微笑み

「え……あ…………」



 言葉を、失う。

 今まで感じた、どんな感覚よりも鋭く、『それ』は僕らの体を貫いた。

 ただ微笑まれただけ……ただ、微笑まれただけで、それだけで僕らは、その場に杭を打たれたかのように、立ち尽くし、動けなくなっていた。


 威圧の超上級でも感じなかったような感覚。

 そんなもの、明らかに凌駕するその感覚。

 その気配を纏う女性は、僕らをちらりと見たあと、クスリと笑い、口を開く。



「……顔色、悪いですよ?」



 身の毛がよだつ、とはこの事だろう。全身に鳥肌がたち、息をすることさえ忘れてしまう。しかし目の前のその人から目を逸らすことは許されず、標本のように立ち尽くす。

 そんな僕らを見つめ、楽しそうに微笑んだ女性は、一度目を閉じ、もう一度僕らを見る。


 のし掛かっていたプレッシャーから一気に解放され、思わず2、3歩後ずさる。そうなってしまったのは僕だけではなく、アリアさんも、ポロンくんも、フローラも、みんな、この人の殺気とも取れる気配に、強張った表情を浮かべていた。



「何かご用ですか?」



 女性がそう言ったのを聞いて、ハッと思い出す。ジュノンさん……! この人が……?

 しかし、恐怖と戸惑いで言葉がうまく出てこない。



「えっ……と…………」


「う、ウタ……男だろ、頑張れ」


「ウタさん……」


「ウタ兄……」


「そそそ! そんなこと言われたって……!」


「怖くなーいよ?」



 説得力なーいよ!?



「じゅ、ジュノンさん……って、人を、探して……いて…………」



 ま、まぁ、さっきの威圧というかなんというかからして、まずこの人がジュノンさん



「今いないけど?」


「あなたじゃないんですか!?」


「違うよ?」



 女性は頭だけ教室に突っ込み、まだ残っていたエッグたちに呼び掛ける。



「ねー、私、ジュノンじゃないよねぇ?」


「そ、そうですよ。ジュノン先生は……えっと、今はどこで授業してるんですかねぇ……」


「え、ジュノンじゃないとしたら……誰だ?」



 ポロンくんがそういいながら女性を指差すと、教室内にいたエッグの一人が声をあげる。



「まっ……マーラー先生です!」


「そうなんですか?」


「そうそうー」


「マーラー……さん?」


「もうちょっと校舎内探してみたら? じゃーねー」


「あっ」



 片手をひらひらと振りながら去っていくその人を、僕は思わず鑑定した。いや、本当はいけないんだけどさ? でも、気になりすぎる。

 第一、あれだけの力を持っておいて、『ただの化学教師ですよー』とか冗談にならない。どっかの魔法使いみたいに、『どうして、「ただの」化学教師だと思ったの?』とか言われておかしくないもん!


 そして鑑定した結果が、こちらになります。




名前 マーラー


種族 人間


年齢 23


職業 化学教師


レベル 21


HP 3600


MP 1900


スキル アイテムボックス・威圧(上級)・暗視・剣術(中級)・体術(中級)・初級魔法(熟練度6)・炎魔法(熟練度4)・風魔法(熟練度4)・闇魔法(熟練度3)


ユニークスキル 化学


称号 化学教師・無慈悲




 んんんんん……? ジュノンじゃ……な、い? あっれー?

 特に不自然な部分はない。いや……あるとしたら、『威圧(上級)』のところだ。あれで上級とかふざけてる。もっともっと、上の実力のはずだ。それなのに、上級……?



「……ウタ…………。今のは、なんだ」



 そういうアリアさんの声色は、どっと疲れているような、そんな感じがした。でも、そんなこと言われたって、僕にもよくわからない。



「なんだった……んですかね」


「でも、ジュノンじゃ……ない、んだろ?」


「エッグの方もそういってましたし、ジュノンさんは他にいるんですね」


「んー……鑑定した結果も、おかしなところなかったしなぁ。そもそも、鑑定できちゃってるんだよね。許可取ってないのに」


「鑑定してたのか!?」


「はい。さっき」


「ざっくり教えてくれないか?」


「レベルも21でしたし、HPも3600で、変なところはありませんでしたけど……でも、威圧は上級でした」


「上級!? 上級で、あれだけの力なのか!? そんなわけないだろう」


「ですよねー……追いかけてみます?」


「そうしよう。気になりすぎる」



 そうして僕らは女性を追いかけたのだが……



「……あれ?」



 僕らが女性が行った方に向かったところ、そこはまさかの行き止まり。階段もなにもなく、もちろん誰もいなかった。



「おいおい、どういうことなんだよ!」


「あの人は、一体どこに消えたんですかね……」


「……やっぱり、あれがジュノンだったのか?」


「でも……鑑定では、マーラーって……」


「……事務の方にいってみよう。なんか、すごく、遊ばれてるような気がする」



 そうして事務の方に行くと、僕らは衝撃的な事実を突きつけられることになった。



「ジュノンさん? あぁ、さっき研究所の方に向かわれましたよ?」


「あ、あの、マーラーさんって……?」


「マーラーさん……? そんな方、この学校にはいらっしゃいませんよ?」


「なん……だと……?!」



 じゃあさっきの誰だよ!

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