外の世界

03-10 拡神柱の外


 辺りは静寂に満ち、ぱきっと、薪が焼けて爆ぜる焚火の音と、こぽこぽと小さく音を立てるコーヒーポットの音だけが聞こえる。


 前の世界ではこの辺りには高速道路が走っていた。

 現に、今も少し離れたところには、辛うじて壊れなかった石柱に繋がり、宙に浮いたまま残骸と化した道路のなれの果てが存在している。

 近くには廃墟と化した家屋もあり、隠れるには丁度いい。


 残骸を見つめながら空を見上げていると、夜空一面に星空が輝き、うっすらと暗闇を照らしていることに気づく。


 そう言えば、最近は空なんて見てなかった。


 夜空にこんなにも星空が見えるのは、空気が澄んでいる証拠なのだろうと思うし、以前はこんな風に星空は見えなかったはずだ。


 ギアが現れ、大気を汚染するような物質を吐き出すそれらが少なくなったからか。

 こんなにも星空が見える夜空は、それこそ小さい頃に登った山の中腹で、テントを張ってキャンプをした時くらいだろう。


 こんな平野部でも見れるとは。

 そう考えると、空気が澄んでいるようにも思えて深呼吸をしてみる。


 空気が美味いなんて、実際空気を美味いか不味いかで吸ったことなんてないが、それでも美味いように感じて、なんて安直なんだと、思わず笑みが零れた。


「飲みますかな?」


 火之村さんがコーヒーポットからコーヒーを注いで俺に手渡してくれる。

 それを受け取ると、仄かに香るコーヒーの香りに癒された。


 ……落ち着く。


 なんで俺は自分の家で寛げないんだろうと、ため息が零れる。


「凪君。よく寛げるよね……」

「ほんと。俺もそう思うよ」


 弥生がコーヒーを受け取りながらそう言ってきたので、本当になんでだろうと思う。


 俺達のキャンプする少し先には、以前は森林公園だと思われる場所がある。


 俺達の目的地ではあるが、かなり荒れ果てて、周りの家屋も巻き込み巨大な森と化していた。

 その入り口と思われる場所には、一つの錆び付いた門があり、その門から続く道は今は星の光も届かない真っ暗な闇が広がっている。


 ギアがいるかもしれない暗闇の中を進むのはあまりにも無謀。

 朝を待ってから入って探索する予定だが、距離もある程度近いので、何かがあの暗闇の中から出てくるのではないかと不安はある。


「いやはや、まさかこのメンバーで拡神柱の外へ向かうことになるとは思ってもみなせんでしたな」

「危険そうだしなぁ」


 今、俺と弥生、火之村さんの三人は、橋本さんからの依頼で、町から離れて拡神柱の外でキャンプ中だ。


 橋本さんの依頼が、人具持ちしか行えないものじゃなければ安全なあの場所からは出なかったのに。


 そう思いながら、コーヒーを一口含んで空を見上げる。



 ・・

 ・・・

 ・・・・



「半年前に町が襲われた時、何人か行方不明になっているのは覚えてるかい?」


 橋本さんが俺の部屋で、協力を仰ぐ言葉を伝えた後に言った言葉がそれだった。


「僕たちと一緒に斥候に出てた人達の事だね、凪君」

「ああ、覚えてる」


 覚えている。確か、弥生を助けた時に聞いた。

 俺が着いた時にはすでにいなかったが、あの時に何人かは連れていかれたと聞いた。それが今になって何なのか。


「その行方不明になった人達が、拡神柱の外で見つかった」

「っ!?」


 周りがその言葉に驚きを隠せない。俺もそのうちの一人だ。


「掃討部隊が拡神柱の外を哨戒した時に、ここから三十キロ程離れた場所で人影を見たと報告があった」

「それが……」

「ギアの可能性もあったため遠くから見たそうだが、行方不明者の一人と容姿が一致したそうでね。……ただ、それが数ヶ月も前だそうだ」


 そんな数ヶ月前の情報がなぜ今更……。


「掃討部隊はすでに捜索に向かって?」

「いえ……それが……」


 貴美子おばさんの質問に、橋本さんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「掃討部隊は、先日撤収しました」

「……なぜ?」

「恐らくは、華名家が水原君に接触したからでしょう」


「……あの家にも困ったものね……」と呆れたような言葉と共に、貴美子おばさんは俺を見る。

 どうやら、あの掃討部隊を送り込んできた黒幕と、華名家は面識があるようだ。


「掃討部隊がいなくなればこの町の治安は回復するでしょうな。……問題が一つ減り、もう一つ問題が出てきたようですが、な」

「その捜索は誰が?」

「……君に頼みたいんだ」

「……俺?……ああ、そういうことか」


 掃討部隊はギアからこの町を守る役目を持っていた。

 ギアがもし攻めて来たら、その物量で守ることはできた可能性もある。

 それが今、いなくなった。

 いなくなった理由は、華名家が『三原』に接触し、庇護に入ったと思われたからであろう。

 これでおいそれと俺に手を出せなくなった、ということでもある。

 庇護に入った記憶はないが、つまりは、そういうことなんだろう。


 それだけで撤収するとは。

 やはり、この町を守る気もないあの部隊の裏にいる者とは仲良くできそうもない。


 掃討部隊がいないとは言え、人具は揃っている。ただ、それを使う「人」はまだ揃っていない。

 この町の警備のために動かせる人員がいない。

 だからこそ、神具を使え、他より精通していて、自由に動ける俺。というわけか。


「拡神柱の外に出ることになる」

「外、かぁ……」


 いつかは出ることになるとは思っていた。

 それが早まったと考えればいいのかもしれない。

 実際は、俺の町と隣町を移動する時も拡神柱の恩恵はなかったので、外に出たことがあると言えばあるのだが……。

 そういう話ではなく、危険だからこんな前置きをしてくれているのだろう。


「ギアがいるかもしれない場所で隠れてやり過ごしていると考えると、助けてあげたい」

「でも、凪様が危険に……」

「鎖姫を倒せる実力があるならなんとかなりそうだけど、不安ね」

「何人程行方不明に?」

「二十一人もいるんだよ」

「そんなに……?」


 そんなに連れ去られていたとは知らなかった。

 だとすると、撤退したギアは、最低でも十体はいたのではないだろうか。

 どれだけのギアがあの時押し寄せてきていたのか。

 拡神柱に触れて焦げたギアもいるし、突入したギアもいた。

 そう考えると、近くにギアが潜伏している可能性が高く、襲撃される可能性も高い。


 人選としては正しいのだと思う。

 だが、何か引っ掛かる。

 ギアに連れ去られて、どうやって生き延びたのか分からない。

 鎖姫を例にすると、あれは間違いなく人を見たら殺しにかかるはずだ。


 それに、掃討部隊が撤退した理由は、本当に俺を確保できなかったから、だけなのか?

 もし、近くにギアがいると知っていて、逃げたのだとしたら――


「……まあ、いいですけど」


 とは言え、動けるのは俺だけで、救出できる可能性があるのも俺だけなら、助けてあげたいとも思う。

 それこそ、ギアと遭遇する可能性があるのなら、神具や人具を使えないと無理な話だし、外を旅するなら、今のうちに経験もしておきたいということもある。


「すまない。……本当にいいのかい?」

「いいも何も、動ける人はいないでしょうし。問題は、その人達を俺が知らないってことで……」

「じゃあ、僕も行くよ、凪君」


 弥生が手を挙げて参加してくる。

 巫女が弥生を見て驚きを隠せていない。


「いいのか? 危険だぞ?」

「凪様……」

「お兄たん。ナオも一緒に行く」

「それはダメだ」

「では、私も行きましょう」


 火之村さんが声を上げると、誰もが一斉に火之村さんを見た。


「子供二人では危険ですから、な。この宇多のお礼もあります、な。よろしいですかな? 奥様」

「爺も行くなら安心ね」


 深々と丁寧にお辞儀しながら「ありがとうございます」という火之村さんが頼もしい。


「ただ、数ヶ月前の話だから、最悪の場合も考えなさい。あくまで今回は、生存確認に留める。いいわね?」


 貴美子おばさんの一言に三人揃って頷く。


 そして、次の日、俺達三人は捜索の為、俺の町から拡神柱の先へと抜けた。




 ・・

 ・・・

 ・・・・



「はぁ……」

「凪君はため息ばかりついてるね。やっぱり不安かい?」

「いや、そうではなく……」


 別れ際に、貴美子おばさんから言われた言葉が酷く気になる。


『あなた達が戻ってくる間に、改築は済ませておくから安心しなさい』


 改築するに当たって、厄介払いのような印象も受けるその言葉に、酷く落ち込んだもんだ。

 俺、一応家主なんだけど……


 いや、むしろ……往復一週間程で改築が済むってどういうことなのかと思う。


「戻ったら、どんな家になってるのか心配で……」


 なんせ、その言葉の後に案を出している女性陣が、張り切りすぎていてとんでもない改良をしそうだったからだ。


 とりあえずは、俺の部屋と正面の部屋には手を出さないようには伝えておいたが、どうなっているのか不安でしょうがない。



 碧が戻った時に、自分の部屋がなければさぞかし悲しむだろう。

 ……とは言っても、今はあの部屋はでっかい機械がどんとあって、後はどうなっているのか、俺もよく見てないから分からないのだが。

 年頃の女の子の部屋のようではないことは確かだ。

 ナオが何とか止めてくれることを祈ってはいる。


「まあ、考えても仕方ないし。昨日も言ったけど、もう、諦めた」

「あはは……」


 相変わらずな苦笑いを浮かべる弥生も、これから住む家がどうなるのか不安もあるのだろう。

 二人揃って、ため息をつく。


「気になるなら、早めに帰って阻止すべきです、な」


 そう、「ほっほっほっ」と笑う火之村さんが、あの時裏切ったことは忘れてない。


「裏切ったあんたがいうことじゃないでしょ」

「そうでしたかな?」

「まあ、何かあったら、火之村さんに頼るから、よろしく」


 家のこと以外であればなんなりと。

 笑いあい、いい時間にもなったので、ローテーションを組んでそれぞれが睡眠をとる。


 そして、何事もなく。次の日が訪れた。

 暗闇が晴れ、鬱蒼うっそうと繁った森林公園の中へと、足を踏み入れていく。


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