大丈夫

 ディランさんが回復魔法を唱えた。……その瞬間のことだった。

 カッと目映い光がその手から溢れだす。思わず目を閉じるが、その光は決して鋭くない、優しく、あたたかいものだった。



「な……にが……」



 その光に、なによりも驚いているのはディランさんだった。そのあたたかい光は僕を包み込み、みるみるうちにお腹にできた傷を塞いでいく。

 それを確認すれば、僕はクスリと笑い起き上がれば、花をディランさんに手渡した。



「……自己犠牲の勇気と、自己防衛の勇気がぶつかれば、世界が滅びるらしいです。だったら、どちらかが消えてしまえばいい」


「…………」


「二人とも、どちらかの勇気になってしまえばいい。自己犠牲の勇気に。……それには、自己犠牲の本質を知る必要がありましたけど、二度目の死を経験して、それを知ることが出来ました」



 僕があの空間でアリアさんに勝つことができなかったのも、回復魔法か他人に対してだけ有効なのも、今こうして、ディランさんと会話ができているのも、すべて、この自己犠牲の勇気のおかげだ。

 自己犠牲の勇気……それは、僕が思った限り――



「自己防衛の勇気が『生きたいと願う気持ち』なら、自己犠牲の勇気は……『生かそうと思う気持ち』だと思います」


「……生かそうと、思う、気持ち…………」


「今、ディランさんは僕を『生かそう』としてくれましたよね。

 ……思ったんですよ。ディランさんが生きることに執着しているのなら、それを消すことは出来ない。でも、瞬間的にでも『生きよう』という気持ちよりも『生きてほしい』という気持ちの方が強くなれば、その勇気が、自己犠牲の勇気になるんじゃないかと思って」


「…………賭けに、出たってこと?」


「はい」



 僕が答えれば、ディランさんはあきれたようにため息をついた。



「全くさ……それで僕が回復魔法使わなかったら、とか考えなかったの?」


「……あー、考えませんでした」


「バカじゃないの? 羽汰……」


「バカかもしれないですね」



 でも、これが正しかった。どこか吹っ切れたようなディランさんの顔をみれば、それは自ずとわかった。



「……勇気が、別の勇気に変わった。いやでも、それが分かったよ。おかしいな、今までだって生かしたいと思うことはあった。でも、体が動かなかったんだ。なのにさっきは……自然と、体が動いた」


「…………一緒に行きましょう、ディランさん。核を壊すんです」


「うん、分かってるよ、羽汰」



 ふとディランさんが、ポロンくんたちに目をやる。そして、優しく微笑めば、アリアさんをみた。



「…………アリア」


「……バカじゃないのか? なんで、私の前からいなくなったんだよ……」


「……強くなりたかったんだ、強く…………」


「強くなんかなくていい。……今までのディランで、十分強かったじゃないか。これ以上強くなってどうするんだ。そのままでいいから、側にいてくれ……ダメなんだよ、ディランがいないと」


「……うん、ごめん。でも……もう大丈夫だから。もう見失ったりしない。すぐにここから出してあげるからね」



 そしてディランさんは僕の隣に立つ。



「唱えればいい呪文はわかる?」


「えっと……わかんないです」


「そこは分かってますって言うところじゃない?」


「ぅ、仕方ないじゃないですか……! 僕はそんな、かっこいい主人公とは違うんですよ?」


「……十分かっこよかったよ。

 呪文はね――」


「――はい、分かりました」



 僕らは闇に向かって手を突き出した。そして、同じ呪文を詠唱する。



「「フラッシュランス!」」



 僕らの手から放たれた二本の槍は、真っ直ぐに闇の中へと消えていき……やがて、強い光を放つ。その光はこの空間に亀裂を生じさせ、ピキピキと音をたてて核を崩れさせていく。

 そして、数秒あって。


 ――核は、完全に崩壊した。


 ディランさんを縛っていた『自己防衛』の盾が、ようやくこれで消え去ったのだ。ふと隣をみればディランさんが笑っていて。ポロンくんもフローラも、ドラくんもスラちゃんもいて。……アリアさんも、いる。これでもう、



「……ウタ兄! あれ!」


「あれ? ……っ、あれは」


「……まだ、終わってませんね。あれを倒さないと」


「ウタ……」



 ディランさんが、ポツリと呟く。



「僕は勇気から解放された。と同時に、その力を失いつつあるんだ。……一緒にいきたいのはやまやまだけど、僕がいったら、またあれに影響されて、自己防衛を発動するかも分からない。だから」


「いい、分かってる」



 アリアさんはディランさんの言葉を止めれば、僕をみた。『分かってるだろ?』とでも言いたげな眼だった。



「……あそこはきっと、魔王がいる。生半可な力じゃ、行って倒れるのが分かってる。魔王を倒せるかもしれないのは勇者と……『自己犠牲の勇気』だけだ」


「…………」


「僕がいく。……それから」


「分かってる。……私も一緒にいく。私だって『勇気』を発動させたことがある身だ」


「我が近くまで送り出そう。……それより先は、祈る他ないのだが」


「十分だよ」


「あぁ。……絶対、帰ってくる。二人で」

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