03-62 すべてを話す 4
「さ。改めて、ナギの話を聞きましょうか」
すでに俺の目の前にあったはずの朝食は片付けられ、今は火之村さんがキッチンで軽食を作り出している。
結局、俺は朝食を食べられなかった。
俺だけ食事が進んでないことに、どうやら食べる気分ではないと判断されたのか、姫が残念そうにテキパキと片付けをしていった。
俺としては、食べたくない訳じゃなく、食べさせてもらえないわけで、その辺りも組んでもらいたいと思う。
朝食は諦めたが、次は火之村さんの料理が待っている。昼食にはありつけそうだ。と、気持ちを新たにし、話に集中する。
白萩も火之村さんも眼鏡っ娘も、碧については信じられないという感想を述べていた。
そう。それが正しい反応だ。
だが、事実は事実。
信じていないわけではないが、三人は、朱の記憶がなくなったわけではないので今まで通りに接するようだ。
「お兄ちゃんが碧って呼んでくれればそれでいいの」
「ナオも呼ぶの」
「ナオ……ああもぅっ! 今日も可愛い可愛いだねっ」
「や、止めるのっ! 碧お姉たんっ――にゃあぁ……」
ということらしい。
周りも今更、朱を碧と呼ぶのも違和感がありすぎて呼びづらそうだし、碧も朱の記憶があるのだから、今更碧と呼ばれても困るようだ。
だからそこまで掘り下げることをしなかったのかもしれない。
「……さて、次は凪について話そうか」
ナギの言葉にぴくっと、碧達が反応した。
「……君たちは別の凪と会ったことがあるよね?」
「ええ……私達に新人類の存在を教えてくれたわね」
「すぐに消えちゃったけど、あれは不思議だったね。何かを僕らに伝えようとしていたみたいだったけど」
貴美子おばさんと弥生の話からすると、現れてすぐにいなくなったようだが、やはり、死んでしまったのだろう。
「うん。まあ、本当は凪に伝えたかったみたいだけどね。タイミング悪く、僕が凪を連れて行っちゃったからそのまま消えちゃったみたいだ」
「消えたって……じゃあ……あの凪が言っていたのは本当に……?」
火之村さんがみんなにツナとサラダを挟んだサンドイッチを配る。ついでにコーヒーも一緒に出てきた。
やっとご飯にありつけると思うと笑顔がこぼれた。
「そうだよ。彼の世界はすでに滅んだ。新人類とギアの手によって。そして、彼の記憶は今。凪の中にある」
「記憶が……?」
「凪に、というより、僕に、かな」
「そうだな。お前は俺達の記憶収集家だからな」
「褒めないでほしいなぁ」
「褒めてねぇよ」
いや、本当に褒めてない。
最近はちょっと危険な域に到達しているから怖いんだ。
「記憶収集家?」
「ああ。俺達、凪の記憶を管理して違いを楽しんでいるらしい」
「お兄たんの、記憶……」
ナオが呟き「羨ましい」とぼそっと呟いた。
……ここにも収集癖がありそうなやつを見つけた。
「まあ、簡単に言うとね。彼は別世界の凪だ。その世界と同じ過ちが起きないように、原因を教えてくれようとした」
そう聞くと、色々問題がありそうだ。
確か、同一世界に同一人物は存在できないとか、SFの理論で聞いたことがある。確か、因果律とかなんとかで消滅するとか、世界が弾き出すとか。
どうやって観測所からこの世界へ来れたのかも気になる。
「君と彼は、同一人物だけど、君には色々混じっている。だから君達は両方とも存在できたんだろうね」
「……ああ、そうか。ナギ、お前の存在、か?」
「そうだね。僕は君の中にしかいない。彼等の記憶を僕はストックしているけど、彼等の誰にも僕はいなかったよ」
「ナギ。観測所の二人のお兄ちゃんは、その記憶から作られたの?」
碧が少し悲しげな表情を浮かべて質問した。
「お兄ちゃん。ボクね、観測所で別の世界のお兄ちゃんと会ってるの」
「そうだよ。観測所には彼等がすでにソースとしてあるからね。記憶も僕が保管してるから作り出すのは簡単だった。碧もあそこで似たような凪像を作り出したよね」
凪像? なんだそれ。
「襲われた時にお兄ちゃんに助けてって念じただけで出来上がっただけなのっ!」
碧が顔を隠して恥ずかしそうに言った。
だが、その言葉で、皆の食事をする手が止まる。
「待って。襲われたって……朱、あなた、生まれ変わる前に何かに襲われていたの?」
「
「ぜ……っき?」
皆はその名前を知っているのかと思ったが、知らないようだった。
「あまり知名度はないんだね」
「ナギ様。絶機の情報は世界から抹消されております」
「そうなのかい?」
「はい」
淡々とした声で、姫がナオの口元を拭きながらナギに答える。
俺はナギに聞いてはいたが、まだまだ人類が知らないことは多いようだ。
しかし、ナギはどうしてそんなことさえ知っているのかと疑問にも思う。
「皆様。絶機というのは、人類に作られた私とは違い、ギアが作り出したギアです」
「君達が作り出した量子コンピュータである、
「知らなかったのかい?」と、ナギが皆に伝えると、全員が絶句した。
「……ギアが暴走した原因は、今まで謎とされていたのよ?……それをあっさりと……」
「物凄い重要な話が明らかになってますね……聞いてよかったのでしょうか……」
貴美子おばさんが頭を抱えると、眼鏡っ娘が苦笑いを浮かべながらずり落ちた眼鏡をまた戻す。
……で、お前は、誰なんだ。
「人にとって、絶望を与える
「記録で言うなら二体知られているのかな? 一体は、この国の中枢を破壊しているからね」
「ん? それって、多目的戦闘型のギアか?」
眼鏡っ娘のことより、今はナギの話だ。
俺の疑問にナギは「そう呼ばれているね」と答えた。
「四体の絶機の内、一体はすでにいないし、後一体も気にしなくていいよ」
「いない?」
「母さんが倒したからね」
すでに人類の脅威を母さんが倒していることに驚きを隠せなかった。
「気にしなくていいって言ったもう一体は、どちらかと言うと人類側の絶機だし、母さんがぼろぼろにして使い物にならないから気にしなくてもいいよ」
更にもう一体。
すでに半分が母さんの力によって倒されていた。
……意外となんとかなるんじゃないか? と思わずにはいられない。
貴美子おばさんが「命は……何をやってるのかしら……」と頭を更に抱えているが、嬉しそうでもあった。
「で、後の一体は、すでにこの世界にはいない」
「……お兄ちゃん。まさか……」
「ああ……その、まさかだろうな」
あれだ。
俺達の乗った飛行機を墜落させた、碧達を殺した、あのギアだ。
そう心の中で思ったとき、ナギが「正解。君たちの世界にいるよ」と笑顔で答えた。
「あれは『混迷』と呼ばれる絶機だ。強いものを求めて、無理矢理世界を切り裂きあちらの世界へ行った。君達はそれに巻き込まれたのさ」
俺は知らないうちに、絶機と会っていた。
俺達家族を離れ離れにしたあのギアは、許せない。
許せないが……この世界にいないのならどうしようもない。
「そして、もう一体は、観測所で、母さんと戦っているよ。『渇望』の名を持つ絶機がね」
「
貴美子おばさんが勢いよく立ち上がり、椅子ががたんっと激しく後ろへ倒れる。
「どうしようもないからね。まだ生きてると思いたいよ、僕も」
「お兄ちゃん、ボクも、命さんが心配なの。早く、助けてあげたい……」
不安そうに俺の手を握りしめて震える碧に、俺は声をかけることが出来なかった。
てっきり、撃退したものと思っていた。
なのに、倒せていなかったと聞いたら、俺も居ても立ってもいられなくなり、心がざわつき始める。
「凪も、おばさんも碧も。どうやって助けにいくんだい? 観測所に行く方法は分かるのかい?」
「それは……」
貴美子おばさんが言葉を詰まらせ、打開策がないことに辿り着いたのか、力なく、火之村さんがタイミングよく戻した椅子に座り込んだ。
「お兄ちゃん。ボクが観測所への行き方を思い出したら――」
「いや、ナギ……お前は、観測所に単独で向かったよな」
「正直に言うよ。僕は観測所に向かったとき、戻れるとは思ってなかった」
「お前……行ったっきりでそのままあそこに残るつもりだったのか」
なんという行き当たりばったり。
弥生が「あー……だからお別れみたいなことをあの時……」となぜか納得している。
「ちょっとした打算はあったよ。母さんがいるんだから、碧のように戻すことも出来るだろうし。君が
「じゃあ、
――そうか。
ナギが戻ってこれたのは俺が
じゃあ、観測所に行くには誰が
母さんなら出来るかもしれない。
でも、出来たら次は戻ってくるには誰が?
母さんが今も戦っているなら、そんな余裕もないはずだ。
それに――
俺が
でも、流れたとしても、俺だけが精神体で向かうだけになる。
俺一人で向かって、俺はその絶機を倒せるのだろうか。
「そう。そこがネックなのさ。君が精神体で行った所で、生身の君が使う力ほどの力を出せる訳じゃない。で? 帰るにはどうする? 君は、この世界にいるやっと会えた碧やナオ、この場にいる仲間達と別れることはできるのかい?」
……出来ない。
「お兄ちゃん……」
「お兄たん……」
やっと出会えた碧や、ナオを一人には出来ない。
それに――
「――この世界を……皆を、見捨てられない」
「そう。だから……最悪、行くにしても、この世界を救ってから行かないとね」
だから、ナギはずっと母さんのことを伏せていたのか。
ナギも母さんを助けにいきたい。でも助けに行くには力が足りない。
ナギだけであれば行く手段もあるが、精神のみで行くには危険すぎる。実際、助けに行って逃げ帰ってきたようなものなのだから。
恐らく、精神体というのは、酷くモロいのだと思う。
魂を常に晒しているようなものと考えれば、危険性が分かる気がした。
そして、あの世界では、それを維持するのにも力を使うと考えると、確実に強いと分かっている絶機を相手取るにしても万全を期したい。
「行く手段を見つけないといけないわね」
貴美子おばさんが、両手を組み、口元を隠すようにしながら言葉を発した。
そう言えば、貴美子おばさんも父さんと母さんを探していたんだった。
母さんの場所がわかり、母さんが危険な状態と分かれば、焦りもするだろう。
「なあ、その……観測所ってところには、俺達も行けるのか?」
白萩が素朴な疑問を投げ掛ける。
隣の眼鏡っ娘は何か考え事をしているのか、無言で俯き、テーブルの一点を見つめている。
「うん。君達は凪によって観測所の力を少なからず受け取れるようになっている。つまりは、刻族の血が少しだけ流れているってことだ。だから、観測所には行くことは出来ると思うよ」
「そうか……」
白萩も思うところがあるのか、考え事をしだした。
観測所に行って母さんを皆が助けるために考えてくれている。
そう思うと、この皆がいれば、何とか出来るのではないかと希望が見えてきた。
俺も、どうしたらいいか考えよう。
とはいえ、考えるにも腹が減ってはなんとやら。
まったく手を付けていなかった火之村さん特製のサンドイッチに手を伸ばす。
「……さて。そろそろ僕についても話しておこうか」
そんな、皆が考え出して静かになった中、ナギのその言葉に、目の前のサンドイッチに伸ばした手も止まる。
……お前は、故意に飯を食わせないようにしていないか?
そんな疑惑が胸の中に渦巻いた。
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