もう戻れない

「…………」



 ウタ……!



(なんで、そんな! だってウタは……え、ぁ、嘘だ! だって……!)



 意識を失い、その場に倒れ伏すウタ。それを見ても冷静でいられるほど、私は強くなかった。

 HPは残り1428。『勇気』が発動しているにしては、あまりにも低い数値だった。早く治療しないと……! 女神の加護があるとはいえ、今はもうそれは、気休めにすぎない。

 必死に手を伸ばそうとするが、届かない。闇に囚われた私は、ウタに触れることも出来ない。抉られた体が、冷静さと体温を奪う。



「……分かったかい? アリア」



 酷く冷淡な声で、ミーレスが言う。



「君が信じたものは、こんなに脆いものなんだ。こんなにも壊れやすく、私の前では無力だ」


「……――――」


「今……そうしようと私が思うだけで、彼は簡単に死ぬよ?」



 勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、ミーレスは私に選択を迫る。



「君が私のもとへと抵抗せずに来てくれるなら、彼は助けてあげるよ。でも、逃げ出そうとなんてするなら……殺すよ?」



 私には……選択肢なんてなかった。あれだけの人を犠牲にしたのだ。国民も、無傷じゃ済まなかっただろう。なら、目の前にいるウタだけでも……。

 ……ウタが『いいんですか?』と、問いかけてくるような気がした。



(…………いいんだ、それで)



 私がウタに手を伸ばすのを止めると、ミーレスは歓喜した。



「あぁ、やっと……やっとだ! これで二人でずっと一緒にいられるね。向こうに着いたらすぐに傷を治してあげるよ。そして……また傷つけてあげる。

 なに、殺しはしないさ。それじゃ楽しめないだろ?」



 襲いかかる激しい眠気。私は、ウタの顔を見ながら、気を失った。


 もう――あの暖かい場所へは戻れない。戻ろうとするならば、誰かが死ぬ。



 そんなの、嫌だ。



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



 アリアさん……アリアさん……。

 助けないと。あんなやつのところに、アリアさんは行く必要なんてない。

 僕が、助けないと――。



「…………っう……」



 ふと、目を開けると、そこには見慣れた天井があった。……ここは、お屋敷の僕の部屋だ。まだあまり思考がハッキリしない。起き上がろうとしたけど、身体中に刺すような痛みが走って小さくうめいた。

 えっと……何があったんだっけ? そうだ、ミーレスが街に現れて、アリアさんを……。



(……起きないと)



 体に力を入れるが、まるで動かせない。すると、その動きに気がついたのか、部屋の端の方に座っていたエドさんが、ガタッと音をたてて立ち上がる。



「ウタ! ……そのままで待ってろ。エマを呼んでこよう」


「ぁ……」


(待ってください! アリアさんは!)



 僕が返事するよりも早く、エドさんは出ていってしまった。ほどなくして、エマさんが顔を覗かせる。そして、僕を見るとこう声をかけてきた。



「……鑑定、してもいい?」


「え……は、い……」



 小さくうなずきながら答えると、エマさんは改めてといった感じで僕を見て、首を横に振る。



「……ウタくん、今動くのは危ないわ。しばらく安静にしていてほしいの。HP、2000ちょっとしかないじゃない」


「で……も、僕は、2000もあれば、大丈夫……ですから」



 いいながら僕は、自分のステータスを見る。




名前 ウタ


種族 人間


年齢 17


職業 冒険者


レベル 2000


HP 2087/3000000


MP 1205646/1600000


スキル 言語理解・アイテムボックス・鑑定・暗視・剣術(超上級)・体術(超上級)・初級魔法(熟練度40)・光魔法(熟練度20)・炎魔法(熟練度10)・氷魔法(熟練度15)・水魔法(熟練度10)・回復魔法(熟練度10)・使役(超上級)・ドラゴン召喚


ユニークスキル 女神の加護・勇気


称号 転生者・ヘタレ・敵前逃亡・C級冒険者




 あれ……?

 『勇気』が、発動したまんまになっている。



「……倒れていたウタくんを、ドラゴンが助けてくれたのよ」


「ドラくんが……?」


「あまりにも弱っていて、すぐに回復させようと思ったんだけど、私たちの力じゃ、ほんの少ししか回復できなくて……。

 回復薬を使おうかと思ったんだけど、国民の救助でほとんど使いきってて……ごめんなさい」


「……エマさんが、謝ることじゃ、ないですよ」



 そう答えつつも、僕は未だにステータスが100倍になっていることに驚いていた。そして……あの人のことを聞くのが、怖かった。



「……アリアさん、は?」


「…………」



 エマさんが、言葉を失う。それをフォローするようにエドさんが口を開いた。



「ウタが帰ってきてから、すぐに俺の精鋭部隊のメンバーを向かわせた。……だが、すぐに全滅した。殺されてなかっただけ奇跡と言うべきかもしれない」



 あいつは、僕のステータスをコピーした。だとしたら……倒せる可能性があるのは、レベル2000に相当する人物のみ。



「行かなきゃ……」


「ウタくん!」



 動かない体を無理矢理動かして、僕はベッドの上で起き上がる。が、バランスを保つことさえ出来ずに床に落ちてしまう。



「何やってるんだ! お前の命が危ない。今は休んで」


「その間にも! アリアさんは僕なんかより、ずっとずっと苦しんでいるのに! 僕が! ……こんな、ところで…………」


「……ウタくん…………」



 その場に沈黙が流れる。すると、突然、どこか懐かしい声が聞こえてきた。



「――諦めるには早すぎるよ」



 驚いて顔をあげると、そこには、圧倒的な強さを持った四人が立っていた。



「まだ絶望なんてさせないから」

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