集まる仲間

05-01 心に誓う


 まずは現状を整理しよう。


 俺は三人掛けソファーの真ん中に一人で陣取り、考えを纏めようと思った。


 全てのギアの産みの親であるノアは何とか退け――俺の純粋な想いも退けられ――町を襲った新人類の大軍も退け……退けた、んだよな?

 退けた――俺の純潔も散った――と仮定して、その新人類の親玉と言える二つの財閥の砂名さな太名たなが――本当に三人相手とか――敵に回ったことがわかった。

 だが、まだこちらの町には――ああ、悶々する。あの三人。何だかんだで可愛いぞ――華名かな亞名あな財閥がバックにいる。

 財閥という点でいうなら――百歩譲って姫はいいとしても。ナオはまずいだろう……――俺も奈名なな家なのだから三財閥か。

 後はあのノアと戦っている時に聞こえた――俺、達也になんて言えばいいんだ――あの二つの声だ。

 あれがなかったら姫――くっ。やばいなこれ。凄いなこれ――は助けられなかったし、俺達も――碧は元々俺の嫁だからいいけど、あいつはあいつでよかったのかよ――どうなっていたか分からない。

 それこそ、朝起きたら柔らかいナニかに包まれて寝ているなんてこと、起きてなかっただろう。


「駄目だ。気になってしょうがないっ!」

「御主人様。御立派でしたよ」


 いつの間にか隣に姫が座っていた。


「ご……ごりっぱ?」


 なんだそれは。

 新手のゴリラか?


 つつっとさりげなく近づいて俺の手の上に手を重ねる姫が妙に近い。


「ふふっ。精のつく料理、沢山御用意させていただきますね。旦那様」


 立ち上がり、にこっと笑顔を俺に向けてから、キッチンで朝食に格闘している――朝食の支度は『嫁』の仕事と張り切る――碧とナオの元へと歩いていく。


 考えの整理なんて、朝の出来事のせいでできるわけもなく。


 目覚めたあの時を思い出してみる。




 ・・

 ・・・

 ・・・・




「ぅぅぅ……」


 なに、なんなのこれ。

 なんか寝ている間にナニかのフラグが進んでいるとか、それ何も俺いいことなくない?

 だったらせめて起きてるときにやってよ。


 等と、ナギが俺の頭に流し込んできた寝ている間の夜の情事に、なぜ起きてなかったのか、タオルケットで体を包んでベッドの端で体育座りしながら悔し涙を流し続ける、そんな朝。


「お兄ちゃん。いいこいいこ」


 とか言いながら、慰めているのかよく分からない碧が俺の頭を撫でている。


 いやいや。

 そんなんで何か変わるのかよ。目が覚めたら経験値上がってましたとか、なんてイージーモードだよ。

 お前もそれでいいのかよ。


「御主人様。その節はお助け頂きありがとうございました」


 ぺこりと。

 ベッドの上で正座をして控えめに、丁寧にお辞儀をする姫が、顔をあげると感情の籠った微笑を浮かべる。

 姫は、どこの誰かは知らないが、この世界の技術の粋を集めた絶世の美女だ。

 そんな姫にそんなんされたら、ごくりと喉が鳴るわ。


「お兄たん。また、する?」


 しねぇよっ!


 ナオが猫のように四つん這いでじりじりと近づいてきてぺろりと舌なめずりする。

 そんなナオも、可愛い女の子だ。


 ナオさんや。

 そんな動きで近づいてきたら、別アングルから見たらとんでもないことになりますぞ。


 と、なぜか火之村さん風に思いながら目の前まで近づいてきたナオを見ていると、俺の腕にむにゅっとした感触が左右から伝わる。姫と碧に、俺の腕をホールドされていた。


 前にはナオ。左右には碧と姫。背後は壁。上には天井……いや、天井は当たり前か。


 逃げ場が、ない。


 やばい。

 やばいぞ。

 これは……食べられるっ!?


 俺含めて全員裸で、目から見える光景にもアレがナニなのに、直に触れる柔肌に、朝のおいらも元気だ。


「なーぎくーん。起きたのー?」


 そんな声とともに俺にとっての救世主が現れた。


 がちゃっと、部屋のドアが、例のごとくノックもなく開け放たれ。


「……」

「……」


 ぴしりと固まるたゆんでぽよんでぷるんが、現場を目撃。

 俺も、どうしたらいいのかと。


 救世主ではある。

 救世主ではあるのだが……これ、ダメじゃね?



「えっと……」



 状況は最悪。

 だが、巫女が固まっていたのは一瞬だ。

 生暖かい笑顔を俺に向け、


「私も、混ざった方が、いいのかな?」

「落ち着けっ!」


 ナニを言い出すんだ、このたゆんは。

 いいから俺を助けてくれ。


「巫女? 凪君起きた――」

「あんたはしれっと見に来ないっ!」


 巫女の、ひゅごっ、と風を切り裂く鋭い蹴りが炸裂し、「うげっ」という声とともに激しい音をたてながら、恐らく階段を、弥生と思われる声の主は転げ落ちていった。


 「ハーレムも程々にね」と、久しぶりに十八番トリップしてぐふぐふと妙な笑いをたてながら、俺の救世主はドアを律儀に閉めて去っていく。


「それじゃあ、お兄ちゃん……」


巫女のノア顔負けの鋭い蹴りに、あいつなら世界救えるんじゃないかと、しばらくの硬直の後、碧が言う。


「しよっか」


 しねぇぇよぉぉぉ!?




 ・・

 ・・・

 ・・・・



 とまあ、こんなやり取りはあったわけだが。


 ……俺はこれから、どうしたらいいのだろうか。


 くるりと、状況整理なんて忘れてキッチンに立つ三人を見つめる。


 楽しそうに朝食を作る三人は、夜中のことや朝のことなんか関係なさそうで。女性ってこんなもんなのかと、俺だけが意識しているだけなのかと、そう思ってしまう。


 鍋から出来上がった黒いものをどんぶりによそっている三人を見ていると、妙に自分が女々しく思えてきて。

 でも、女々しいと思っていても、俺が襲われたのは確かであって――


 ……ん? 黒いもの?

 あれ? 姫の顔が引きつってなかったか?


「はい! お兄ちゃん! できたよっ!」


 という碧の声と共に。

 どんっと、俺の目の前に置かれた朝食。


 丼の中にぐつぐつと煮える


 ……

 …………

 …………………


 なんだ、これ。


「できたよっ!」

「……なにが?」

「なにかっ!」


 それを聞きたいのだが。


「……何を、作っていたのか聞こうか?」

「ご飯」

「ああ、食べろという時点で丼物のご飯だな。で、なに、これ」

「牛丼?」

「こ、これが……?」


 碧は……朱になって、料理が壊滅的領域となったようだ。


 この……これを牛丼と言えるこいつが凄い。

 黒い。そしてその黒がぐつぐつと煮えている。湯気だけならまだいいが、なぜかその黒はぐつぐつと音をたてている。

 この黒の下に、熱い何かがないと、こんなこと起こるわけがない。

 牛丼……なんだよ……な?


「御主人様。私が目を離した隙にはもう……」


 姫が口元を手で押さえながら「うっ。おいたわしや」と、涙ぐむ。

 妙に感情豊かになっているように見える姫にも驚くが、何よりも――


 姫が目を離したって、さっきこっちに来た時だよな!?

 あんな数分で、という驚きの方が強かった。


 まじまじと目の前の牛丼を見てみる。


 牛丼とこれを言い切るのなら、恐らくはこの黒い何かの下には、ぐつぐつといっているが、『米』があるのだろう。

 だったら、その米の上に乗っかっているであろうこの黒いのは……牛肉か!?

 いや、違う。それならなんでこんなどろっと感があるんだ? だったらまだ黒色のカレーと言われた方がまだ……はっ! 玉葱TAMANEGIか! そうかこの黒いどろっとしたものは玉葱が蕩けて液状化させたはいいけど焦げたんだな。

 そうだよな。確かにやり過ぎると焦げちゃうもんなー。よかったよかった。

 いやぁ、玉葱をペースト状にするときって、焦げたりしないけど、焦げたんだなぁ。


 ……肉、どこいった?

 ……朝に牛丼? しかもオンリー牛丼?

 それ、どんなチョイスだよ。


「ナオも頑張ったの」


 俺の天使も加わったと自信満々に言う。


 ……

 …………

 ………………!?


 待て。ナオも作った?

 あの、ナオが?

 今までキッチンに入るにしても見るだけで、料理なんて興味のなかった、



 あの天使が、作った……だ、と……



 食べろと、天が俺に。

 天使が作ったから食べろと、まるでそう言っているかのようではないかっ!


 さっと、スプーン……スプーン?……牛丼をスプーン?

 ……を持ってさくっと、丼に差し込む。


 じゅわっと聞こえる音に、なんの音かと思いながらスプーンに乗った黒い物体とその中に埋まっているはずの米を見ながらごくりと喉がなる。


「……行くぞ」


 なぜか姫と目が合い、頷かれながら「グッドラック」と声をかけられ、意を決して口の中へ。


 ……

 …………

 ………………



 ……素晴らしい。

 なんだこれは。

 酸っぱい柑橘系が口内に一気に広がり、ぴりっと溶けるかのように辛味が刺激する。

 この酸っぱさはレモンか? ふふっ。まさか、ちょうど洗い場にレモンの香りの洗剤があるけど、まさかな。

 この脳が火傷したように色んな神経ぶったぎる辛味はなんだろう。

 さては隠し味に唐辛子でもいれたな? 確かに牛丼には辛味をつけるときがあるけど……これ、たぶん。あのサボテンからとれるアレだよね。なんだっけ? 唐辛子の億越え倍の辛さの十グラム単位で人が死ぬやつ……RTX? でもあれって化学物質じゃなかったかな?

 凄いよ。魔術かな。酸味と辛味が一緒に溢れだしてくるなんて。


「ぷるぷるぷる」

「御主人様……おいたわしい……」


 そう思うなら助けてくれ。


 ぴっ


 ⇒身体に異物を確認。内部から焼けています。強制的に治癒全開します。


 うん。頑張れ。俺の特殊能力。



 「まだ残ってるからね」と笑顔で言う碧とナオ。

 俺はもうこいつらにご飯を作らすのはやめようと。


 心に誓い、目を閉じた。

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