さてと

「……やっとダンジョン行ったって?」



 ジュノンはそう呟きながら、はぁ、と一つ大きなため息をつく。それもそのはずだ。彼女は今日はかなり疲れていたのだ。



「お疲れだねー、めずらしくー」


「実習……話聞いとけっての……」


「……紅茶でも入れようか?」


「コーヒー、ブラックで」


「おっけ」



 ジュノンの言葉にうなずき、テラーが席をたつ。紅茶でも良かったが、今日は眠れないはずだ。カフェインをとっておきたい。



「……にしても、ジュノンも悪趣味というかなんというか……難儀な性格してるよね」


「そう?」


「かなりね」


「……まぁ! 自覚ないんですって! どう思います、奥さま?」


「ふぁー? うん、そうだねー。…………眠い」


「はい、ジュノン」


「ありがと」


「……まぁ、悪趣味っていうか、意地悪だな、うん」



 おさくはどこから取り出したのか、チョコレートをアイリーンの口へ運びながら言う。チョコレートを口に入れたアイリーンはそれを飲み込み、うなずく。



「息するように嘘ついたよねー、よくバレなかったね、ウタくんにー」


「まぁ、なるべく使わないようにしてるみたいだったから、こっちが意図的に隠そうとすれば読み取れないでしょ? 逆もしかりだけど」



 ジュノンは言いながら、コーヒーを口に含む。



「にしたって……別に漆黒に行くのに、A級になる必要ないし、なったところで加護なんかもらえないでしょ? でもわざわざ行かせたってことは……?」



 テラーはわかっているようだったが、あえてその答えをジュノンに託す。ジュノンもそれを察し、静かにうなずいた。



「……やっぱ、だいたいの冒険者がA級になれないで終わるのは……実力もそうだけど、心がついていかなかったからってことなんだよね」


「私が言いに行かなくても、パレル内で一番レベルが低いのはクランだし、そこに行っただろうからね」


「……どこのダンジョンでも、一番レベルが低いところに、あいつ、いるよね」



 ジュノンはうなずく。一番低いレベルの場所にいる敵……無論それは、レベルに見あった敵なのだが、それを倒すことに意義がある。……彼女たちも、出会ったことがある敵であった。



「まぁ……私たちは、なんとかなったけど」


「……ジュノンはさ、主に、ウタくんにあいつを倒させたいんでしょ? 多分?」


「きっと?」


「もしかして」


「不確かー!」


「うん不確かー! ……じゃなくて本当に」


「まぁ、そうだね」



 ジュノンはその言葉を否定しない。……実際そうなのだ。その敵を倒してからでないと、漆黒に行ったとして……彼はおそらく死ぬだけだ。彼女はそう考えているからこそ、Unfinished全体を巻き込んで、ダンジョンに向かわせたのだ。



「……普通に考えてよ。今のままじゃ、死ぬよ?」


「…………」


「……まぁ、そうだろうね」


「……でも」


「……でも、なに?」


「…………」



 返すことができないテラーの代わりに、アイリーンが口を開く。



「……耐えられるかなーってことでしょー? テラーが不安なのは」


「……うん、そう。

 ……壊しちゃわないかな? Unfinishedを」


「壊れるんなら……そこまでじゃない?」



 ジュノンは冷たく……いや、一種の優しさをもって、そういい放つ。彼女は知っている……いや、分かっている。

 例えばこのダンジョンを攻略出来なかったとして、漆黒へ行き、魔王と、そしてディラン・キャンベルと対峙することは容易に出来るのだ。


 しかし……対峙したとして、勝率は0。彼女たちでも倒せるかさえ分からない相手だ。ダンジョンひとつ攻略できないようならば……さっさと解散してしまった方が、身のためだ。



「……素直じゃないなぁ?」



 おさくは笑いながらそういうが、真意は分かっていた。だってそうでなければ、今日行う、この方法を……受け入れるはずがなかった。



「……壊れるならそこまで。でも……きっと壊れない」



 ドロウが言いながら笑う。



「でなきゃ……無理だもんね」


「……いいから、やるよ」


「はいはい」



 そして個性の塊'sの五人は円になり、それぞれの右手を差し出した。



「もしもクランを攻略できたら――」



 そのジュノンの言葉に被せるように、テラーが呪文を唱える。



「……レラント」



 そして、それぞれの手が囲んだ真ん中、そこに魔力が集まるのを眺めながら、テラーが不意に口を開く。



「……ねぇ、久々にあれ、チャレンジしてみる?」


「あれ?」


「あー、元の名前思い出せるかチャレンジ?」


「別にいいけど……」


「じゃあ、あ! から!」


「あーじゃない気がするー」


「あ、入ってたかな?」


「入ってー…………ないんじゃね?」


「入ってないか」


「じゃあ、い!」


「い……い?」


「ピンと来ないな」


「じゃあ、入ってないんじゃない?」


「うはどう? う」


「う……?」


「うって……なくね?」


「ないね」


「じゃあパスね。次、え、だよ」



 ……彼女たちが元の名前を思い出すことは、きっとない。なぜならば、あも、いも、うも。彼女たちの名前に含まれている文字なのだから。

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