第5話 熱帯草原の小さな家

 サバンナに突如現れた、廃墟の昭和風日本家屋の秘密にせまる!


 私はまず、その和風庭園の様子を観察した。きれいな形に剪定された立派な松の木が何本か植わっていて、マメに手入れされているようだ。……よく見ると、幹に説明文のプレートがついている。「ラジアータパイン」という、北米原産で南米で広く植林されているマツらしい。


「この木はきれいな形だけど、誰かが切っているの? 手入れが大変そうだけど」

「『ボス』が色々してるのを見たことがあるわ。ボスが気合をいれると、ズバババーッ!て切れるのよ」

 私が尋ねると、カラカルが答える。

 ボスさんは、植木のこまめな手入れも得意なフレンズのようだ。


 聞くところによると、この家は、彼が時々立ち寄る場所らしい。


 この庭はマツ林で囲まれている。マツは過酷な環境でも育つ植物で、北半球原産だが、サバンナ地方の乾燥した熱帯草原とも相性が良い樹木と言える。日本の浜辺でもよく見かけるように、防風・防砂林として……あるいは野生動物やセルリアンの侵入を防ぐ障壁として植えられているのだろうか……。




 白砂青松の庭園に思わぬ所で遭遇し、その風景にはひどく関心させられたものの、他の庭木としては、土着のものらしい野性的な木々――サバンナに似つかわしい種類が多く使われているようだ。


 夕日に染まった赤い世界……ボトル型のふくらんだ幹と、根っこを逆さにしたような枝の、特徴的なシルエットを見せるバオバブの木……。そんなに大きなものではないが、図鑑やドキュメンタリー番組で見るような、あるいはフランスの児童文学の挿絵そのまま……サバンナを象徴する樹木をミニチュアサイズで鑑賞できるとは……。


「これにも名札が……。『アフリカバオバブ』か……」

「ん? それは『いのちのき』よ。雨が降るころになると、おいしい実がなるの」

「その木は中にくぼみがあるから、雨の水が溜まって飲めるのよ。あと、ゾウさんが木の皮をはがして水を飲んだりするわね」

 カラカルとキリンの解説。葉っぱが無いのは今のサバンナが乾季だからで、雨季になれば、青々と生い茂る緑葉の景観と栄養豊富な果実が楽しめるのであろう。


 生命いのちの樹か……聖書や北欧神話などにもその考えが出てくるが……この枯れたようなバオバブが、雨季になると生き返ることから、フレンズはそう呼んでいるのだろうか。


 木のうろには、黄色に濁った雨水が溜まっているが、煮沸でもしないかぎり飲む気はしないなぁ……。


 庭木のなかには、見たことがないような謎めいた木もあった。普通の木とサボテンの中間のような木で、木の幹に一面トゲが生えた植物だ。名札には「ディディエレア」そして「和名カナボウノキ」と書いてある。見事に特徴を示した日本語名である。説明書きによると、雨季になると多肉植物のような葉っぱが一面に生えるらしい。




 庭の観察をしていると、突然ゾウを模した置物の鼻から散水が行われて、ひどく驚かされた。


「わあっ! びっくりしたぁ!」

「あはは。そのおもちゃのゾウさん、時々鼻から水を出すのよ。お日様が出てるときに、何回もね」


 カラカルの証言から推測すると、あの大きな耳のゾウさんは、日中に動作する自動式スプリンクラーらしい。庭木の水遣り用か、あるいは日本古来の、気化熱を利用した冷却方法――「打ち水」のためだろうか。水分蒸発の吸熱反応で涼しさをもたらし、埃や砂塵を抑えて、乾燥した空気に適度な湿気を与える……湿気が多い日本より、この熱帯サバンナの水が蒸発しやすい乾燥した気候にこそピッタリの、自然のクーラーではないか。


 家屋の裏手に貯水塔のようなシルエットの建造物が立っているが、あれはやはり水のタンクだろう。断水時の非常用に、サバンナの住居では必須に違いない。水の大切さは、今日一日の冒険で理解している。


 勝手口近くの、コンクリート製ゴミ箱のようなもののフタを開けてみると、やはりと言うべきかゴミばかり。野菜の腐って干からびたような黒いかさかさした皮状のものが、底にへばりついている。……しかし、このゴミ箱は構造が奇妙だ。内側が二重になっていて、内部空間との隙間が砂で満たされている……。もしかして、これはゴミ箱ではなくて冷蔵庫か?

 打ち水と同様の原理で、水分の蒸発で気化冷却をする非電化冷蔵庫(といっても材料は、大きさの異なる素焼きの壺ふたつと、砂と水だけ)が、インドやアラビアで使われていると聞いたことがある。「ジーアポット」とか言ったような。



 そうこう調べるうちに、灯籠風の庭園灯や家屋内部の照明が一斉に点灯した。


「ああ、あのへんな形の石はね、お日様が隠れて暗くなると、急に光り始めるのよ。私が推理するに、お月様のかけらをユウカイして、あそこにカンキンしているのでは……? ううーん、ジケンのにおいがするわね……」

 キリンの説明からすると、あの苔むした古風な石灯籠は、光量の変化をセンサーで察知する自動点灯装置と思われる。


 ……現代文明から遠く離れた未開のサバンナの地に、突如出現したレトロな和風家屋とこじんまりした日本庭園……見た目こそ古めかしいが、らしい。誰が、何の目的で建てたのだろうか……。




 辺りが明るくなってよく見えるようになると……造園用の大きな岩の隙間に、のに気が付いて、少々ぎょっとした。


 彼女も前々からこちらに気が付いていると思うが、それでも瞑想にふける修行僧のごとく、虚空をじーっと見つめながら……と微動だにしないでいる。


 色々思う所はあったが、フレンズを姿と考えると、価値観やマナーを押し付けるべきではない。私は彼女に尋ねてみた。


「あ、あのぉ……どうして岩に挟まっているんですか……?」

「んん? そりゃあなた、それはわたしが、岩に挟まりたいからに決まってるでしょ」

 彼女はにべもなくそう言い、私達のほうを一瞥すると、ぴょこっと岩の隙間から出てきた……。灰色の丸い耳と尻尾をした子だ。一見、ネズミのような、クマのような……何の動物か特定できない。


「ういっす。私はイワハイラックス。イワダヌキとも呼ばれるけどね」

「あなたはタヌキのフレンズさんなんですね」

「ううん。こう見えても、ゾウさんやジュゴンさんの親戚なのよ。……日向ぼっこしてたんだけど、暗くなって寒くなってきたから、に帰ろうーっと」


 そう言いながら、イワハイラックスは「日本家屋」に向かって庭石の上を歩いていき、玄関の中へ――ではなく、なんと外壁を登り始めた! なんの足掛かりもない壁を、まるで手足が吸盤になっているかのように軽快にクライミングしていき、二階のガラス戸を開けて窓から中に入っていった……。


 いや……玄関と階段使えよ……。


 うーむ、やはりフレンズとは、人ならざる能力と思考を持つ存在であるなあ……と私は思った。


 ちなみにハイラックスのロングセーターのは……意識しなくとも、ふつうに見えちゃうんだからしかたがないだろ! 私の名誉のために書き加えるが、いかがわしい考えは一切無いから!




 ……さて気を取り直して、我々もこの「巣」にお邪魔させてもらうとするか……。


「お邪魔しまーす」

「え? ハナコさん、ダレのナニをじゃまするんですか?」

 アードウルフが無邪気な様子で尋ねたので、誰の邪魔もしないよと答えた。

 フレンズ達は見た目と身体能力のみならず……今までの彼女らの発言を考慮すると、日本語の遣い方もヒトと少々異なるらしい……。




 二階建ての和風住宅は、80年代の田舎の中流家庭をかのようなものだった。

 黒い瓦敷きの切妻屋根や、緑青の青みがかった銅製の雨どいは、ひどく古びているものの、破損している様子はない。明るい色のレンガと白いコンクリートの、土埃まみれの汚れた外壁は、長い間雨風を受けていることを示すが、これもほとんど劣化していないようだ。窓ガラスもこれまた汚れているが、割れているものは無い。


 綺麗に掃除すれば、十分人が住むに値する……というか、今も本当に人が住んでいるのでは? と思わせる状態の良い物件だが……廃墟特有の人気ひとけを失った空気が流れているのを感じる。




 ……玄関のドアノブに手をかけると違和感を感じた――見た目からして引き戸かと思っていたが、観音開きだった……西洋式フランス窓風の、内開きのドアである。


 日本では雨仕舞が良くて寒さが入りにくい「外開き」が多いと聞いたことがあるが……「雨季」のあるサバンナでも、その方が好ましいはず……? もしかして、この構造はセルリアンや猛獣に対する防犯用だろうか――ドアが「内開き」なら、内側に家具を置くなどしてバリケードを作成可能だし、ドアの「蝶番」が外部に露出しないので攻撃されにくい。


 玄関にお邪魔すると……青い石畳の土間、向かって右に下駄箱、竹製の傘立てにこうもり傘。右奥には二階へと続く急な階段が見える。玄関ドアの上部には、ゾウやキリンやアカシアなどの動植物を描いた、明り取りのためのステンドグラス風飾り窓……。

 いわゆるイメージ通りの日本家屋であるが……上り口が無くて、靴のまま入れる海外式になっている点は非常に違和感があるな……。


 入口付近には、金魚鉢風の古びた大きな水槽がある。しかし中に水はなく、魚の死骸だか水草の枯れたのだか分からないような、干からびた茶色のゴミのようなものが砂だらけになって、底石の上に横たわっているだけだ。濾過フィルターや照明器具やポンプが設置されているが、壊れているらしい。




 階段の横手の廊下を進むと、右手に台所があった。白のタイルづくりの美しい流し台には、レトロな色合いのまほうびんや、ホーロー製の花柄のケトル、塩やみその保存用らしい壺、プラスティック製ビーズの珠のれんなどで、色とりどりに彩られている。記憶の無い私にも「懐かしい」と思わせるような、日本人の原風景的に訴えかける、古い家庭のキッチン。

 さらに電熱線式のコンロ……っぽい見た目のIHクッキングヒーター……。昭和三十年代の電気式炊飯器、のようなタイマー付き新型炊飯器……。やはり古いのは外見だけで、中身は最新式か……。


 それにしても、さっきから気になるのは……キッチンの床に寝転がっているフレンズ……。ツノ状の前髪や、鹿のような耳など、スプリングボックに似ている――レイヨウのフレンズだろう。

 ブラウスにシックなベスト、スカーフ風ネクタイ、赤と黄色のチェックのスカート……。なんとも上品な雰囲気を漂わせるフレンズである――床の上に寝っ転がって、シャツとスカートをまくり上げてお腹と下着を見せながら、よだれを垂らして熟睡している点を除けば――の話だが……。


「この子、私の友達。セーブルちゃんです」

「おおぅ……ここで寝ると、ひんやりして気持ちいいわね~」

「草食の子が、まわりを気にせずこんなにぐっすり寝られるのも……フレンズになったおかげと、『むら』があるからよね。私は全然寝なくても大丈夫だけど!」

「ここアリ塚みたいで、収まりがよくて安心します~……」

 スプリングボックは友達と一緒に寝転がる。カラカルは家猫のようにお腹を見せてごろごろする。キリンは正座したまま寝始める。アードウルフは、狭い所が落ち着くとばかりに、流しの下の戸棚に入りだす始末。


 ……みんな自由だねえ。私も今日は色んな事がありすぎて疲れたな……。


 私は「セーブル」のお腹が冷えないように、彼女を起こさないように注意しながら、服を整えてあげた……。下着が自然と目に入ってしまう。動物のセーブルも、こんなお尻の模様をしているのだろうか……。

 うう……紳士的対応をしているのに、背徳感が漂うのは何故……。いや、見た目は年頃の女の子なのに、まるで子供のように無防備に自分の身体をさらけ出す、フレンズたちのほうが悪いのだ……。




 さて、私は食器棚や流しの収納部分を物色した。が、たいしたものは残っていないようだ。割れた食器や、乱暴な力で不器用に開けられたカラの缶詰、中身をそのまま食べたらしいカップ麺の残骸、何かを包装していた紙袋やビニールの破けたようなゴミなど……たいてい、がらくたばかりだ。


 日用品としても自衛用としても、刃物が欲しいが……。戸棚扉の内側の包丁立てなどを探したが、一本もない。最初から無いのか……それとも、フレンズが面白がって持って行ってしまったのだろうか?

 持ち運べるものは限られているので、とりあえず使えそうなものを拝借……このアルミ製の軽量のナベをもらっていこう。

 子供用らしくサバンナの動物が描かれた、布製ストラップで下げるアルマイト加工の水筒(フタには安っぽい方位磁石コンパスつき)もバッグに入れる。保存状態の良いビニール袋も何枚かもらっておく。


 さらにホーローのマグカップと小型のティーポットを荷物に加える……それらを眺めると、とたんに私は、無性にコーヒーが飲みたくなってきた……。熱すぎるほどの熱湯で淹れた、濃いブラックコーヒーの、あの健康に悪そうな、泥のような臭くて苦い味……。今の精神的・肉体的な疲労を癒やすのには、最高なんだが……。


 戸棚で発見したインスタントコーヒー粉末のパックは、当然のように開封されてカラだったし、たとえ中身が残っていたとしても、古くて飲めないものであったに違いない……。賞味期限の「20XX年」という年号、これが最近なのか、はるか昔なのか、私にはまるっきり見当がつかないのだ……。




 私は気持ちよく寝始めた連中を放っておいて、台所の反対側の部屋へと向かう。そこは玄関から見て、むかって左手に位置する六畳ほどの居間と、障子でへだてられた仏間がある。


 居間はタイル敷きで、和風タンスや丸いちゃぶ台が置いてあるが、それら全ての家具に西洋風の長い猫脚がついている。


 傘つき白熱電球風のLEDの明かりの下で、私は乾燥や湿気で開きにくくなったタンスの引き出しを、力任せに下から開けていく。


 衣類などを期待したが、中にはほとんど何もなかった。引き出しの一つには、黄色に変色した新聞紙があったので回収しておく。ジャパリパーク開園についての記事らしいが、あとでゆっくり読むとしよう。他の段の引き出しには、厚手の風呂敷に包まれた何だか分からない「小動物の骨」があって、大変びっくりさせられた。




 隣の仏間も調べる。畳敷きではなくて、石畳の床に仏壇らしきものが置いてあるのは奇妙な印象だ。

 変わった姿のクジャクの描かれた観音開きの扉を開くと……干からびた仏飯や、ぼろぼろの枯れた花が生けられた花筒……さらに中央には、予想していたような仏像や仏画ではなく……たくさんの野生動物やフレンズの古い写真が、写真立てに入ったものやそうでないものまで、この小さな仏壇には多すぎるほど飾ってある。


 後ろ姿のレイヨウのフレンズ……何だこの写真? 何で後ろ向きなんだろう? これでは隠し撮りみたいだ。


 そして、縞模様のナメクジの写真……なんなんだこれは! 「バナナスラッグ」という巨大なナメクジが南アフリカにいると聞いたことがあるが……背景の木や草から推測すると、このシマナメクジはその比でなく、はるかに巨大なのだ。人間ぐらいの大きさはありそうだ……。ジャパリパークには、こんな怪生物もいるのか……。

 

 さらに、この家の庭で撮ったらしい写真もある。満面の笑顔で写真に写っている三人、ガゼルとシマウマのフレンズと一緒にいるのは……動物由来の衣装けがわではない、明らかに――作業帽と作業服を身につけた……人間だ。

 平均的な体格の、メガネをかけた普通の女性に見えるのだが、この人は何者なんだろうか? この動物の島「ジャパリパーク」の住人だろうか?


 ここに写真が置いてあるということは……遺影……これらの写真の動物やフレンズは、やはりもう亡くなっていると考えていいのか?




 気になる事は多々あるが、私は仏壇から「阿弗利加象印のマッチ」とロウソクを拝借しておく。


 ふと上を見上げると神棚があり、フレンズの写真が飾られている。それは、イヌのような耳と尻尾のフレンズ……首輪やリードまでしているのだから、まず間違いない……。犬種までは分からないが……。

 フレンズらしからぬ、マジメぶったような、機嫌が悪いような、何とも言えない顔つきで、背をぴしっと伸ばした姿勢で写っている。これで囚人番号のプレートを持っていて身長の目盛りさえあれば、刑務所の顔写真マグショットだ。


 そのイヌのフレンズの、こっちをにらんでいるような顔を見ると、私は突然、心臓を鷲掴みにされるような、やるせない感情に襲われた。呼吸が速くなり、心臓の脈動が強くなるのを感じる……。冷たい汗がやたらと出てくる……。

 誰だか分からないフレンズ……でも私は、この子を知っている……それもただの知り合いではない……どうしてこんなに心が痛くなって、胸が張り裂けそうな思いが湧き上がるのか……。


 そんな風に心を支配され茫然自失としていると、なんの前触れも無く、二階から階段を下りてくる足音が聞こえてきた。さっき、外から二階に登っていったイワハイラックスなのか……それとも……。


 私が障子戸に隠れて様子をうかがっていると、そのフレンズが居間に入ってきた……。

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