第48話 弱さを許さない

 木から木へ、木から木へと男子たちを追走する。


「おまえら、慎重にな、ゆっくり進め」


 と、東園寺が言ってくれていたので、彼らを追うのにはそんなに苦労しなかった。

 やがて、前方にうっすらとした柔らかな光が見えてくる。

 星光だ。

 ラグナロク広場が見えてきた。

 私は男子たちに見つからないように、遠回りに広場を目指して駆け出す。

 そして、大きくジャンプして柔らかな光に飛び込む。

 草原に着地! 


「どの辺だ?」


 と、私は広場を見渡す。


「男子たちが来たよ!」

「やっぱりこっちから来た!」

「唯、防衛陣、絞って、こっちよ!」

「わかったわ、雫!」


 と、私が位置を確認する前に女子たちの声が聞こえてくる。

 女子たちが開けた草原の真ん中に陣取り、魔法の防衛陣を敷いていた。

 ここは、ヒンデンブルク広場に向かう道のすぐ横、道を並走する感じで森の中を抜けてきたのか……。


「みんなぁ!」


 と、私はすぐに状況確認をして、女子のみんなのところに走っていく。


「ナビーが来たよ!」

「防衛陣開けて!」

追い風シュトラーゼ弱めて!」


 私は弱めてくれた防衛陣をくぐってみんなのところに行く。


「みんなぁ、えっとね!」


 人見が味方になってくれた事を伝えようとするけど、


追い風シュトラーゼ強めて、唯もう一発!」

「うん、行くね! シロス、権力によらず、暴力によらず、その身を押せ、追い風シュトラーゼ!」

媒体照射レティクル足りてる!? 光輝の流星陣フォール・ザ・アルテミスの張り具合は!?」


 と、みんな大忙し……。


「ほう、女子チーム、かなり本格的じゃねぇか……」


 そうこうするうちに、東園寺を先頭とした男子チームが、追い風シュトラーゼによる強風の中、平然とこちらに歩いてくるのが見えた。


「だ、大丈夫、この防衛陣はそう簡単には破れないから」

「そ、そうよ、私たちが苦心して築いた防衛陣なんだから!」


 と、女子のみんなが後退りながらも健気に言う。


「佐野、やれ」

「うい」


 東園寺の言葉に佐野が一歩前に踏み出し、


「うおおおおおお!!」


 と、雄叫びを上げながら猛烈な勢いでこっちに走ってきた。


「き、来た!」

「だ、大丈夫だって!」

追い風シュトラーゼもう一発打つね!」


 女子たちが身構える。


「うおおおおおお!!」


 佐野が二メートル近い巨体を揺らしながら突進してくる。


「ぐおおおおおお!!」


 そして、光輝の流星陣フォール・ザ・アルテミスの壁に両腕を突っ込む。


「がああああああ!!」


 バリバリと放電し、周囲に火花を散らす。


「うがおおおおお!!」


 やがて、パリンッ、という音を立てて光輝の流星陣フォール・ザ・アルテミスは砕け散る。

 そして、追い風シュトラーゼまでもが逆流し、強い風が私たちに吹き付ける。


「くっ……」


 と、私は両腕でクロスするように、強風から顔を守る。


「プシュー、プシュー、ぐふふ、きかないっすわぁ、そんな小細工……」


 佐野の両方の口の端から白い煙が出ている……。

 背中や肩からも煙が上がっている……。

 しかも、化け物みたいな顔で笑ってやがる……。


「きゃ、きゃああああ!?」

「たた、た、退散!!」

「に、逃げて、みんな、逃げてぇ!!」


 と、女子のみんなが恐慌状態になり蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「な、ナビー、退避よ!!」

「待って、雫」


 一言かけてから逃げようとする綾原の手を掴む。


「な、ナビー!?」

「聞いて、雫、私が合図したら彰吾に全力で媒体照射レティクルして、力が尽きるまで何発でも、それを唯にも伝えておいて」

「人見に? 彼は運営側よ?」

「大丈夫、話はつけておいたから、彼は私たちの味方よ」

「な、なら、今やりましょう、今こそ彼の力が必要な時よ」


 と、綾原は言うけど、私は首を左右に振る。


「今はまだ早い、今、彰吾の魔法を使っても同じよ、あいつがいる限り……」


 私は佐野に向き直る。

 まだ口とか背中から白い煙を出してやがる……。


「佐野は私がやるから、彰吾の力を借りるのはそのあとよ……」


 そして、一歩、やつに向かって足を踏み出す。

 あいつ、前にも、露天風呂攻防戦の時にも人見の魔法をぶち破っているからね。


「わ、わかったわ、唯にも伝えておく、無理しないで、危なくなったらすぐに逃げるのよ」

「うん、大丈夫、無理はしないから」


 少し笑顔をつくり、そして、


「佐野ぉおおおお!!」


 と、やつに向かって猛ダッシュする。

 もう、こうなったら、ルール無視でぶちのめして気絶させてやる! 


「アポトレス、水晶の波紋、火晶の砂紋、風を纏え、静寂の風盾バビロンレイ


 魔法を一発入れてさらに加速! 

 うーん! えい! 

 と、さらに、魔力拳、ゴッドハンド! 

 これが私の全力だぁ、佐野ぉおおお!! 


「ナビー? なに?」


 やつが私に気付く、でも、もう遅い! 

 両肩をわずかに弾ませ、足首の力で身体全体を浮かせる。

 すると、佐野は上を向く、その瞬間にやつの懐に潜り込む。

 このタイミング! 

 眠れ、佐野ぉおおお!! 

 渾身の力でやつの脇腹にゴッドハンドを叩き込む! 

 ガギンッ! 

 と、変な音がした……。

 い、いたい……。


「なに? ナビー、なんかした?」


 佐野に二の腕を掴まれた……。

 うそでしょ、こいつ……、魔法で補強した手首がじんじん痛いんだけど……。


「佐野、連れて行け」

「うい」


 と、東園寺が言うと、佐野は私の身体を持ち上げ肩に担ぐ。


「くっ、はなせぇ!」


 私は足をじたばたさせ、佐野の背中をグーでポカポカ叩く。


「大人しくしてよ、ナビー」


 と、言いながらやつはどこかへと歩きだす。


「ど、どこに連れて行く気よ!?」


 私はじたばたと暴れる。


「そうだなぁ、もう教えてもいいかなぁ……、えーっとねぇ……、割と普通なナビーフィユリナ記念タワーだよ、そこのてっぺん、そこがね、指定場所、東園寺さんのね……」


 なっ!? 

 と、じたばた暴れるのを止めて顔を上げる。

 すると、佐野のすぐうしろを歩く東園寺の姿が目に入る。

 赤い髪を逆立たせた精悍な顔立ちの屈強な男、東園寺公彦……、その彼が私と目が合うと、かすかに口の端を上げて笑う。

 こ、こいつら!? 

 私はなんとか、佐野から逃れようと抗うけど、やつはびくりともしない、とにかく、私の腰にまかれた腕がガッチリと固定されていて動かない。

 すり抜けようにも、もう片方の手で肩を捕まれているのでどうしようもない。


「くっ……」


 ゆっくりと、佐野は割りと普通なナビーフィユリナ記念タワーに向かって歩いていく。

 しばらく、逃げ出そうと暴れるけど、体力の消耗が著しい……。

 がっくり……。


「疲れたのかい、ナビー?」


 私はなんて無力なんだろう……。


「な、ナビーをどこに連れて行く気よ!」

「ナビーを返せ!」

「佐野ぉ、ナビーを放せ!」


 その時、女子のみんなが駆けつけてくれる。


「みんなぁ……」


 と、私は力なく、顔を上げる。


「よし! やるよ、みんな! シロス、権力によらず、暴力によらず、その身を押せ、追い風シュトラーゼ!」

「ハノーバ、冷たき地に身を休め、魔法障壁イージス!」

「アスシオン、煌く光、花より美しく、風を纏え、希釈の風剣バビロンイシル!」


 と、女子のみんなが呪文を唱える。


「おい、おい、佐野と公彦さんだけじゃないぜ」

「こっちもいるぜ……」

「最終決戦らしくなってきたじゃねぇか」


 と、男子たちも東園寺を中心に集まってくる。


「こっちもいくぜ! ベルベストーム、風説、邪説の最終速度、断ち斬れ、風爪テンペスト!」

「アポトレス、水晶の波紋、火晶の砂紋、風を纏え、静寂の風盾バビロンレイ!」


 男子たちも次々と呪文を唱える。


「佐野、先に行け、俺はあいつらを始末してから行く」

「うい」


 と、佐野は東園寺の指示でまた割りと普通なナビーフィユリナ記念タワーに向かって歩きだす。


「シフトしっかり! 唯を中心に防衛陣を敷いて!」

「サイドは私がやる!」

「和泉がいねぇ! ファイブエイスは誰がやる!?」

「秋葉は!? って、あいつもいねぇ!!」

「いい、俺がやる、媒体照射レティクルよこせ!!」


 男女入り混じりの大声が広場中に響き渡る。

 みんなが私のために戦ってくれている……。


「ナビー、暴れないでくれよ、落ちたら大変だからさ……」


 やがて、私たちはタワーに到着し階段を登り始める。

 一段、一段、階段を登っていく……。

 みんなが戦っているのに、私は……。


「この野郎、佐野ぉおお!!」


 と、最後の力を振り絞る。

 親指を人差し指と中指で握る、二本拳!

 それを佐野のこめかみに突き刺す! 


「うげぇ!?」


 と、佐野が悲鳴を上げると、私の身体を掴む力が僅かに緩まる。

 それを見計らって、佐野の腕をすり抜け、やつの肩を足場にして飛ぶ。


「ナビー!?」


 佐野が振り返り、空中の私を両手で掴もうとする……。

 でもね……。


「ポストストール機動クルビット」


 蝶のように、木の葉のようにひらりと佐野の腕をすり抜ける。


「このぉ!!」


 そして、そのまま身体を反転させて、佐野の頭に回し蹴り! 


「ぐぉお!?」


 さらに、タワーの外壁を蹴り、大きく飛び上がり、反対側の手すりの上に両腕を広げて、スタッと舞い降りる。

 ふふっ……。

 長い金髪が風に舞う……。


「決着をつけようか、なぁ、獏人ぉ……?」


 目を細めてやつを見やる。


「プシュー、プシュー、ナビー……、プシュー、プシュー……」


 佐野は口から煙を噴きながら、こめかみを手で押さえながら私の顔を睨みつける。

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