なにも知らない

 その後、サラさんは弓をアリアさんに返して行ってしまった。それからしばらくの間、練習を続けていた僕らだったが、矢が的に当たることは、一度もなかった。



「……休憩、しません?」


「だな……」



 そして、部屋に戻ると――。



「どこにいってたんだよ!」


「どこにいってたんですか!」



 怒られました。



「え? いや、どこって……書き置きしてったけど」


「ただ『練習してくる』だけでどこにいるのか分かるかっ! おいらたち、スゲー心配したんだぞ!」


「ポロン、不安で泣いてたもんね」


「泣いてない!」



 そういうポロンくんは、すでに涙目だった。……あー、不安にさせちゃったんだなぁ。



「ごめんね、ポロンくん。勝手に行っちゃって」


「ごめんな、まさかそこまで不安がるとは思ってなくてな」


「だから、おいらは大丈夫だって!」


「これからは、場所もちゃんと書いてくださいね?」


「「はーい」」


「……ぷるる(どっちが大人なんだ)」



 その後、僕らはサラさんたちとご飯を食べるのがどうも気まずくて、街に出掛け、そこでなにか食べることにした。

 適当なカフェを探し、サンドイッチを朝食に食べ、街で聞き込みを再開した。


 ……それでも、有力な情報は何一つ得られることはなかった。


 サラさんは、何を知ってるんだろう? 何を知って、何を思って、僕らをこのことから遠ざけようとしているんだろう? ……僕らには、分からなかった。



「……姉さんの気持ちが分かればいいんだけどな」



 お昼のパスタをくるくるとフォークにからませながら、アリアさんがそう、ポツリと呟いた。



「んー……しかたねーよ。だっておいらたち、ほとんどみんな一人っ子だろ? ウタ兄だって、姉ちゃんがいるくらいだろ?」


「うん、まぁ」


「だったら、お兄ちゃんお姉ちゃんの気持ちなんて、分からないよ」



 あー、そっか。と、そんな感じに思った。そういえば、知らないなぁ。なにも知らない。サラさんの気持ち、なにも分からないで今まで色々考えてきたな。



「……ちゃんと、話してみないとな。あんまり怯えていても仕方ない。どうしてダメなのかじゃなくて、どうしてやらせたくないのか」



 僕はうなずく。午後も街を歩いてみたが、やはりいい情報は一切ない。こうなったら、やはりサラさんと話さないことにはなにも始まらない。

 僕らは城に戻り、弓の練習をしつつ、サラさんを待つことにした。


 矢が的を貫く音が響く。そして、どこか驚いたようにアリアさんが声をあげる。



「お……おお! 当たった! 当たったぞ!」


「すごいですアリアさん! よし、僕も頑張らないと!」


「ウタ兄ファイト!」


「頑張ってくださーい!」



 弓を構え、弓矢を持ち、ぐっと糸を引く。……矢の先と、的の先を合わせて……冷静に、冷静に。


 ――今!


 僕の放った弓は、真っ直ぐと飛び、やがて、的を貫く。まだど真ん中と言うわけにはいかないが、それでも、当たっただけでとてつもない進歩だ!



「ウタもやるじゃないか!」


「やったー! やりましたよ!」


「スゲーな、二人とも」


「私たちも頑張ろ!」


「おう!」



 そうして練習を続けていると、あっという間に夜になる。そろそろ夕食の時間だ。

 夕食は、あとでサラさんに、話をする時間をもらうための交渉をする、大切な機会となる。そろそろダイニングへと向かおうかというとき、ふと、練習場の扉が開く。そこにいたのは、国王陛下だった。



「陛下……? どうなさいましたか?」


「…………おかしいな。ここにいると思ったのに」


「え?」



 国王陛下はそんなことをポツリと呟いたのち、僕らを見て言う。



「サラを、見ていないか?」


「サラさん……ですか?」


「正直、食事に遅れるってことは無いと思うが、この辺りは様々なことが起こる。あまり堅くならないで聞いてくれ」



 ……少し、嫌な予感がした。



「――サラが、帰ってこないんだ。今探しに行かせてるが、なんの連絡もなしにこんな時間になっても戻らないなんて、初めてのことだ」


「……それって」


「アリアちゃんたちと一緒にいるかと思ったんだが、なにか聞いていないかな?」


「…………いえ。すみません」



 国王陛下は、少し目を伏せて言う。



「そうか……すまなかったな、あてにしてしまって」


「いえいえ! ……サラさんが、よく行く場所とかって、なにかないんですか?」


「分からない。逆に君たちは、なにか、心当たりのある場所とかは、ないかな? 場所じゃなくてもいい。なにかないか?

 ……国王としてではなく、一人の父親として、あの子のことが心配なんだよ…………」



 そういう陛下の横顔は、とてもとても暗く、静かで、悲しそうで……。

 何か力になってあげたいけれど、あいにく僕らも情報が『欲しい』側の人間だ。助けにはなれない……。


 と、そんなとき、開けられた扉の向こうから、慌ただしく陛下を呼ぶ声が聞こえた。



「陛下っ! 陛下ぁ! ……あっ、ここにいらっしゃったのですね、陛下!」


「騒々しいな……。まさか、見つかったのか!? だとしたらよくやった。これで俺の心配も――」


「いえ、あの……見つかりはしました。しかし、我々が見つけたのではないんですよ」


「…………? どういうことだ?」



 この瞬間、僕の頭の中に、とてつもない恐怖が舞い降りた。頭の中を氷付けにするかのように冷たい何か……。それが、頭の中を支配する。


 そして、その嫌な予感は、見事に的中した。



「サラ様が、一人の女性に抱えられ、ここに運び込まれました。女性の治癒魔法で怪我は完治しておりますが、今も意識はありません!」


「……なんだと?」



 僕らの弓は、また、的を外すようになった。

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