やぁ

「…………むぅ」


「えーっと……」



 葬儀場を出てから、アリアさんはずっとむすっとしてる。葬儀の片付けは次の日に親族以外で行うのがしきたりだから、アリアさんは気にしなくていいらしく、僕らはお互いの涙が止まるのを待って、お屋敷へ帰り始めていた。

 しかしまぁ……ずっとこうなのだ。



「あの、僕、何かしましたか?」


「別になにも?」


「いやでも……」


「……ふん」


「えぇー……」



 やっぱり何かしてしまったのだろうか? でも、これといったものが見つからない。そもそも外に出ようとしたのを妨げたのはアリアさんで、僕はそれに従ったまでだ。悪いことしたとは思えない。

 それでもこのままじゃあ……。やたらと不機嫌だし、こっちの方を見ようともしない。目があったら即刻そらされるし……。

 恋してる訳じゃないけど、大事な仲間からこういう反応されたら、ちょっと傷つく。


 結局なにも分からないまま、お屋敷についてしまった。中ではエマさんが待っていて、僕らを見て柔らかく笑った。



「アリア、ウタくん、おかえ――」


「ただいま! じゃ、またあとでな!」


「あ、え? アリア?」



 アリアさんはエマさんと話すのも避けるように、さっさと二階へ上り、自分の部屋に入ると、扉を閉め、鍵をかけてしまった。



「……どうかしたの?」


「さぁ……僕にはなにも分からなくて」


「二人でいたとき、何かあった?」


「えっと、」



 僕が葬儀場でのこと言おうとした瞬間、アリアさんの部屋のドアがガチャッと開き、アリアさんがひょっこり顔を出した。



「ウタっ! お前、あれだからな!? さっきあったこと言ったらぶっ飛ばすからな!?」


「え、えええっ?!」



 うろたえる僕のとなりで、エマさんはなにかを察したようにニヤリと笑った。



「じゃ、じゃあまたあとで」


「アリアー、これは私の想像だけど……泣いたでしょ?」



 ドアを閉めかけていたアリアさんがビクッと反応して、その動きが止まる。



「しかもウタくんの前で」


「ち、ちが……っていうか、なんで私がウタの前で」


「まぁウタくんのことだから、アリアが全然泣いてないのに気づいてて、我慢しようとしてたのを見てアリアが泣いちゃって、つられてウタくんも泣いたと」


「うっ……」



 お、恐ろしいほど当たっている……。隠しきれない動揺を隠そうとするアリアさんを見て、ニコニコと黒い笑みを浮かべ、エマさんは二階へと上がっていった。



「で、アリアのことだからー、そのあと一人になるのが心細くなっちゃって、ウタくんを引き留めたりしちゃったんだねー」


「いや、その……」


「それで、恥ずかしくなっちゃったんだねー。だからさっさと部屋にこもろうとしてたのー」


「だ、だから違うっ!」



 顔を真っ赤に染め、むきになって言われても……正直、説得力の欠片もない。



「もうっ……エマなんか、エマなんかっ! うぅ……知らん!」



 捨て台詞のようにそう叫ぶと、アリアさんはバタン! と、音をたてて扉を閉めた。

 それを見送ると、エマさんは楽しそうに微笑みながら、振り向いて僕を見た。



「あぁいうところがかわいいのよねー、アリアって。ね? そう思わない?」


「え、まぁ……はい」


「ディランもいい女の子捕まえたわねー。……早く帰ってこないと、私がとっちゃうんだから」



 ……いいな、こういうの。



「……ん? なぁにウタくん。ニコニコしちゃって」


「いや……。アリアさんとエマさんって、幼なじみ……みたいなものですよね? なんか、そういうのいいなーって」



 クスクスと笑いながら、エマさんはそれに返す。



「まぁね。ウタくんはいなかったの? 幼なじみっていうか、親友っていうか……みたいな人」



 ……一瞬、ドキッとした。けれど大丈夫。この世界の人たちは『あのこと』を知ることはないんだ。だから、言いたいところだけ言って、言いたくないところは隠して、言わないようにして……。


 そうすれば、絶対、大丈夫。



「まぁ、いたっちゃいたんですけどね……。色々あって疎遠になっちゃって。

 僕は僕でこうして、こっちの世界に来ちゃってるわけですし。エマさんみたいに、幼なじみのこと大事にできるっていいなって。そう思っただけですよ」


「そう?」



 エマさんは少し自慢げに微笑む。

 「えっへん!」と、腕を腰にあて、胸を張ると、桃色の髪がふわっと揺れて肩からこぼれ落ちた。

 ……アリアさんと違う色気がある。どうしよう。見れない。



「でもねー、それはお互い様。私なんか、昔から顔見知りだから、色々と知られちゃってるわけ。アリア、なかなか頼ってくれなくて。こっちが膨れちゃうわよ。

 だからね、ウタくんみたいに、純粋に頼られるのもいいなーって思っちゃうのよ」



 ……ふと、思ったのだ。


 頼るなら、僕じゃなくて、エマさんとかエドさんとか、彰人さんとか、他にも、力があって自分を理解してくれていて、信頼のおける人を選ぶんじゃないかなって。

 しかもアリアさんはこの国の姫だ。顔も広いし、アリアさんが大好きな人で溢れている。頼もうと思えば、いつでも誰でも首を縦に振るだろう。なのに、なぜ……? 消去法?


 答えは、まだ分からない。



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



 日の沈みかけた街から、一人の男の声がした。



「…………やぁ。やっと会えるね、アリア」

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