最終選択

「アリアが教えた……? なにか合図か? それとも魔法?」



 ミーレスが混乱したように問いただす。僕はミーレスに背を向けないようにしつつアリアさんに目を向ける。

 その瞳は、恐怖に満ちていた。震えながら僕とミーレスを交互に見て、なにか言いたげに目を伏せた。


 今の時点では怪我はないようだ。腕につけられている鎖もたいして頑丈なものではなく、隙さえあれば壊せそうだ。

 しかし……服が少し破け、真っ赤に汚れているところをみると、相当痛めつけられたようだ。見ているだけで心が苦しくなってきて、息が詰まった。



「どれでもないですよ。僕はただ、アリアさんの声を聞いたから、それに従っただけです」


「声……? 声を失っているアリアの声を聞いたのか? 幻聴とかじゃないのかなぁ。だって、音として存在していないのに、聞こえるわけないじゃないか!」


「僕には聞こえます。一言一句、しっかりと」



 僕とミーレス、似ているところは、ひょっとしたらあるのかもしれない。人間だから、それはそれで仕方ないのかもしれない。

 そんな僕らの一番の大きな違いは、声を失ったアリアさんの声が聞こえるかどうか、だ。


 ……初めて声を失ったアリアさんが、僕に訴えた言葉。忘れるなんて出来ない言葉。

 あのとき、アリアさんは確実に言っていた。


 『怖い』『光が見えない』と。



「アリアさんの声を聞くことができない人に、僕は絶対負けません」


「……言うじゃないか。なら、やってみなよ。私からアリアを奪いたいなら、力で黙らせてみな。……アイス」



 ミーレスが窓に手のひらを向けると、氷の塊が窓にぶつかり、派手な音をたて、ガラスを割る。



「ここだとアリアを巻き込みかねないからねぇ。血に染まるアリアは美しいが……巻き添えで、というのは美学に反する」



 なんだその美学って……。苛立ちをおぼえつつも、アリアさんを巻き込みたくないのは僕も同じだ。

 ミーレスは窓枠に足をかけ、思い出したように言った。



「あーそう。私は鬼じゃない。少しくらい待ってあげてもいいからね? それで、あなたがアリアを諦めてくれるなら」



 そして外に飛び降りる。僕は外に行こうとして、一度引き返し、アリアさんの腕の鎖に手をかけた。



「アリアさん……これ、外していきますから、逃げてください」


「……っ」



 首を振り、鎖を僕から遠ざける。


 前にも、アリアさんは逃げることを拒絶したことがある。でも、これはそのときとは違う。そのときは、僕が弱いから、僕だけでも逃がそうと……。

 今は違う。勇気を発動させている僕は、決して弱くはない。僕の様子から、アリアさんも分かっているだろう。確かにミーレスは同じくらい強いけど、僕だって勝てる可能性がある。それでも、逃げない。



「――っ! ――――!」


「アリアさん……」



 怖いのだろう。きっと、脅されている。逃げ出したら、街を襲うとか、誰かを殺すとか。なによりも、その原因が自分になってしまうのが、怖いのだろう。



「僕は、あなたが逃げない限り、逃げませんよ」


「――――っ!」



 アリアさんは懸命に僕を逃がそうとする。自分は、逃げる資格がないと思っているから。



「分かってます。勇気の発動時間は短いです。でも、僕はあなたを助けます」


「……――――?!」



 ……そんな脅し文句は、僕には通じない。



「……アリアさんは、何も裏切ってないです。あなたがみんなを裏切った悪であるのなら、僕はその仲間です!

 アリアさんが正義だろうが悪だろうが、僕はアリアさんの仲間です! だから……!」


「…………」



 アリアさんは、首を振る。そんなことを言うなと。



「アリアさんがあいつのことを恐れるなら、僕が倒します。必ず、倒します」



 アリアさんは、首を振る。そんなこと無理だと。出来るわけないと。

 ……僕のステータスを完全にコピーされた上に強力な闇魔法。ドラくんは戦闘不能。勇気は、いつ切れるか分からない。発動させているところで、ほぼ意味がない。



 でも……。



「僕がやります。出来る出来ないじゃない。やらなきゃいけないんです! 仲間のためには!」



 ……今は、鎖を外せそうにないな。そう思った僕は踵を返し、アリアさんの恐怖の根元を絶つことにした。

 その僕を引き留めるように、じゃらり、と小さく、鎖の音がする。



「……アリアさん」


「…………」



 アリアさんは、また首を振る。あいつはお前の力と同じ力を持つ。いくら勇気が発動していても、無理だ、と。だから、やめろと。



「…………大丈夫ですよ。なんとかなります。それに、なんとかならなくたっていいんです。なにもしないよりは」


「――っ!」


「……それとも、アリアさんはここにいたいんですか? それなら、僕はなにもしません。

 帰りたく、ないんですか?」



 …………。

 アリアさんは、少し躊躇ったようにうつむき、それからフルフルと頭を横に振った。


 …………それがあなたの答えなら、僕は……。



「……――――」


「確かに、バカかもしれません。でも、僕はやらなきゃいけないんです。出来る出来ないじゃない。やらなきゃいけないんです!

 ……待っててください。その鎖は、必ず僕がちぎりますから」



 そう言い残すと、僕は窓から飛び降りた。


 ……アリアさんが、何者であろうと関係ない。アリアさんは僕を助けてくれて、僕はアリアさんに助けられた。それだけが、僕の中の事実で、真実だ。

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