さらに奥へ
ドラくんの言っていた通りだった。さすがに20近いウルフを全て使役するにはかなり力を使った。
その後、目を覚ましたウルフたちは僕の言うことを聞いて外に行ってくれたけど、僕は動けるものの、かなりしんどい状態になっていた。
「……ウタ…………」
「あ……スラちゃん、どうしたの?」
ドラくんにおぶられた状態のスラちゃんは、僕に向かって、心配そうに手を伸ばす。
「……大丈夫、大丈夫だよ」
と、ブリスさんが振り返り、僕らに向かって声をかけた。
「……ここから先は、もっと魔力が薄いかもしれません。ウタさんもそんな状態ですし……三人は、ここで待っていてくれても構いませんよ?」
少し、その手も考えた。こんな状態でついていったところで、足手まといになるだけじゃないか。そうなるくらいならば、僕はここで待っていた方がいいのではないか。……そう、考えたのだ。
しかし、魔力が薄くなっているこの空気。そしてその原因は、『なにか』がいること。『なにか』はウルフではない。ウルフも、この空気にやられていた。だとすれば、もっと巨大な『なにか』が、この先にいるはずだ。
……そう考えたときに、僕がここに残るのは得策じゃないと、そう思ったのだ。例え少し歩くのが遅くなっても、その『なにか』に出くわしたとき、闘える人数が多い方がいい。ドラくんがここに残るなんて、もっての他だ。
ただ……スラちゃんのことだけは、気がかりで仕方ないのだが。
僕一人じゃ、決められない。
「僕は、先に進みます。ただ、ドラくんにはついてきてほしいけど、スラちゃんを残していくわけにはいかないし、どうしたらいいか困ってます」
「……ぼく、行けるよ?」
そう言いながらにかっと笑って見せるが、僕から見ればそれは、いつもより数段ぎこちなかった。……無理をしているに違いない。無理をさせてまで、一緒に来させて、メリットは? ドラくんと一緒においていく?
「……ドラくん、ウタさんの力とかで、魔力の薄い空気に対しての耐性を、ちょっとでももらえませんか?」
不意に、フローラがこんなことをドラくんに提案した。
「耐性……? 僕は、耐性があるの?」
「人ならばあります。ドラゴンや魔物にはそれがないか、あるいはとても少ないんです。
でも、ドラくんとスラちゃんはウタさんの使役している魔物だから、もしかしたら使役者の力を使えるかもしれない……と、思ったんですが、どうでしょう?」
フローラが不安そうにこちらを見る。僕のことも、心配してくれているに違いない。ドラくんは少し考え込んだあとに、ポツリポツリと話す。
「出来ないことは、ない。しかし、耐性をそのまま、受けとることは出来ない。そうなると……ウタ殿から、目に見えない形で足りない魔力を補完してもらうことになる。
魔法を使ったときなど、明らかな不調が現れる」
つまり……ドラくんは遠巻きに、『僕に負担がかかるからやめておいた方がいい』といっているわけだ。ドラくんの言葉を聞いたフローラも、また考え込む。
……でも、僕は、そうは思わない。
「分かった。じゃあ、僕が魔力を分ければいいんだよね?」
「ウタ殿……しかしそれでは、本当に」
「少なくとも今の状態では、僕らにとって、ドラくんがいないことは痛手だよ。僕が魔力を分ければ、ドラくんとスラちゃんは動けるようになるんでしょ? ……どうしてもの時には、『劇薬』かなにかで助けてもらうから大丈夫だよ」
『でも、移動の時とか、体に負担がかかるのは変わらない』
「そうだ。それにお前だって本気になれば十分すぎるくらいに」
「それも大丈夫ですよ。移動するくらいの体力はありますし、あれは、そう簡単には発動しません。頼りすぎるより、ドラくんに後ろを守ってもらった方がいいはずです」
……僕の力でどうにかなるのなら、それでいい。所詮僕は、ヘタレで、敵前逃亡する、転生者なのだから。『成長した』といわれても、ステータスの称号がそれを物語っている。
「で、でも!」
「ウタ殿……お主に対しての負担が大きすぎる。ウルフを使役したばかりだろう? その上我ら二体の魔力を補完するなんてそんな無茶な」
「無茶じゃないよ、大丈夫だよ」
「しかし」
「それとも……これを、主人からのお願いじゃなくて、命令って言えば、ドラくんは納得してくれるの?」
「……それは……」
「じゃあ命令だよ。ドラくん、スラちゃん、僕の魔力を使って、足りない部分を補って。分かった?」
「…………っ」
スラちゃんは、渋々うなずき、ドラくんは消え入るような小さな声で「心得た」と答える。
そして、二人がおもむろに僕に近づき、右と左、それぞれ手をとる。……すると、全身から『何か』が抜け落ちていくような感覚に襲われ、一瞬だけ、目の前が白くなる。
しかしそれは本当に一瞬で、すぐに戻る。立ちくらみを起こしたりとか、立てなくなったりとか、そんなことは全くなかった。ただどこか……ダルさが体に付きまとうだけだ。
ハッと前を見ると、しっかりと自分の足で立つスラちゃん。そして、僕の目をしっかりと見るドラくんがいた。
「……こうなった以上、我らはお主を全力で守るぞ。異論はないな?」
「ないよ」
「心得た」
「ウタのことは、ぼくらが守るからね!」
「うん」
「……では、先に進みますよ?」
「すみませんブリスさん。もう進めます」
そうして再び進み始めたが、僕はなんとなく歩くのがしんどくて、それに集中する形になっていた。
「……お前の『大丈夫』も、役に立たないな」
ふと、僕の隣に立ったアリアさんが呟く。そして、何でもない感じで僕に右手を差し出す。
「握っとけ。少しくらい体重かけても構わない」
「でも」
「さっきの卑怯なやり方を真似するなら、これはマルティネスの姫からの、お願いじゃなくて命令だ。……いいな?」
「…………」
僕は、少しためらいながらその手をとった。……柔らかく、あたたかく、少し冷たい。そして、僕よりも一回り小さな、女性の手だった。
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