ゴーレム

「にしても……あれじゃ土と言うより、ただの岩だな。どれだけの時間放置されてたのか」


「えっ、ゴーレムって、土なの?」



 目の前にいるそれは、明らかに『岩』だった。粘土とかそんなのじゃなくて、ごつごつとした、巨大な岩そのもののようで、土とはとても思えなかった。



「そもそもは土ですよ。普通の人がゴーレムを作れば、見た目は粘土みたいな感じで、いかにも土っぽいです。

 体長も1メートルほどしかないんですが……放置されると、どんどん自分で大きくなるらしいです」


「それにしたって大きいな。最低でも半年は放置され続けているぞ」


「そんなにですか!?」


「……ここに、ロインは来たんだよな…………」


「…………」



 少し、レイナさんがうつむいた。と思ったら、ゴーレムがその大きな腕を振り上げた。

 真っ直ぐに振り下ろされたとするならば、その先にいるのは、レイナさんだ。音が聞こえないレイナさんは、その変化に気づいていない。



「レイナっ!」



 それに同じように気づいたであろうアリアさんは、僕から手を離し、レイナさんを後ろに突き飛ばし、ゴーレムとの間に入り込み、手のひらを突き出す。



「……シエルト!」



 アリアさんのシエルトは、個性の塊'sのそれと比べるとまだまだ薄く、脆い。それでも、ゴーレムの腕を防ぐことはでき、その後に砕け散った。



『ごめん』


「謝るな。謝るときは、死ぬときだ」


『……分かった。ありがとう』


「すまんな。……スラちゃん、お主は皆を出来るだけ遠くに連れていってくれ! ただし、我が見える範囲で。頼むぞ」


「分かった! みんな、こっち!」



 スラちゃんが僕らを誘導し、壁の端の方へつれてくる。僕はドラくんのことが気になって気になって、そこから目を離せないでいた。

 ゴーレムの攻撃を受け流しながら、攻撃を仕掛けながら、しかし、ドラくんは大したダメージを与えられていなかった。なぜか? 攻撃を与え、壊れた部分は、即座にその場の土を使い修復してしまうからだ。



「あれ……埒があかないよ」


「ゴーレムの倒し方は、かなり特殊なんだ」



 アリアさんが僕にそういう。



「ゴーレムを作るときに、『emeth』と書くんだが、消すときにはeを消して、死という意味をもつ『meth』に変える必要がある。

 昔ながらの作り方、消し方ではあるが、この方法が一番確実で、手っ取り早い」


「その文字は……どこに?」


「ドラくんはこのことを、まず確実に知っている。どこか一ヶ所を集中的に狙っているはずだ」



 そう指摘されて、よくよく見直してみると、確かに、どこか一ヶ所だけを見て攻撃しているのがわかる。

 しかし……場所が悪い。『emeth』の文字が書いてある場所、それは、巨大なゴーレムの胸のあたりだった。


 入り込みにくい。ドラくんはゴーレムとやりあうために羽だけは出している。羽のお陰で大きなゴーレムとも対峙できているが、潜り込むことは出来ないでいる。



「……どうにかしてeを消せたらいいのに……」



 スラちゃんが呟く。土と岩に囲まれたこの場所。ゴーレムにとっては最高の場所であろう。

 しかし逆に言えば、その分ドラくんの分が悪いということだ。レベル差やなにかは分からないが、少し押されている。


 その時だった。

 ゴーレムが薙ぎ払った腕が、ドラくんに襲いかかる。翼の分大きな体。避けきることが、できない。



「なっ――」


「ドラくん!」



 ドラくんの体は、丈夫だ。しかし今は人の体だ。その人の体が、強く、遺跡の壁に叩きつけられる。翼は消え、その場にうずくまる。

 僕は後先考えずにスラちゃんの横を通り抜け、ドラくんのもとまで走った。後ろから呼び止めるような声がした気がするが、そんなものおかまいなしだった。


 すぐそばに駆け寄ると、ドラくんは……いつかのアリアさんのように、必死に痛みをこらえていた。打ち付けられた背中からは血が滲み、衝撃からくる、自分が知らない息苦しさを耐えているようだった。



「ドラくん! 待ってね、今回復薬あげるから……」


「いや……いい、我は大丈夫だ」


『体が痛い。どうなっているんだ、頭が、クラクラと……。これが人の……』



 突如聞こえてきた二つの声。僕は後者を、ドラくんの本心として捉えることにした。



「大丈夫だよ、ドラくん。個性の塊'sの回復薬はすごいんだから。ほら、これ飲んで」


「我はいい……数もないだろう?」


『これを飲めば、楽になるのか……?』


「数の問題じゃないってば! ……ほら!」



 本心をひたすらに隠そうとするドラくん。僕は見ていられなくなって、回復薬の栓を抜き、ドラくんの口に突っ込んだ。



「んぐっ……う、ウタ殿……我は、いいと……」


「なんでそんなに嫌がるの? 僕はドラくんが苦しんでるのを見るのは嫌だよ」


「……それは」



 ゴーレムが僕らに攻撃を仕掛けようとする気配。それを見て、スラちゃんが駆け寄ろうとする気配。邪魔だとでも言うように、スラちゃんを殴り飛ばそうとしているゴーレムの気配。



『我らの力は、ウタ殿の力。回復したらその分、ウタ殿の体に負担が係るのでは……。

 回復して、そして再び戦えばなおさらそうなる』



 ……なんだ、そういうことか。



「ウタ殿、とにかくここにいてくれ! お主の負担は自分が思っている以上に大きい!」


「……関係、ないよ。そんなの」



 恐らく、変わったであろう僕の気配。自分でもわかる。僕は、必死に怒りを押さえつけていた。

 僕は駆け出し、スラちゃんの前に。聖剣を抜き、振り下ろされる腕を、その勢いのままに切り落とした。


 腕は土に変わる。苦しみと怒りを混ぜたような視線がゴーレムから伝わる。



「……お前は、ここに、ずっと放置されてたんだよね。それにはそれで、思うところはあるよ。……でも、」


「…………ウ、タ?」


「ダメだ、今は!」



 僕は剣を携え、ゴーレムに向かっていった。



「僕の仲間には……手を出すな!」

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