将軍様

「うわぁお、お城だぁ」



 見た瞬間、僕はそう声をあげる。お屋敷とかそういう感じじゃなくて、日本のお城そのものな感じだった。

 白鷺城とか、そんな……感じの……やつ……。あう、あんまり上手く表現出来ないなぁ。


 巨大な建物だから遠くから見えてはいたが、近づいてみるとさらにでかい。周りにはお堀があって、一本だけ橋がかかり、門に繋がっていた。

 僕らがその橋を通ろうとすると、



「おい、若者。ちと、じぃの話を聞いてくれんか?」



 僕らが振り向くと、そこには杖をつき、和服に身を包んだおじいさんがにこにこしながら立っていた。



「……どう、しました?」


「なぁに、ちょいと年よりの悪ふざけに付き合ってほしいだけじゃよ。ほれ、そこに橋がある」



 確かにそこには橋がある。それはさっきも見た通りだった。



「で、じいちゃん。これがなんなんだ?」


「ちょいと謎かけを出そうと思ってなぁ」


「ナゾカケ?」


「謎かけなんて、こっちにもあるんですね」


「ウタさん、ナゾカケって知ってるんですか?」


「あれ? 知らない?」



 おじいさんは楽しそうに笑うと、橋を指差しながら言った。



「お城の周りは堀で囲まれていてなぁ。とても泳いで渡れるような幅じゃないとする。しかし、わしが『この橋を渡ってはいけない』という。さて、どうやって城に入る?」


「は?! 橋を渡っちゃいけないのに、お城には入れるわけないだろ?!」


「それを考えるのが、謎かけなんじゃよ」



 にこにこと微笑みながら白い髭を撫でるおじいさん。でもこれ……スッゴク有名なあのお坊さんの小話なんじゃ……。



「さて少年。この謎が解けるかな?」


「いや……解けるもなにも、これ『このはしわたるなかれ』のやつですよね?」


「なんだ、知っておったか」


「ウタ、知ってるのか?」


「はい、まぁ……」


「なら少年、ここで答えを示してみよ」


「は、はい」



 僕は、おじいさんに背を向けると、そのまま橋の真ん中を渡った。



「え、おい! 橋を渡っちゃいけないんだろ?」


「はしははしでも、この、渡るための橋じゃなくて、橋の、端っこを歩かなければいいんですよ」


「えー、それいいんですか? ズルくないですか?」


「いや謎かけってそういうものだし」


「はっはっは! お見事お見事! その通り、正解じゃよ。ほれ、お主らもわたれ、マルティネスの姫たちよ」



 ……ん? 今なんか……。



「え、じゃあ渡って……ん? あれ、私の聞き間違いか? 今、マルティネスの姫って」


「言ったぞ」


「あれ? アリア姉の顔ってハンレルでも割れてるのか?」


「いや……割れてないと思うぞ? 父上ならともかく、私は未成年だし……」


「え、じいちゃん何者だよ!」


「まぁまぁ、とにかく橋を渡れ? いやぁ、こうもタイミングがいいと作為的なものを感じるなぁ、はっはっは!」



 アリアさんたちはその人の気迫に押されて僕の方へと橋――の端っ子じゃなく真ん中――を渡り歩いてくる。

 すると、門の前に立っていた兵隊さん……というよりは侍さん? は、僕らが近づくと、身分を確認するでもなく、門を開いた。



「先帝、よくぞ戻られましたな。もう戻られないかと思いましたぞ」


「先帝……ってことは、もしかして!?」


「おう! わしはハンレルの前将軍じゃ!」



 マジか。というか、将軍って……日本だぁ。彰人さん、ハンレルで五月雨やりましょう? 多分売れますよ、すごく。



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



「それにしても、よく来てくれたな」



 あのあと、僕らは大広間へ通された。そこで、あいさつがてら食事を共にどうかと言われたので、お言葉に甘えることにした。

 アリアさん以外はマナーとかよくわからなくて遠慮したんだけど、大丈夫だと押し通されてしまった。



「国で色々あったあとだろう? こちらも葬儀にくらい立ち会いたかったのだが、」


「仕方ありませんよ。マルティネスならば大丈夫です。信頼できる仲間たちがおりますから」



 アリアさんは朗らかに笑いながら国王陛下……もとい将軍様と話す。僕らは緊張したまま食事を取りながら、ちらちらとアリアさんの方を見て、話を聞いていた。



「そういえば、お主、ウタと言ったな?」


「は、はい!」



 先帝に突然話しかけられて飛び上がると、先帝は落ち着かせようと「まぁまぁ」と和やかに話す。



「お主が、マルティネスの危機を救ったと聞いているが、それは本当か?」


「はい、ウタが――」


「違いますよ?」



 たまたま声が被ってしまった。違う、と言った僕のことを、みんな不思議そうに見つめる。が、僕はそれが不思議でならなかった。



「え、だって、私を助けてくれたのはウタだろう?」


「僕だけど僕じゃないっていうか……最後には、アリアさんが、僕のことを助けてくれたんで、マルティネスの危機を救ったと言う意味では、僕じゃないですよ」


「ほう、面白いやつだな、お前は」


「お、面白いですかね?」


「して……おい、ライアンはまだか?」


「父上、申し訳ない。先程から呼んではいるのだが……」


「全くあいつは……」



 頭を抱えるお二人を見ながら、僕は小声でアリアさんに聞いた。



「……あの、ライアンって?」


「ハンレル・ソル・ライアン。この国の時期将軍だ」


「あぁ、なるほど」



 そのとき、大広間の扉が勢いよく開く。



「お待たせしてしまい申し訳ありませんでしたっ!」



 その人は入ってきた瞬間に頭を深く下げ、その視線の先にアリアさんを見つけ、懐かしそうに声をあげた。



「アリア姫! お久しぶりです!」

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