2話 軍学校
私が目を覚ました時、目の前には一人の女性がいた。
正確に言えば抱きかかえられていた。
その女性は母であった。
私が生まれた家庭は当時としてはまだ珍しくない軍人一家と呼ばれる家だった。
当初、生まれてくる子供を軍人にするつもりだった両親だが、私が成長するにつれその思いをより一層強くしていった。
その一端に、私の能力があった。
転生者であるため、他のどの子どもと比べても優秀であった。
(この国には明るい未来などない、あるのは暗黒のみだ)
数年をかけて自らの良く知る世界と、ここが同一であるのかを検証した。
結果、良く知る世界であるが、僅かな差異がある程度だと言う事が解った。
国名が違う程度の違いで、自らの知識を存分に生かせることを確認した彼女は親に軍人になりたいと伝えた。
1931年の冬のことであった――
翌年の春、無事に試験に合格し陸軍軍学校に入学することとなった。
校名はラトーニャ陸軍学校。
国名が付けられたこの学校は唯一の陸軍学校であり、その生徒数も厖大であった。
学校は三年制で構成される。
第一学年は本科と呼ばれる座学を中心とした授業を主に行い、適正を一年間かけてゆっくりと測る。
第二学年では、それぞれが適性審査書と照らし合わせつつ自らの兵科を選択する。
第三学年の上半期まで座学は続き、10月になると登山訓練や実地訓練と呼ばれる実際
の部隊に配属され訓練を行う。
第一学年を難なく突破し全兵科適性A評定を貰い、騎兵に関してはS評定を貰った。
無理もない、今後の世界で行われるであろう戦争を全て個人の趣味として調べ上げていた私にとってこの転生はまさにイージーなのだ。
当初、騎兵科を志願しようとしたが、機甲科が新設されると聞きそれを選択した。
機甲科は学校の端に独自の寮と共に建設されていた。
機甲科には5両の戦車と10名の生徒。
加えて、戦車先進国へ留学していた教官に補助員を加えた計20名で行われた。
同期に女子は一人しかおらず、彼女とは寮の部屋も訓練車も同じだった。
「リューイっていうんでしょ? よろしくね」
気さくに話しかけてきたのはその少女だった。
髪は金色で、活発な印象を受ける。目も大きくて瞳の色も綺麗だ。
「はい、よろしくお願いします」
礼儀正しくそう返すと、少女は目を丸くした。
「え? なんでそんなに距離感あるの?」
どうしてといわれても、とリューイは呆れた。
名前すら知らないのに親しくできる眼前の少女が異常なのだろうか。
それとも私が異常なのだろうかと、リューイはすこし困惑した。
「私は貴方の名前すら知らないのですが」
何故むこうが知っているのかと。
いや、同期でリューイの存在を知らない生徒は居ないかも知れない。
最年少、そして美麗の学年主席など、話題にならないはずがない。
自分で言うのもなんだが、今の世界での容姿は随分と綺麗だと思っている。
銀の長く流れる髪に細い四肢、軍人には向かないがとてもきれいな体つきだと思う。
「あ、それもそうか。ごほん、私の名前はリマイナ・ルイ。よろしくね」
リマイナは手を差し出す。
リューイもそれに答え固く握手を結んだ。
これが十数年の付き合いになるとは全く思っていなかった。
「ちょっとリューイ痛い!」
肩を蹴られて悲鳴を上げるリマイナだが、気にせずに数度蹴る。
といっても彼女の声はエンジン音にかき消されほとんど私の耳には届いていない。
彼女たちが駆る戦車はルノーFT。
フランセーズが開発した旧式ではあるが時代を変えた高性能戦車で乗員は戦車長と操縦手の二名。
現在は私が戦車長を務めている。
「ファイア!」
私がそう叫ぶと主砲の引き金を引いた。
山なりの弾道を描きながら飛んでいった戦車砲は標的のすぐ脇をかすめ、後方の地面に当たり爆発した。
「リューイ初弾至近弾ってすごすぎない?」
驚いたようにリマイナがいってくるが無視して砲弾を装填し直す。
先程の弾道を加味しつつ照準し、引き金を引くと今度は的の中央を貫いた。
着弾を確認するとすぐさまリマイナを蹴った。
彼女は心得たとばかりに戦車を前進させる。
前方に向けていた砲塔を今度は左に向け、キューポラから身を乗り出して標的を探す。
木と木の間に的があることを確認。
すぐさま砲塔の中に戻り、微調整を行う。
このまま、砲塔の床を踏んで音を出せば戦車は止まるのだが、そんなことを戦場でする暇はないと判断。
「ちょっとリューイ!?」
流石のリマイナもおかしいと気が付き抗議の声を上げようとするが、この場では私が上官だ。
所謂行進間射撃と言うものを実施すると決断した私は標的よりもさらに後方に照準を合わせた。
そして――
「ファイア!」
そう叫んだ。
凄まじい爆音とともに放たれた鉄の砲弾は真直ぐ突き進み、標的の中央を射抜いた。
「うそ……」
リマイナは操縦することを忘れ、ハッチから身を乗り出して標的だったものを見た。
その姿を捉えると吠えた。
「リマイナ学生、まだ戦闘中だ。操縦席に戻りたまえ」
普段、会話を交わす私とはまるで違う冷えた言葉。
リマイナは慌てて操縦席に戻ると再度戦車を走らせた。
(普段のリューイとは別物、なんなの。目の前の少女は……)
彼女の不安をよそに、私次々に標的を打ち砕いていった。
訓練行程を終え、教官の元に戻るとすでに各砲撃地点で観測を行っていた補助員が教官へ報告を行っていた。
続々と同期の学生たちが戻ってきて、教官から評価を下される。
評価を聞いたものから戦車の整備に戻り、それが終わると夕食となる。
そのはずなのだが、最初に戻ってきたはずの私たちへの評価が最後まで下されなかった。
「リューイ学生、あれは何かね?」
全員へ評価を伝えた後、教官が口を開いた。
禿げあがった頭皮が印象的なその教官の表情は怒りに満ちていた。
「ハッ! 行進間射撃であります」
教官の形相を無視して毅然と答えた。
教官は眉をひそめ、追及した。
「私は何と言ったか」
間髪を入れずにさも当たり前の様に答える。
「お答えいたします。『標的をぶち壊せ』と命令されました」
彼女の回答に教官は頷く。
「そうだ。だれが、行進間射撃をしろといったかね?」
教官の問いにリマイナは震えていた。
一つのことをコツコツ積み上げるのが彼の教育方針であると最初に言われていたのだ。
私がやったことはそれに反する行為で私逆鱗に触れるのも無理はない。
「ハッ、『行進間射撃をするな』とも言われておりませんでした」
しかし一切動じることなくこう答えた。
(なんでこうも……)
リマイナは内心呆れていた。
いや、敬服していた。
彼女の足は震え、今すぐにでも逃げたいと言っているのに。
一切臆することなく教官と向かい合っている。
「……解った。今回は不問としよう、だが次、このような危険な行為をするな。貴様らは俺の子供みてぇなもんなんだ」
諦めたようにため息を吐く教官は私の頭を乱雑に撫でた。
非常に気分が悪いのだが、ここで振り払うと面倒なので仕方なく耐えることにする。
「それと」と言い、リマイナの方を向く教官。
「リマイナ学生、貴様は幾分かまともな人間らしい。こいつのブレーキ役になれ」
といい、その場を去っていった。
「リューイ、怒られなくてよかったね!」
寝室に戻ると抑揚のある明るい声でリマイナは早速こう切り出した。
私たちはいつもこのようにして寝室で所謂反省会や感想などを言い合っている。
言い合っていると言うと語弊があるだろうか?
まぁ剣呑な雰囲気ではなく、極めて和やかな雰囲気だ。
「そうね、でも頭を撫でられたのは癪かしら」
自らの髪をすきながらこのように言った。
彼女の内部情報、所謂精神は男の物なのだが、
(まぁ、12年も生きれば女にも近づくよな)
と、このように男として生きていた時間と同じほどの時間を生きてくれば正常な女性の心に使づいていくものだ。
ベッドの縁に腰かけ、そのまま倒れこむ。
歩兵科などと違い、機甲科は基本的に規則が少し緩い。
消灯時間などは厳格であるものの、自由な時間が多い。
と言うのは結果論で施設も燃料もないため、夜間訓練などは滅多にない。
「リューイの髪って本当にきれいだよね」
リマイナもベッドに腰かけて笑う。
何が楽しいのか分からないが、足を交互に揺らしている。
「ん? まぁ。美容には気を付けているから……」
前世では苦労したものだ。
イケメンは正義、可愛いは正義。
そんな世界に生きていたのだから美容に気を付けるのも無理はない。
折角銀色の長い髪と美しい白い肌を貰ったのだ、雑に扱うのは申し訳ない。
「ねぇ、リマイナ。今度の夏季休暇一緒に旅行しない?」
不意にそんなことを尋ねた。
リマイナは目を丸くしていたが、すぐに溢れんばかりの笑みを浮かべた。
「いく! 何処に行くの?」
質問と返答の順序が逆ではないかともリューイは呆れたが、そんな野暮なことを口に出す彼女ではない。
「今は民主制だけど……通称『グロースライヒ』よ」
前世でドイツ第三帝国に当たるその国の現状が見たい。
今後の世界に大きな変動をもたらす国の現状を見なければならない。
「わぁ……」
ワルーシャという隣国ポルスカの首都を一度通り、そのままグロースライヒ領に進入し、首都ベルタニアに向かう列車に彼女たちは乗っていた。
時は1932年、7月。
総統が就任するのまであと、6カ月。
そんなこと知る由もなく、汽車は進んでいく。
私たちはボックス席の向かいに座って車窓を眺めている。
「ポルスカの農業地帯はきれいだなぁ……」
特殊性癖、と言えばいいのだろうか?
リマイナは線路の脇に広がる穀物の畑などを見て目を輝かせている。
(なにがそんなに面白いのだろうか)
呆れながらもリマイナを微笑ましく思いながら、風景を堪能していた。
確かに広がる大地は壮大であり、浪漫を感じさせる。
「ふぁぁ……眠いわね」
私は深く欠伸をする。
実に退屈なのだ。
国境を超えたときに検査官が来る程度でそれ以外は非常にゆったりとした旅だ。
「それにしてもリューイ、こんな客室取れるなんてすごいね!」
リマイナは興奮気味にこう言ってくる。
いまいるのはこの列車の中でも数室しかない個室だ。
頼もうと思えばワインや昼食を頼むこともできるが、年齢的な問題や時間的関係で今回頼むことはなさそうだ。
「そんなに高くなかったわよ」
実際、ある方法を使えばそれほど高くなくこの部屋に乗ることが出来る。
「どうやったと思う?」と言わんばかりにリマイナを見つめた。
リマイナもそれに気が付き、しばし考えたがしまいには分からないと言った風に首を振った。
「グロースライヒ陸軍の見学に行くって言ってきたわ」
見学というとあれかもしれないが要は研修と言ってきた。
ラトーニャ陸軍的にも、軍学校的にも進んだ軍事技術を持つグロースライヒの陸軍を参考にしたいという思いがあるのだろう。
願い出てから翌日には返答が帰って来た。
「え? でもそれって……」
リマイナは何かに気が付いたのか少し暗い声音で何かを言いかけるが先回りしてその答えを返す。
「そうね、報告書くらいは提出しないといけないかしら」
すると見るからにリマイナは落胆した。
どうやら本気で観光を楽しむつもりだったらしい。
「別に私だけ視察に行ってリマイナは別行動でもいいのよ?」
教官に一人同行させてもいいかとリューイは聞いていたが、誰を同行させるかなどは言っていないし、報告書の提出を求められることもないだろう。
「いや、いいや! 何日かは遊べるんでしょ? それに私も気になるから一緒に行く!」
満面の笑みでリマイナは答えた。
彼女としてはリューイと共に旅をするのが目的であったので、何をしようとあまり関係はなかった。
リマイナの言葉にリューイは少し感動した。
前世? と言えばいいのだろうか。
少なくとも転生する前の彼には親友と呼べる者はいなかった。
友人はいたかもしれないが、学校生活上だけの話で休日共に出かけたりするなどと言う行為はまずしたことが無かった。
「あ、そうそう。一人の客人がもうそろそろ来るはずよ」
私は自らの感動を押し隠す様にこういった。
すると列車は止まり、数人の足音が聞えて来た。
「ついたみたいね」
外を見ればワルーシャの都市が広がっていた。
農作地と都市が隣接しているこの都市は一度ゆっくり観光してみたいものだ。
「え? え?」
リマイナは困惑する。
すると数度扉がノックされる。
「『ライヒの戦列は』」
戸の反対側にいる人物にそう声をかける。
奥からは即座に返答が帰って来た。
「『ウラルまで続く』」
リューイは「どうぞ」と優しい声で扉の奥にこういった。
そして、ゆっくりと扉が開かれ一人の男性が姿を現した。
「はじめましてね。ヒットレル党首?」
そこにいたのは後の世に大きく爪跡を残すことになるちょび髭がトレードマークの――
――アドルフ・ヒトラーその人であった。
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