聖剣

 僕は脇目も振らずに、森の中を駆け抜けた。おさくさんに貰った剣を手に、魔物が出てくる度に両断していく。

 恐ろしいほどよく切れる。手応えはあるものの、今までと違ってスパッといくのだ。……何が違うんだろう。


 そのまま進んでいこうとしたとき、左の方に何かの気配を感じてそちらに向かう。……なんだか、ほっとけなかったのだ。思うままに進んでみると、その場にうずくまっている男の子を見つけた。

 男の子……といっても、僕と同い年くらいだ。心配になって駆け寄ると、弱々しく顔をあげる。黒い瞳に灰色の髪、荒く呼吸をするその人は、あまりにも弱かった。



「大丈夫ですか?」


「……え?」


「どこか悪いんじゃ。僕、回復魔法使えますよ」


「いや……僕は、大丈夫。ちょっと立ちくらみがしただけだから」



 ふらふらと立ち上がると、その人はにっこりと笑った。



「ごめんね。もう大丈夫。友人に会いに来たんだけど迷っちゃって。王都はどっちかな?」


「あ、あっちだよ! 僕、そこから来たから」



 ……違和感を、感じていた。

 彼は、なにか嘘をついている。そんな気がしたのだ。確信がある訳じゃないが……彼の目に曇りを見たからだろうか。



「あのさ、こんなこと聞くのも悪いんだけど」


「どうしたの?」


「その、会いに来た友人って?」



 すると、ちょっと視線を逸らしてから、困ったように笑った。



「前に喧嘩別れしちゃったからさ、謝りたくて、ね」


「そっか……」


「君は? なんか急いでたみたいだけど。それにその剣……」


「これ?」


「聖剣、だよね?」



 僕が首をかしげると「知らないで使ってたの?」と驚きながら、聖剣について教えてくれた。



「悪を斬る剣だよ。魔物とか、魔王軍とか、とにかく『悪』って言われるものを斬るのに特化しているんだ。光魔法との相性もいいんだ」



 グッドオーシャンフィールドすごすぎない?



「へぇー、詳しいんだね」


「そうでもないよ。それで、聖剣なんて持って、あんなに急いで、どうしたの?」



 ……アリアさん…………。

 こうしている間にも、アリアさんは苦しんでいるんだ。僕は剣を持つ手に力を込めて、ゆっくりと言う。



「……助けなきゃ、いけない人がいるんだ」


「…………」


「助けられるのは、僕しかいないんだ。僕が助けないと、あの人は……アリアさんは……!」


「……アリア、さん?」


「あのままなんてあんまりだ! ディランさんにも会えてないのに、あんなやつのところにいなきゃいけないなんて……そんなの、そんなのってないよ。

 アリアさんはなにも悪くないのに! どうしてこんなに奪われなきゃいけないんだ!」


「…………」


「……だから、もう、行くね。僕は、行かなきゃ。貧血とかバカにしてると痛い目みるから気を付けて」



 僕が駆け出そうとすると、左手を掴まれた。驚いて振り向くと、なにかをそっと握らされた。



「……持ってて」


「え、でも」


「ねぇ、名前、教えて?」


「……柳原羽汰」


「羽汰……か。うん、いい名前だね。

 また会うかもしれないね。――その時僕が、僕でありますように」


「え――」



 次の瞬間、彼の姿はすっかり消え去っていた。まるで、始めからそこにはなにも、誰もいなかったのように、忽然と姿を消したのだ。

 ……しかし、夢でないことは確かで、僕の手の中には、小さな巾着袋があった。紫色の布に、金色の糸で、ちょっと不格好な蝶の刺繍がされている、綺麗な袋。紐も金色だ。


 そっと蝶々結びを解くと、中から小さな小さな花が出てきた。忘れな草によく似た、でも、それよりもう少し大きな花の。



「……綺麗」



 ちっとも萎れていない……。こんなときなのに、一瞬、時間を忘れてその花を眺めてしまった。しかし不思議なことに、花を眺めるのをやめ、顔をあげたとき、ほとんど時間は経っていないように見えた。

 僕はその花を巾着の中に仕舞い直すと、再び走り始めた。





「君なら、任せられる。お願いね」



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



「……来ているみたいだねぇ、こっちに」



 ミーレスが嘲るように笑う。私は、痛む体に顔を歪めながら、揺れる視界の先に彼を見た。



「来ても殺されるだけだってのに、よっぽど物好きみたいだ。殺されに来てるのかな? それとも、ボロボロになったアリアを見に?」


「……――。――――っ!」


「何を言ってるのか全然分かんないよ。あー、もしかして、彼は弱すぎるから許してやれ、とか?」



 違う……違う……っ! そんなこと、一言も言っていない! 私はただ、みんなと……ウタと……! 一緒に過ごしたかっただけなのに! 旅をしたのだって、私はただ、ディランを見つけて、それで、また一緒に……!



 ……でも、ウタ。来ちゃダメだ。

 来たら、戻れなくなってしまう。


 ミーレスという男。彼は悪魔だ。どこかのおとぎ話で出てくる、ファントムのようだ。

 ただ、ファントムのように生易しくはない。



「ま、いいけどね。アリアが何を思っていようと、今君は私の手の中にある……それだけで十分なのさ」


「――っ――――!」



 腹部に抉られるような痛みが走る。突き刺さる剣。溢れ出す血液に、ミーレスは感嘆したようにため息をもらす。



「あぁ……やはり君は美しい。この赤と金の色が混じり合い、虚ろな瞳で虚空を見つめるこの絵は……なんて美しいんだ」


「…………」



 私はただ、荒い呼吸を漏らすことしか出来ない。好き勝手なことを言う彼に対して、言い返すことすら出来ないのだ。……このままじゃ、気が狂ってしまう。

 無理矢理に押し付けられた絶望を受け入れて、飲み込んで、消化して……自らのものにしてしまったから。絶望は、もうこの体から出ていくことはない。



「ケアル……。よし、治ったね」



 にやりと笑って彼は言う。



「もっともっと……その苦痛の表情を見せて? それを糧に、私は彼を殺してくるから」



 ……なぁ、ウタ。

 もう一度……お前に助けを求めて、いいのかな。

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