03-58 『あの時』と同じく


 懐かしの我が家と思ってしまう程に懐かしく思えた我が家に到着したのは、貴美子おばさんが暴走してからすぐだった。


 それなりに遠い道のりのようではあったが、行きは上りで帰りは下りということも早かった要因ではないかとも思われる。


 思われるのだが、流石にみんなが怯えていた理由も知った。


 ……うん。確かにこれは、怖い。


 ま~、とんでもない速度で時には木々をなぎ倒し、時には飛び上がり。

 なんでこの車は横転しないんだろうとか、何度もバウンドしてるのに車に損傷がないのはなぜだろうという疑問はあまりの恐怖に吹っ飛んでしまった。

 いや、吹っ飛んでいたのではなく、聞いたら余計に凄いことになるんじゃないかと思って聞けなかった、が本音だ。


 そのうち知りたがりのナギが聞いてくれることを願おう。


 それと、もう、貴美子おばさんの車には乗らないでおこうと決めた。


 とはいえ、今はもう真夜中である。

 昼からぶっ続けで走り続けて到着したものの、貴美子おばさんも含めて皆へとへとで、話し合いなんてやっていられるわけもなく。


 俺も俺で、腹は減ってはいるが今更食べようが明日の朝食べようが、と言うくらいに疲れていた。


 とはいえ、流石に話に聞くと一週間程度行方を晦ましていたようで、自分の体が臭いことに今更ながらに気づく。


 このまま明日を迎えるのは、ベッドに匂いも残りそうで嫌だったので、シャワーを軽く浴びる。

 体を拭いている間に、疲れたとは思っていたものの、思っていた以上に疲れていたことに気づき、体がふらふらし始めた。


 だが、数日間留守にしていたこの家に何か食べ物もあるわけでもなく、今から作れるほどの余力もない。

 お隣さんの貴美子おばさんの家や弥生達の家に向かえば何かあるかもしれないが、今は止めておくことにした。


 明日はご飯にありつけると体に言い聞かせながら、俺は我が家の冷蔵庫の中を漁る。

 せめて、栄養ドリンクのようなものがあればと思っての行動である。


『ぐいっと一発』でお馴染みの栄養ドリンクを見つけ、その名の通りぐいっと飲むと、心なしか体中の神経や細胞が、やっと得られた栄養に喜びの雄たけびをあげているかのように体が一気に熱くなった。


 後は明日の朝に、誰かがご飯を作ってくれることを祈ろう。

 これで俺が作ることになろうものなら……泣くしかない。

 皆はそんな薄情じゃないと思いつつ、ふらふらと自分の部屋へ向かい、懐かしのベッドの上に倒れ込む。


 ごろりと横になると、見慣れた天井が映った。


 ここ最近色々ありすぎて天井を見ることもあったようななかったような。

 そもそも、そんなにこの天井に思い入れもあるわけでもない。

 目覚めた時に大体この天井があるくらいだ。


 明日、色々皆と話そう。

 俺も知りたいこともあるが、俺からも伝えるべきこともある。その上で、これからの話を決めていきたい。

 世界規模な話にもなりそうで気は進まないが。


 家族を探したかっただけなのに色んなことに巻き込まれたもんだ。

 だが、俺の目的である家族探しも、残りは父さんだけになった。

 父さんが今どこにいるのか、もしかしたら何か情報が入ってきているかもしれない。


 だから今は。明日のためにも休もう。


 そう思い、目を閉じる。


 そんな行動だけで、俺の意識は一気に闇の中へと――



 ――こんこんっと扉を軽く叩く音がなければ、いけそうだった。


「お兄ちゃん。まだ起きてる?」


 扉の向こうから聞こえる碧の声に驚いていると、控えめに扉が開いた。


 碧はデフォルメされた白犬がプリントされたパジャマ姿で、急いできたのか、まだ髪の毛も瑞々しく濡れていた。

 タオルで拭きながらその場に佇み、俺の言葉を待っているようだが、朱の時からそのパジャマを使っていたのかと思うと可愛らしくて笑みが零れた。


「どうした?」

「あのね……少し話しても大丈夫?」

「いいよ。おいで……」


 ぽんぽんっと、ベッドの上を軽く叩いて誘導すると、碧は俺の隣に座る。


「あのね……ボク、お兄ちゃんに言わなきゃいけないことがあるの」


 碧が、俺の肩に頭をちょこんと乗せながら話し出した。


「ボク、御月さんと巫女ちゃんの赤ちゃんに生まれ変わったの」

「ああ……あいつら元気だったか?」

「うん。二人とも幸せそうだったよ。……でも、よく分からないの」


 肩に乗る碧の頭を撫でながら話を聞く。

 碧が生まれ変わるはずだった二人の赤ちゃんは、産まれなかったと聞いた。

 つまりは、死産だったと言うことだろう。


 そう思うと、元気だったかと聞いた俺が不謹慎だと思った。


「二人とも、ボク達のいたあの世界には、いなかったの」

「は?」

「何だか、西洋みたいな異世界みたいな所にいて……」


 思い出すかのように目を細めて、うわ言のように話す碧が少し震えていることに気づき、肩を抱いて引き寄せると、抱き着くようにしなだれた。


「巫女ちゃんがお腹のボクに声をかけてくれて……幸せそうだった。もうすぐ産まれるよって、ボクも蹴ったりして」


 でも、その結果は……。


「でもね。産まれなかった。何だか怖い人が巫女ちゃんからボクを取り上げて、冷たい液体に浸して――」


 ぎゅっと、俺を抱き締める腕に力が入るのが分かった。


「怖かった……怖かったのっ!」


 ……怖かったどころじゃないだろそれは。


 ……それが死因?

 巫女のお腹から無理やり取り出して碧を殺した? 誰が、何のために?


 神夜や巫女に恨みがある?……さっき碧は、異世界みたいな世界にあの二人がいたと言っていた。

 そこで恨みを買ったと考えると――


 震えが止まらなくなった碧をぐっと抱き締めると背中をあやすようにぽんぽんと叩いて安心させようとするが、震えは止まらない。


「ボクを……巫女ちゃんの赤ちゃんを殺したのは、サナって人」


 ぴくっと、その名前を聞いて、俺は動きを止める。


 サナ?……まさか、砂名?

 あいつが……? なんでそんな所に……?


「お兄ちゃん……ボク、怖いよ……生まれ変わってもまたあの人が傍にいるって思うと……」


 ……だからか。

 だから、朱はあんなにも怯えていたのか。

 アレが生理的に受け付けないなど他にも理由はあると思う。

 だが、それにしては妙に怯えていた。


 碧だった朱が、潜在的に覚えていたとしたら。

 自分を殺されているのだ。

 怖くないわけがない。


「……大丈夫だ。俺が、傍にいる……」


 泣き出した碧の頬を伝う涙をそっと拭いながら、碧にも、自分にも言い聞かすように何度もその言葉を伝える。


「……何だか、あの時に戻ったみたい」


 ああ。そう言えば……あの時もこんな感じで慰めたっけ。

 碧のその言葉に思い出した思い出に、二人して笑顔になった。

 やっぱり、共通の思い出で話せるのは嬉しかった。


「お兄ちゃん。今日はあの時みたいに、ボクのお願い、聞いてくれる?」


 あの時、というのはあの時だろう。

 そう言えば、碧の誕生日だったか。あの時プレゼントした鳥の羽の形をしたネックレスは今はなく、あの時のように雪が降る日ではない。


「ああ……」


 思い出すのは、クリスマス後の出来事。あの時と同じように俺は返事をする。


「また、あの時みたいに……一緒に、寝てくれる?」

「……襲うなよ?」

「それはこっちのセリフだよぉ!」


 そんな、お互いのかけがいのない思い出に、あの時を真似て二人して笑う。


 だが、あの時とは違うこともある。


 布団に一緒に入ると、碧は甘えるように俺にくっついてくる。

 相変わらず、ぐりぐりと胸に頭を擦り付けるのは癖なのだろうか。


「あ」


 ぐりぐりが収まり、思い出したかのように声を出した碧が、ぴょこんっと、俺の顔を見上げるように見てくる。


「お兄ちゃん。ボク、これからお兄ちゃんのこと、どう呼べばいい? 凪様? お兄ちゃん?」

「ん? 好きなように呼びな」

「それが迷うんだよぉ。朱の記憶もあるんだから……」


 勇気がいるのか、ただ俺の呼び方に悩む碧が微笑ましかった。

 やがて、うんうん唸る碧が、思い付いたのか、深呼吸して俺を見つめた。


「……じゃあ――凪……君」


 少し照れ臭そうに、俺が好きな笑顔を見せる碧が愛おしく。


「凪君のこと、出会った頃から大好きです。……これからもずっと」

「俺も。ずっと碧のことが好きだよ」


 そう伝えて抱き寄せると、目の前の俺の瞳に映る碧の瞳に涙が溜まる。


「もう、離さないで……」


 やっとしっかり伝えられたお互いの気持ちを唇に乗せ――



 ナニがとは言わないが、今回は、我慢はできませんでした。

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