予想外

「大丈夫でしたか、アリアさん」



 僕が手を差し出すと、アリアさんはその手を取り、ゆっくりと立ち上がる。



「……いつの間に座り込んでたんだか」


「無理は、しないでください」


「あぁ。……でも、おさくの言う通りだな。疑ってばっかりじゃ楽しめないからな」


「アリアさんなら大丈夫です! それに、私たちもいますから!」


「あぁ! そうだな!」



 ……それにしても、先帝が言っていたのが本当ならば、もう一人いるはずなのだが、出てこない。逃げた? それとも…………。



「おお、お主ら。大丈夫かの?」


「先帝……! はい、大丈夫です」


「眠りこけてたやつらはさっさと始末したわい。無論、殺してはおらんから心配するな」


「僕らの方は……まぁ、色々ありましたけど、なんとか。

 最後の一人が見つからなくて」


「……ん? …………! お前らっ!」



 そのとき、アリアさんが僕らを庇うように後ろに飛び退けた。瞬間、何かの刃が僕らを掠める。アリアさんのおかげでギリギリそれをかわすことができたが、その攻撃を行った人物の姿が見えない。



「ど、どういうことでしょうか!?」


「見えない……!?」



 思っている間に迫る殺気。フローラを迫り来るそれから守ろうとして前に入ると、右腕がざっくり切れた。



「ぅ……あ…………」


「う、ウタさん! だ、大丈夫ですか!? ごめんなさい、わたしのせいで」


「いいから、気をつけて。

 …………なんか、嫌な予感がするんだ」



 この傷……血がダラダラ出てきて止まらないし、痛いし、深い。ちょっと痙攣していて手を使うのに支障も出る。血が……うわぁぁ…………、くらくらする。

 しかし、そうじゃなくて、なにか、嫌な予感がする。


 そのとき、奥にあった扉が開き、一人の男が出てきた。あの人だ。アニキと呼ばれていた、あの人だ。



「……この早さ。やはり俺たちをつけていたんだな。そのために一人、こちらに送り込んだ。そうだろ?」



 何もかも見抜かれているのか……? だとしたら、ポロンくんたちは……?!



「心配しなくても、みんなもう逃げているよ。魔法で地面に穴を開けて、そこから逃げたようだな」



 ポロンくんだ。ポロンくんのおかげで、みんな、無事に逃げてくれたんだ。



「……まぁ、」



 男の前に一人、ナイフを持った人間が現れる。そのナイフからはまだ、僕の血が滴り落ち、地面に染み込んで消える。

 くせっ毛のオレンジの髪に茶色の瞳。まだ背の低い少年は、意思のない目でこちらを見上げるようにして、得たいの知れない殺気を向けていた。



「……ポロン?」



 フローラが一歩、二歩とポロンくんに近づき、走り出す。が、



「ゲイル」


「……え、あっ!」



 ポロンくんが放ったのは、風魔法だろう。困惑するフローラは暴風によって吹き飛ばされる。後ろにいた僕らも強風にあおられ、うまく身動きがとれない。



「フローラっ!」



 アリアさんが吹き飛ばされたフローラをしっかりと受け止める。が、やはり混乱しているようだった。



「……お主、もしや、なにか人の精神を操るスキルでも持っているのか?」


「これはこれは、先帝じゃないですか。……国の長ともあろう方がこんなところにノコノコと来るなんて。

 ……持っている。人を操るスキルは。『操り人形』というスキルがな」


「操り人形……」


「こいつの自我はもうない。俺がこのスキルを解除しない限りはな」



 つまり、ポロンくんは、ポロンくんだけどそうじゃないってこと。体はポロンくんのものだけど、今動かしているのはこの男。

 それでもポロンくんはポロンくんだ。傷つけることはできない。


 ……どうしたらいいんだろう。



「マルティネス・アリアのいるパーティーは、仲間を必要以上に大切にしていると聞いたことがある。それはつまり、仲間が一番の弱点だということだ」



 僕らの、一番の弱点……。

 そうかもしれない。だって、こうしてポロンくんの身柄を奪われただけで、一歩も動けなくなっている。



「……ウタ、お主が望めば、わしはあやつを止めることができる」


「……それは、どっちですか?」


「どちらもじゃ。しかし、そうすればポル・ポロンは……無傷では済むまい」


「ダメですそんなの! ……ダメですよ」


「ウタ……」


「ウタさん、でも」


「だってアリアさん! フローラ! ……ポロンくんなんだよ?」


「…………」


「中身がどうであれ……ポロンくんなんだよ。傷つけられないよ」


「でも、ポロンはお主を傷つけたな」



 僕は血が滴る腕を押さえた。



「……だからなんだっていうんですか」


「ウタ」


「……ふん、仲間はやはり傷つけられないか。それなら、お前たちの負けだな。

 ……やれ、ポル・ポロン。殺すな。徹底的に痛め付けろ」


「ウタさん!」


「フローラはさ、そういう選択をしたとして、攻撃できるの?」


「…………」


「アリアさん……!」



 ……この沈黙は、肯定だ。当たり前だ。僕らの中で、ポロンくんは消しても消しきれない存在になっている。そのポロンくんを傷つけるなんて、万が一にも出来やしない。



「……手伝ってください」



 僕は黙ったままの二人と、いざとなればポロンくんと戦おうとしている先帝に背を向け、呟いた。



「……傷つけられないのなら、守ればいいんですよ。そうして隙を狙えば、あいつにだけ攻撃できるかもしれない。この操りが解けるかもしれない」


「でも、いくらレベルが低いからって、ずっと攻撃を防ぎ続けるのは」


「大丈夫です」



 ポロンくんがこちらに向かってくる。僕は怪我をした右腕はおざなりにして、左手をポロンくんに向け、全神経を集中させた。



「僕が守ります。みんな」

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