスとチャフを太ももではさんで……。

 こ、これは駄目だ、また下着が見えちゃう……。


「くるぅ!」


 そうこうするうちにクルビットが私の胸の上に乗ってふわふわの尻尾をぶるんぶるん振りながらお鼻のあたりを舐めてくる。


「うー、うー……」


 私はくすぐったくて、顔をそむける。


「ああ……」


 さらに、シウスとチャフがスカートの中に頭を突っ込んで、そこからお腹のほうまで登ってくる。


「もう、駄目ぇ……、好きにして……」


 と、諦めて、また大の字になって寝転がる。


「めぇ!」

「めぇえ!」


 そして、クルビットを押しのけて、ワンピースの襟元からシウスとチャフがちょこんと顔を出す。


「こらぁ……」


 と、両手でシウスとチャフの頭をなでてやる。

 でも、幸せだなぁ……。

 大の字に寝転がりながら、真っ青な空を見上げる……。

 そして、顔のすぐに横にあった白い小さなお花を一輪摘んで唇の上に乗せる。


「はむ、はむ……」


 それを唇でもてあそぶ……。

 ああ……、幸せ……。


「ナビー、持ってきた、ぷーん!」


 と、エシュリンがお水の入ったペットボトルを二つ持って帰ってきた。


「あ、ありがと、エシュリン」


 私は身体を起こす。

 すると、シウスとチャフがまたワンピースの中に入ってするすると下に滑り落ちていく。


「ひゃ! こ、こらぁ……」


 スカートの裾をつまんで、ひらひらとさせて彼らを追い出す。


「はい、ぷーん!」

「ありがと、エシュリン」


 あらためて、彼女からペットボトルを受け取る。

 そして、キャップを外して、一口、口に含む。

 一気にゴクゴク飲みたくなるけど、そうすると具合悪くなるんだよね、この身体は……。

 なので、口に含んで、少しずつ飲み込む……。


「ぷるるぅ……」

「めぇ……」

「めぇえ……」


 草をはみだした彼らを見ながら、ゆっくりお水を飲む。

 静かになって、さらさらとした風に揺らされる葉音が聞えるようになる……。


「くるぅ! くるぅ!」


 あ、またうるさくなった! 

 クルビットが膝の上に乗って、遊んで欲しそうに私の顔を見上げる。


「クルビットはお腹いっぱいなんだよね」


 そう、お昼に猪肉の燻製とミルクをいっぱい食べたからねぇ。

 と、優しく顎のあたりをくすぐるようになでてやる。


「よし!」


 と、私はペットボトルのキャップを閉め、膝の上のクルビットをどかして立ち上がる。


「くるぅ! くるぅ! くるぅ!」


 私が何をやるのか察したのか、クルビットも飛び跳ねながら、私の周囲を走り回る。


「よーし! じゃぁ、エシュリン、シススたちが、きゅー、ぷーん、したら、わっぱ、ぷーん、お願いね!」


 落ちていた麦わら帽子をかぶりながら言う。


「わっぱ、ぷーん」


 と、彼女は笑顔で返してくれる。


「いこ、クルビット!」

「くるぅ!」


 私は笑顔で手を振りながら駆け出していく。

 そして、子犬と一緒に牧柵から出て、その脇に置いておいたリュックサックから荷物を取り出す。


「よーし……」


 私が手にしたのは黄色のフリスビー。


「くるぅ! くるぅ!」


 フリスビーを見たクルビットは飛び跳ねて大喜び。


「ふふふ、牧洋犬の訓練と言ったらこれだよね……」


 私はフリスビーを構えて投げる仕草を繰り返し、そして、


「そぉれ! 取ってこぉい!」


 と、空高く黄色のフリスビーを放り投げる。


「くるぅ! くるぅ!」


 クルビットが大喜びでそれを追い駆ける。


「よーし! 負けないぞぉ!」


 私もそれを追い駆ける。


「あははは」


 と、太陽を見上げながら、麦わら帽子が風に飛ばされないように手で押さえながら、空高く舞った黄色のフリスビーを追い駆ける。

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