答える

 ……結論から言うと、手も足もでないような相手だった。

 強かった。とても、強かった。

 攻撃は一つも当たらない。当たったとして、ダメージは0に等しい。逆に受ける攻撃は大きい。サラさんの弓とエドさんの剣という物理攻撃、エマさんと彰人さんの放つ魔法。何より僕らを苦しめたのは……



「ダークネス!」


「またっ……!」


「くそ……やめろ! フローラ! 私たちだ!」



 エマさんの『疑心暗鬼』だった。

 相手の理性を奪い、翻弄させる赤鬼。僕らは代わる代わるいいように操られ、どんどん攻撃の手段を失っていった。



「なんとかしないと……」


「…………」



 激しい攻防の中、不意に、エマさんと目があった。エマさんはゆっくりと目を閉じ……そして、僕に『伝えて』くる。



『……ウタくん。それは、本当に君がやるべきことなの?』


「え……」


『君がやるべきことは、一体なんなの? ディランと戦って、倒して、世界を救うこと? アリアを守ること? 仲間を守ること? ……きっと、全てYESなはず。でも、これだけじゃない。そうでしょう?』



 僕のやるべきこと……それは、きっと。

 雷が目の前に落とされる。それを避けたと思えば、すぐ隣でエドさんの剣が振り下ろされていた。



(自分の罪を、受け入れること。そして、ディランさんを救うこと)


『そのために君は、何をしたらいい?』



 罪を受け入れるのは、簡単じゃない。僕は今までずっと逃げてきた。今だって逃げている。だけど……これを受け入れる方法は、知っている。


 体に直接受けた剣は、重く、冷たい。シャツの隙間をぬって、体に赤い線が引かれる。


 罪を受け入れるには、それを全て思い出すのだ。細かいことも、全部全部。そして忘れないで、誰かに話すのだ。大切な……誰かに。そして、許されなくとも、自分を許すのだ。これだけ謝ったから、これだけ償ったからって。


 ……でも。



『サラさんも、エドも、アキヒトさんも、みんな、本当は気づいているのよ。私がなんで三人に協力して、あなたたちを止めようとしているのか』


「……っ」


「ウタ……!」



 蓄積されたダメージが大きすぎた。『勇気』が発動していない中で、格上の相手との攻防には無理があったのだ。目の前がチカチカと揺れる。


 ……諦めた方がいいのだろうか?

 僕は、まだできる。まだ行ける。でも……みんなは、そうじゃないかもしれない。実際、フローラは疑心暗鬼にかかる回数が増えたし、スラちゃんは炎魔法をまともに食らってから動きが鈍い。ポロンくんは『窃盗』を使っているが、場所を見抜かれているため、その意味はほぼ皆無だ。MPの残りも少ない。

 ドラくんはまだ行けるだろうか? いや……僕を守って、余計なダメージを受け続けている。このままだと危ない。まともに動けているのは……アリアさんだけだ。


 アリアさん一人に、この四人の相手をしろなんて、無理な話だ。だったらここで諦めてしまった方が、いいのかもしれない。ここで諦めてしまえば……ディランさんと戦うことだってなくなる。どちらかが倒れて、どちらかが生きる。そんなことなくなる。辛い結末から、確実に逃げることができる。だったら……。



「……ウタ、バカなこと考えるな」



 アリアさんが、小さく告げたのがわかった。そして、大きく息を吸い込めば、スキルを発動させる。



「王室の加護!」



 ステータスを上昇させるのか……そう思ったけど、違った。



『お前ら全員、よく聞け』



 僕らの脳内に、アリアさんの声が響く。そう、僕『ら』のだ。

 アリアさんは剣を片手に鬼へと向かっていった。エマさんの指示を受けた鬼はアリアさんの剣を手で受け止め、その体ごと弾き飛ばす。



『ポロン……お前はしっかりものだ。やんちゃもするけど、ちゃんと私たちのことを考えて行動している。それは、私がよく知っている』


「……アリア姉」


『フローラは、明るくなったな。コックスの後ろに隠れてビクビクしていたのが懐かしいよ。大切な強い仲間。本当に誇りに思う』


「アリアさ……」



 アリアさんが何を伝えようとしているのか……僕らにはすでに、痛いほど分かっていた。



「スラちゃんはかわいいなぁ。私たちのことが大好きで、たくさんたくさん笑わせてくれる、明るい気持ちにさせてくれる。そんな、凄い力を持ってる」


「…………」


『ドラくんは最初怖かったけど、今となっては頼れる我らが主戦力だ。私たちのことを守ってくれているのは、一緒に戦っていて、よく分かる』


「……ありがとう…………」



 アリアさんは、僕らに伝えようとしてくれているのだ。

 これだけ自分にとって、僕らが大切なんだってことを。これだけ成長しているんだから、絶対にできるということを。



『……ウタ』


「…………」


『……何か言ったほうがいいか?』



 再び赤鬼へと向かっていったアリアさんの体を、鬼は殴り飛ばした。そしてそのまま、その細い体は太い木へと打ち付けられる。



「アリアさんっ!」



 駆け寄れば、その足からは血が止めどなく溢れ出していて…………。

 あのときのことを、思い出した。はじめて剣を振るった日、アリアさんを助けたいと願った日。



「ぅ……くっ……」


「……アリアさん」



 僕は、立とうとするアリアさんをそっと制した。



「……僕にも何かいってくださいよ」


「……言ったら、どうしてくれる?」



 僕は剣を握りしめ、振り向いた。



「全力で答えます、その言葉に!」

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