第2話 ナビーフィユリナ
新緑の香り……。
頬に触れるひんやりとした草花……。
ぼやけた視界の端で揺れる小さな白い花……。
「俺は……」
そう、俺は武地京哉。
元傭兵だ。
それも超一流の兵士。
発すれば雷神の如く、動けば風神の如く、戦う様は鬼神の如し、戦場の魔神、パーフェクトソルジャー武地京哉、それがこの俺だ。
なつかしい日々……。
あの栄光に彩られた賞賛の日々がなつかしい。
もう、戻れないのだろうか……。
小さな白い花を見ながらまどろむ。
ああ、なんだろうな……。
目を開けているのも辛くなり、そのまま目を閉じる。
もう一度、戦場へ……。
「ね、ねぇ、あなた、大丈夫!?」
と、身体を起こされた。
「あ……?」
固く目をつむり、それから、ゆっくりとまぶたをひらく。
まぶしい……。
太陽がまぶしい……。
真っ青な空までまぶしい……。
「ねぇ、大丈夫、怪我はない!?」
声の主を見る。
長い黒髪、整った顔立ちの女性、どこかで見た顔だな……、ああ、そうだ、俺の隣の席だった女子高生、あのプレッツェルをくれた子だ……。
「あ、ああ……」
声がうまくでない……。
太陽がまぶしい……。
俺は手をかざして陽射しを遮る。
なんだろうな、この違和感……。
さらにもう片方の手でも陽射しを遮る。
空にかざした両手……。
俺は手の甲、手の平と交互にかえし自分の手を見続ける……。
小さな綺麗な手だ。
「ね、ねぇ、だ、大丈夫……?」
プレッツェルの彼女が心配そうに俺の顔を覗き込む。
「あ、ああ……」
少しだけ声が出た。
そして、彼女の手を振り払うように半身を起こす。
意識が朦朧とする……。
俺は顔をぶるぶると左右に振る。
すると長い髪も左右に広がり、太陽の光をきらきらと反射した金髪が視界を覆う……。
俺は邪魔な長い金髪を両手で掻き分ける……。
……。
手汗が凄い……。
自分の白いワンピーススカートの裾をハンカチ代わりにして手を拭う……。
……。
俺は考え込む……。
そうだ、俺が搭乗していた旅客機が墜落したんだ。
少しずつ記憶が鮮明になっていく。
ハイジャックに失敗して、そして、墜落して……、それから、これは……。
ワンピーススカートの先から伸びた細い足と、さらにその先の可愛らしいピンク色のサンダル……。
「えっと、キミ、お名前は、ご両親とかは……?」
プレッツェルの彼女が心配そうに尋ねてくる。
「なっ……、に……?」
俺は顔をしかめる。
「あ、え、うん、うん……」
のどに何か詰まっているような感じでうまく声が出ない……。
「えほん、えほん……、こほん……」
と、数回、咳をする。
……。
俺はとりあえず、長い金髪を両手で押さえながら周囲を確認する。
そこは広場のようになった草原。
遠くには針葉樹の深い森と、さらにその奥に山々が見える。
そして、その広場の中央には大破した旅客機……。
しかし、奇妙な事に旅客機は爆発炎上どころか煙一つ立ち昇ってはいなかった。
旅客機はうしろ半分だけになっており、ただ、無残に大破した状態でそこに鎮座する……。
「大丈夫か!?」
「まだ中に人はいる!?」
「わからない、もう一回見てくる!!」
旅客機のそばには制服姿の高校生たちが大勢いて、しきりに旅客機に出入りしながら救助活動のような事をしていた。
その周囲には倒れている人や、それを介抱する人の姿も見える。
そして、ここでも奇妙な事、なぜか救助している人、倒れている人、介抱している人、そのすべてが同じような服装をしていたのだ。
そう、このプレッツェルの彼女と同じ制服を着た高校生ばかり……。
おかしい……、あの旅客機には他にも大勢の乗客が居たはずだ……。
客室乗務員は? 引率の教諭は? 全員中で死んでいるのか?
「夏目さん、その子は大丈夫?」
と、もう一人高校生がやってくる。
そうか、このプレッツェルの彼女は夏目というのか。
「あ、和泉くん、たぶん怪我はしていないようだけど、ちょっと私じゃわからない……」
「そうか……、キミ、名前は?」
と、和泉くんと呼ばれた男が俺の顔を覗き込む。
その顔は柔和、さらさらの黒髪の爽やかな感じのやつだった。
「えっ、あ……」
なんて言ったらいいかわからない……。
俺がハイジャック犯の武地京哉だとでも言えばいいのか……。
「たぶん精神的なショックでしゃべれないんだと思う……」
プレッツェルの彼女、夏目がそうフォローしてくれる。
「そうだよな、まさかハイジャックされて墜落するなんて思わないよな、普通……」
和泉が墜落した旅客機を見ながらつぶやく。
「えっと、ナビーフィユリナ・ファラウェイ……?」
と、夏目が俺の胸あたり見ながら言う。
「ナビー?」
「うん、ここに名札ある、5年3組、ナビーフィユリナ・ファラウェイって書いてある……」
俺は胸の名札を触り、そして、それを見る。
確かにそこにはナビーフィユリナ・ファラウェイとある……。
外国人だな、名前的に……。
俺は長い金髪を両手ですくいながら、しげしげと眺める。
「うーん……」
綺麗だ……。
手も白い、まっしろ。
この皮膚が薄い感じ、透ける感じがなんとも不思議だ。
「ナビー? お母さんたちは?」
と、夏目が笑顔を作り尋ねてくる。
「い、いや、ど、どうだったか……」
俺は視線を落としてそう答える。
「夏目さん……」
和泉が夏目の肩に手を置き、顔を左右に振る。
「あ、ごめんなさい……」
なぜか夏目が謝る。
「気をつけろよ、まだハイジャック犯がいるかもしれないからな!!」
「何か武器になるような物はないか!?」
と、救助にあたっている高校生たちが騒いでいる。
「機内に居なくても、その辺に隠れているかもしれないぞ!!」
「見つけたら絶対殺してやるからな!!」
「あんな凶悪犯、殺したって構わないだろ!!」
「とにかく武器だ、武器を探そう!!」
さらに、そんな事を大声で喚いている……。
でも、あいつらの気持ちもわかるぜ。
俺が逆の立場だったら、必ずハイジャック犯を見つけ出して八つ裂きにしてやろうと思うはずだ。
いや、ただでは殺さん、拷問してからだ、苦しめてから殺す。
必ずそうするよな。
なら、殺られる前に殺るか?
幸いにして、俺がハイジャック犯だということは、やつらにはバレていない、今が絶好のチャンスだ。
どう始末してやるか……。
少しうつむき、考え込む。
「どうしたの、ナビー?」
夏目が心配そうに俺の顔を覗き込む。
彼女の顔を見つめる。
「うん?」
と、夏目が笑顔を作る。
こいつらは俺の事をナビーフィユリナ・ファラウェイという少女だと思い込んでいる。
なにか、利用できないか……。
「バールだ、バールがあったぞ!!」
「他にも武器になりそうな物はないか!?」
「こっちに鉄パイプがあるぞ!!」
ちっ、危険だな。
いつバレるかわからない、考えている時間はないようだ、バレないうちに行動に移す。
だが、こんな身体で戦えるのか……。
勝負どころだな……。
俺は自分のまっしろな細腕を見る。
……。
「よし」
逃げよう。
逃げて戦力を整えよう。
戦うのはそのあとでいい。
俺はゆっくりと立ち上がり、そして、森の方角に向きを変えて全速力で走りだす。
「ぎゃん!」
だが、その直後、太ももの裏、ハムストリングに鋭い痛みが走る。
「なっにぃ!?」
足がつった!
そして、そのまま足がもつれて草むらにダイブしてしまう。
う、うそだろ。
「ナビー!?」
夏目が血相を変えて駆け寄ってくる。
「怪我はない!?」
「くっ!」
脱走がバレた、今度こそ殺される。
俺は必死にもがきながら、草むらをかき分けて、四つん這いで進む。
「ナビー!!」
だが、しかし、すぐに追いつかれてしまう。
「くそぉ!」
こうなったら戦うしかない!
「かかってこい! 俺はパーフェクトソルジャーだぞ!」
手をグーにして渾身の力でぐるぐるパンチしてやる。
「痛い、痛い、ナビー、やめて、落ち着いて、もう怖い事なんてないんだから!」
と、夏目が目をつむり顔や身体を庇いながら叫ぶ。
「このぉ! このぉ! このぉ!」
俺のぐるぐるパンチが次々と夏目の顔や身体にヒットする。
よし、いける!
「とぉ! たぁ! はぁ!」
俄然勢いづく。
「な、ナビー、どうしたの、も、もう、やめなさい!」
と、夏目が手を伸ばし、俺の額を押さえて近づけないようにする。
「な、なにぃ!?」
俺のぐるぐるパンチが届かなくなった!
「ちっくしょう! このぉ! このぉ! このぉ!」
それでも俺は全力でぐるぐるパンチを繰り出す。
「このぉ! このぉ! このぉ!」
さらに、足も使う、キックだ!
だが、届かない。
「このぉ! このぉ! こぉ!?」
そのとき、うしろから誰かに捕まえられた。
「ど、どうしたの、急に!?」
男の声だ、さっきの和泉とかいう男子学生か!?
「くそぉ! くそぉ! はなせ! はなせぇ!」
その手から逃れようと激しく抵抗する。
「ナビー!」
さらに前からも夏目に抱き着かれる。
「心配いらないから! 悪いやつらが来てもみんなが守ってくれるから! だから落ち着いて!」
彼女が俺を捕らえながら大きな声で言う。
「はなせ……、はぁはぁ……、はなせ……」
息が上がって苦しい……、本当に苦しい……。
もうぐったり、体力のすべてを使い果たしてしまった。
「殺すなら、殺せ……、はぁはぁ……」
「殺さないから! 誰もナビーに酷い事なんてしないから!」
と、夏目が俺を強く抱きしめながら叫ぶ。
「はぁはぁ、はぁはぁ……」
「大丈夫、大丈夫……」
そんな時間が続く。
「しかし、どうしちゃったんだろ……」
しばらくして、和泉が心配そうな表情で俺の顔を覗き込む。
「錯乱してるんだと思う、あんな怖いことがあったから……、かわいそうに……、でも、もう大丈夫、落ち着いてきたから……」
「そうか、よかった……」
「大丈夫だよ、大丈夫だよ……、もう悪いハイジャック犯なんていないからね……」
彼女がそう言い俺の背中をさする。
「それにしても、なんでハイジャックなんてするんだよ……、俺たちに何の恨みがあるんだよ、こんな子まで……、あんなやつ永久に呪われろ」
和泉が吐き捨てるように言う。
「ナビー、落ち着いた? じゃぁ、みんなのとこに戻ろっか?」
と、夏目が俺の肩を抱いて立たせようとする。
「夏目さん、手伝うよ」
和泉も反対側から俺の身体を支える。
「うん、ありがとう、和泉くん」
そして、俺は高校生たちの輪の中に連れていかれる。
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