気になること

「……その前に、ちょっと時間もらって良いかな、ジュノン」



 不意にテラーさんが口を挟む。そして、それを知っていたかのようにジュノンさんはうなずいた。



「ウタくんのことでしょ?」


「僕の……?」


「ウタのことって……こいつ、何かあるのか?」


「何かは、あるよ。

 ……心当たりあるでしょ?」


「…………」



 無いと言ったら……きっと嘘になる。

 間違いない、『声』のことである。さっきもアリアさんの声が聞こえた。最初に聞こえたのは、レイナさんの声。『待って』と言っていた、あの声。聞いたことなかったはずなのに、あとから聞いたレイナさんの声は、その声とぴったり一致していた。


 それがみんなに聞こえていたり、実際にレイナさんが声を出していたのなら何の問題もない。しかし、個性の塊'sがわざわざ話題に出すのだ。何か……あるのだろう。



「声、聞こえてるんでしょ?」


「声……?」


「……最近、誰も何も言っていないのに、人の声が聞こえることがあって」


「私の時とは違うのか?」


「違います。あのとき聞こえていたのは『言葉』であって、『声』じゃなかったんです。アリアさんの声が、音として発されていない。それでも、言葉は分かるって感じで。


 ……でも今は、音として聞こえる『声』と、僕の頭の中だけで響いている『声』の判別が出来ないんです。

 だから、その人は何も言っていないのに、その人の声が聞こえる、みたいな」



 僕の説明を聞いて、アリアさんは頭を捻る。よくわからない、といった感じだ。仕方ない、僕だってよくわからない。自分の体で、何が起こっているのか……。



「アリアさんの、声にならない声が聞こえる……。それは、この予兆だったのかもね」



 ドロウさんが呟く。僕のこの状態……一体なんだというんだ。



「あのねー」



 アイリーンさんが、食べていたチョコレートを飲み込み、僕に言う。



「それは、『特殊職』としての能力だよ」


「特殊職……って、勇者とか、蘇生師とか、そういう?」


「いいか少年!」



 おさくさんはそう声をあげたあと、息を一つ吐き、真剣な表情で僕を見る。



「……ウタくんが手にいれた特殊職……それは、『聴き手』だよ」


「聴き手……?」


「相手の心の中の、本当の言葉を、声として聴くことが出来る職業。……使い方によっては便利な部分が大きい。でも、使いこなすのが難しい特殊職だよ」


「……っていうのは?」


「だってさ?」



 ジュノンさんが、当たり前を当たり前と告げるように、しかし、しっかりと僕に警告の意味を込めて、言葉を投げた。



「知らぬが花……って言うじゃん?」


「…………」


「今私らはこうやって普通に話してるわけだけど、例えばこれ、私たちがどこかで裏切ってやろうって思ってたとしたら、多分分かるよ、ウタくん。それが分かるのは『いいこと』だよね?」



 ……決してよくはない例えなのだが、裏切りを前もって知れるのは良い。対策もとれるし、なにより説得の時間を得られる。



「……でもこれが、こういう根本的な裏切りとかじゃなくて、私たちが『ヤナギハラ・ウタって本当にウザい、早く死ねば良いのに』とか思ってたとしても知れるってことだよ」


「…………」


「そうは思ってないけどね」



 そう言ってコーヒーを口に含むジュノンさん。

 ……僕が声を聞いたのは、どんなときだったろうか? ……ありすぎる。ありすぎて分からない。何でもかんでも頭に流れ込んできているわけではないのだ。



「すごく扱いが難しいスキル……。言ってしまえば、人の心が分かるスキルだからね。本音と建前、両方聞くことになる。

 聴きたくないことを聞かずに、聴きたいことだけを聴く。そういう使い方を出来るようにならなきゃいけない」


「……そんなこと、僕に出来るんでしょうか」


『出来ないことなんて言わないよ』


「じゃあ出来るんですか?」


『さぁねウタくん次第じゃない?』


「僕次第……ですか」


『ウタくんがそう努力をすればコントロールはもちろん出来るようになるし、少なくとも聴きたくないことを聞かないくらいは出来るよ。

 ……ところでさ』



 ジュノンさんの手が、僕の肩に触れる。何かと思ってそちらを見ると、ジュノンさんは僕をじっと見つめ、小さく笑みこぼしていた。



「……気づいてた? 私、喋ってないよ?」


「え……」


「わざと声に出さないでみたんだよ。……喋ってないよね? 私」


「うんー! ジュノン喋ってなーい!」



 アイリーンさんが元気よく返事する。……そんな、こんなに気づかないなんて……。僕は『心の声』を普通の声として認識していて、それと会話していた。

 それはそれで良いのかもしれないけど……区別くらい、出来るようにならないとマズイ。



「……ま、Unfinishedと塊の中では特に不便することもないと思うよ、それ。ってのも、お互いそんなに大きな隠し事とかしてないし、悪口とか? Unfinishedが言うことは多分ないし私らだったら面と向かって言っちゃうし」



 でも、後のことを考えれば、コントロール出来た方が絶対に良い。

 ジュノンさんは、暗に僕にそう断言していた。

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